042 篝火/魔人①
「美味しくいただいてください。さいっこうに甘々なデザートを」
恍惚と嗤うシャルル。
円形に切り抜かれ、落下し続ける地面は底知れず――既に三〇階層は下に落ちていた。
どこに向かっている?
わからない。だが、最下層は近い。
それを証明するかのように、視線が――迸る闘気の螺旋が、身を焦がす。
「―――」
俺たちがこれから向かう先に、このダンジョンの主がいる。
シャルルはデザートといった。
極上のデザート。
ならば、それは必然として、最強の――俺に見合うに値する強敵に他ならない。
シャルルは俺に与えてくれているのだ。
超新星にも劣らぬ神々しい愛を呪いへと変えて。
「――ははッ」
下層へ近づくにつれて、全身の毛穴に針を穿たれていくような威圧感が増す。
『剣の迷宮』最終フロアボス、バフォメットの変異種なんかとは比較にならないレベルの気配。
まるでディゼルを前にした時のような――文句のつけどころのない、強者であるという信頼感。
「嬉しいぜ……シャル。こんなに先輩想いの後輩がいてくれて、俺は嬉しいよ」
湧き出る闘志に比例して、笑みが深くふかく溢れる。
「おまえの呪い、全力でぶっ潰してやる」
「それでこそ先輩デスっ!!」
微笑み合う俺たちを引き裂かんとする特大の炎威。
轟く火炎の砲撃が地面を穿ち――四方へ粉砕した。
「――風よ」
足場を無くし宙へ身を投げ出された俺たち――しかし、エルメェスが瞬時に構築した風系統の魔術が五十メートル下の地面を叩きつけ、跳ね返るように上昇する気流により着地に成功した。
「みんな、怪我は?」
「大丈夫よ。でも――」
「ああ。絶体絶命だ」
言葉とは裏腹に、表情は喜びに満ち溢れていた。
それはカティアも同様で、頬をわずかに引き攣らせながらも笑っている。
「……やるの? 逃げた方がいいんじゃない?」
「まさか、先輩。ここまで来て逃げるって選択肢、あるワケないじゃあないですか」
「あーくん……一応、説明してあげる」
メガネの奥でスッと双眸を細めたエルメェス。
先輩は、目前で悠然とたたずむアレを、知っているようだ。
「フレア・イグニス――――かつて、勇者アムルタートが封印した神霊。最悪の焔。その伊吹で一国を燃やし尽くすと謳われる超火力は、アムルタートの聖剣に匹敵する。……まさか、この地に封印されているとは思わなかった」
アムルタートが封印、ね。
討伐ではなくって、封印。
いい響きじゃあねえか。
「つまりはアレだろ? アムルタートが倒せなかったバケモンが今、俺らの目の前にいるってことだろ。最高じゃあねえか」
シャルルを一瞥する。
シャルルは、これから起こるであろう戦闘を幻視して、目を潤していた。
この中で、誰よりも愉しんでいるのはシャルルで、誰よりもシャルルが興奮していた。
「あーくん、無理よ」
「無理でも嫌でも、俺はやるっていったら退きませんよ。——このアルマには、退けない理由がある」
なんていったって、かわいい後輩からの贈り物だ。
逃げるわけにはいかないし、彼女には屈しないという証明を魅せ続けなければならない。
「それでもダメ。あーくん、あなたは強い。私が見てきた人間の中で、あなたより強い人は見たことがない。でも、アレは……レベルも格も違う。そもそも――神霊とは、人間が戦って勝てる相手じゃないの」
殴って倒すモノではない。鎮めるモノだから――。
そう付け加えたエルメェスの肩をどかして、俺は前に出た。
「先輩、アイツ……どうして俺たちに攻撃を仕掛けてこないと思う?」
「え……?」
「――舐めてるからだよ。俺の方が強いって確信してやがる。俺を見て、真正面から勝てると思い込んでやがるから、堂々と俺たちを待ってるンだ」
「……なら、今のうちにでも――」
「舐められたままで終われねえンだよッ!!」
「……っ!?」
「先輩、アンタもだ。俺を舐めるなよ」
「……あー、くん……」
そう、ここで終われない。
アイツが強い? そりゃ見りゃわかるよ。ずっとひしひしと感じていた。
だからって逃げる? それこそないだろ。
「あんなに美味しそうなデザートを前にして、のこのこ逃げるなんてもったいねえ……」
フレア・イグニス――長身の男を模した黄金の焦熱。
その歪んだ背景には、地平線を埋め尽くす炎の荒野が幻視えていた。
天も地も等しく燃やし焦がす黄金炎。
いったい、コイツはどれほどの命を燃やしてきたのだろう。
いったい、コイツはどれほどの猛者を喰らってきたのだろう。
俺は、コイツを相手にどこまで通用するのだろうか。
かの勇者アムルタートが封印するしかなかったあの神霊を。
俺は――
「想像するだけで武者振るいがとまらねえ。だから先輩……悪いけど、俺の我儘に付き合ってくれ」
「……ばか」
エルメェスのちいさな拳が俺の肩を叩いた。
その反対側からも、拳が打たれる。
「一人でやらせないわ。知ってるでしょう? わたしだって強いヤツには目がないの」
明確な闘気を瞳に宿らせたカティアが強気に微笑んだ。
「招いたシャルが言うのもあれデスけど」
シャルルが俺の背中に手を置く。
それが意図することはつまり、この場のどこにも、安全域が存在しないことの証明で。
「こんな燃える状況で、傍観なんてしてやらないデス。先輩に微力ながらもお力を……ってやつデス」
なんて、白々しくコイツは言い放って。
だが、三人の想いを打ち砕くように、俺は首を縦に降らなかった。
「アレは俺一人にやらせてください。――三人の相手は、アレじゃない」
俺の言葉を肯定するかのように、頭上の壁に穴が開いた。
荒々しく瓦礫を爆ぜさせ、木端も残さず溶かし尽くす岩漿の化身。
道中、四度に渡って俺たちに喰いついてきた、もはや因縁とも言える魔物。
「アレもどうやら、仲間外れは嫌いなタチらしい」
「イフリート……っ」
『■■■―――ッッ!!!』
轟々と燃え猛る炎の巨人がフロアに着地し、咆える。
さながら、イグニスに飼われた愛玩動物のように、あるいは主人を守護する騎士のように。
フレア・イグニスの二倍はある背丈をさざなみの如く揺らして、地を蹴った。
それだけで生じる衝撃に発火という特性を帯びさせて、周囲の瓦礫、空気すらも爆ぜさせ迫る。
「イフリートは任せたぞ」
「……ええ。任されたわ」
「仕方ない」
「先輩、シャルが見てるデスよ」
振り上げる掌底が、秒瞬まで俺たちがいた地面を叩き潰す。
四方に散った俺たちは、各々の標的に向かって駆け出した。
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