041 篝火の霊廟⑤
ダンジョンに潜って六日目が経ち、踏破した階層は一五〇層を越えた。
「――ぉぉぉッッ!!」
「やっちゃえ、先輩ッ!! デスっ!!」
三〇階層のボス部屋で蹴散らしたフレア・サラマンダーへ、《天鎧強化》で強化した拳を叩き込む。
一瞬の抵抗もなくフレア・サラマンダーは破砕し、続く衝撃で周囲のファイア・バードの体が引きちぎれた。
「掴まってろよシャルッ!!」
「はいデスッ!!」
背後から首筋に腕をまわすシャルルの、歓声にも似た声音が遠心力でブレる。
「〝全力蹴り〟―――ッッ!!!」
遠心力により生じた衝撃波で数十のファイア・ウォルフを。
強化された右脚による蹴りでレッド・ワイバーンを穿ち貫く。
「はぁぁぁっ……素敵デスぅ♡ 先輩ぃ……もっと……もっとシャルに愛を魅せてくださいデスっ!!」
艶かしいシャルルの歓声に呼応するように、頭上の天井が崩れ――黄金を羽撃かせた巨大な霊鳥が舞い降りた。
炎霊鳥スパルナ――昨夜に滅ぼしてやった一四〇階層のフロアボスだ。
「来いよ――もっと来いよシャルッ!! こんなんじゃ満足できねェぞッ!!」
「あはっ! 先輩の匂いと怒声、振動だけでもう何回もいっちゃってるデスよぅ……っ!!」
『キュルエエエエエエエエエエ――――ッッッ!!!!』
咆哮と拳の衝撃波がせめぎ合い、集まってきた魔物が圧し潰される。
暴風と共にナイフのような鋭さを秘めた羽根が豪雨のごとく降り注ぎ――しかし、地上から天井へ……壁を蹴って飛んでいた俺は、黄金の炎で彩られたスパルナの羽を蹴りで断つ。
『―――ッッ!!?』
「ぶっ飛べ――」
「ぶっ飛べデスっ!!」
俺とシャルルの声が被り、突き上げるように放たれたサマーソルトキックでスパルナの巨体を抉りながら真上へ弾く。
『ギュエッ!!?』
天井に突き刺さったスパルナへ、地上に着地した俺は拳を突き上げた。
地面を砕き、噴火のごとく奔流する暴威が天井もろともスパルナを消し飛ばす。
『ガガシュガシュ、ガガシュガ、ガシュガガガ……ッッ』
『ルルキュルキュ、ルルキュル、ルキュルルル……ッッ』
さらに魔物が湧く。
これまで踏破してきたボス部屋の魔物たちが、引き寄せられるようにしてこのフロアへ集まってくる。
「上等上等……やればできるじゃあねェかシャル……ッ」
「先輩の期待に応えてこそのシャルなのデス……。先輩が望むなら、シャルは世界の崩壊すらも望みますよ。デス」
「ハッ――世界の終わりすらもぶん殴って止めてやる」
「んもぅ素敵すぎますデス、先輩……愛してる」
「――――行くぞォッ!!!」
そして、俺は終わりの見えないボスラッシュを正面から迎え打つ。
凄まじい攻防の最中――
俺はふと、事の経緯を思い出していた。
「覚悟しておけよ。俺を脅したということが、どういうことなのか……肉体にわからせてやる」
「…………っ! ハイ……はい、はいデスっ! ぜひ、是非ともシャルのカラダにご教授くださいデスっ!!」
三日前――俺はシャルルにとことん付き合うことを明示した。
その日以降、シャルルは容赦なく、嬉々として俺へ呪いを振りかけた。
イフリートはもちろんのこと、迷宮中の魔物が俺を狙って押し寄せてくる。
さらには運勢操作――とるに足らない魔物の一撃でさえ、俺に脅威を抱かせた。
四方をマグマに囲まれた大穴に落ちかけたのも一度や二度ではない。
その全てを、俺は真正面から切り抜けてきた。
殴って、殴って、殴って。
蹴って、蹴って、蹴って。
怒声と咆哮を撒き散らして。
シャルルの笑声と嬌声と艶声を脳内に刻みつけながら、真っ向から呪いに立ち向かう。
そして、極め付けの各階層ボスラッシュ。
一度倒したフロアボスは、復活するのに時間がかかるというルールを無視して、シャルルは引き寄せてみせた。
全てが、俺を狙っていた。
しかし、ことごとくを拳で穿ってきた。
「――アルマッ!! いま加勢するわッ!!」
「なに、これ……全部、あーくんがやったの……?!」
半日前、突如として崩落した通路のせいで分断されていたカティアとエルメェスが俺たちに追いついた。
カティアの剣撃が六〇階層フロアボスの爪牙を弾き、エルメェスの拘束魔術がフロア全体の魔物を地面に縫いつける。
前述した通り、このダンジョンのあらゆるものが俺を狙っている。
そのおかげか、カティアとエルメェスに危害が向くことがなくなった。
シャルルの敵意然り、魔物の敵意然り。
俺の隣にいるのに、魔物は彼女たちに興味を示さない。
まるで見えていないかのように。あるいは、目にも入らぬほどの極上の餌がすぐそこにあるかのように。
好都合だった。
カティアが傷つかないなら、それでいい。
俺は、向かってくるものを容赦無く殴っていれば、それでいいのだから。
「―――ッ!!?」
魔物に入り混じって、エルメェスが行使する鎖が俺の両腕を絡め取った。
さすがは先輩の魔術といったところか。
壱段階とはいえ、天鎧強化で強化した俺を拘束するとは……。
「あーくん……!? どうして……!」
「何をしてるのエルッ!!?」
そこへ、狙っていたかのように三〇体のファイア・バードが飛翔する。
炎で覆われた矮躯を爆ぜさせ、自滅すらも覚悟で特攻———しかし、
「《天鎧強化》――参段階」
軋む骨身が、心地いい。
黒紫が色濃く発光する最中、俺は拘束された両腕を捻るように前へ突き出した。
嘆き苦しむ娼婦の断末魔がごとく金切り声を轟かせて、二つの鎖が引き千切れる。
加えて、その衝撃波によってファイア・バードを押し返し、
「消し飛べ―――」
虚空を穿つ閃拳の暴威によって、概算して三〇のファイア・バードが跡形もなく消し飛んだ。
*
「……はぁ、はぁ……っ、さすがに……キツいな……くそ」
「先輩、お疲れ様デス♡ シャルのためにがんばる姿、とてもキュンキュンしましたデスっ!」
脅威がなくなり、俺の半径二メートル外にはじかれたシャルルが水筒を下から投げた。
ありがたく受け取った俺は、それを一口で飲み干す。
「シャルのために汗を流して、猛って、拳を傷つける先輩……これを愛おしい以外の言葉で、なんと表現すればいいのでしょう……デス」
「――シャル。まさか満足したワケじゃねえだろうな?」
「――あは」
弾けるように笑顔を浮かべるシャルル。
彼女の瞳には、溢れんばかりの光が絶叫するように寿いでいた。
「素敵すぎますよ……先輩。これ以上、シャルに何をしろっていうんデスか……っ!」
愛を謳うように、呪いを。
愛しているからこそ、祝福を。
ダンジョン全体が突如として揺れた。
地鳴りの中に、割れんばかりの絶叫が轟く。
――それは、ダンジョンという名の生物による悲鳴か。あるいは……
「ああ、ああ……もう、溢れて止まらない……っ! 先輩……愛させてくださいっ! 先輩を、狂おしく抱きしめさせてくださいっ!! 貪って喰らって舐って愛して、殺してアイしてアイしてシャルを――殺してほしいデスっ!!」
特大の呪いが降り注ぐ。
ダンジョンという埒外の生命すらも蝕んで。
シャルルの猛毒が、誘う――
「な、なに……!? 何が起こってるの……さっきからいったい、何が……!?」
「シャルルよ。あの子が暴走してる」
「シャルルが……?」
「でも、こんなのは見たことない……――――っ!?」
「地面が……落ちる……!?」
俺から半径二〇メートルほどの範囲が、切り抜かれたかのように地面ごと落ちる。
下の階層へ――
落ちる。落ちる。落ちる――地獄へ誘われるかのように、さらに下へ。
「――愛おしい先輩へ、極上のデザートを」
落下する地面の上で、シャルルが恍惚とつぶやいた。
「美味しくいただいてください。さいっこうに甘々なデザートを」
「おもしろかった!」
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