038 篝火の霊廟②
――二日目。
『篝火の霊廟』四〇階層のボス部屋で一晩を明かした俺たちは、朝一にさっそく階層を降っていった。
「――カティ、そっちにファイア・ウルフ行ったぞ!」
「任せてッ」
特に苦労することもなく、順調に進むこと昼前。
五〇階層のボスを越え、俺たちは五十五階層を進んでいた。
弧を描くように通路が広がっていき、十メートルほどの道幅を踏み外すと紅蓮に弾ける岩漿へ真っ逆さまだ。
さすがのシャルルの回復魔術でも、マグマに身を浸せばお手上げだろう。
「シュガシュシュ、シュガシュシュ、シュガシュガガ、ガガガガ、シュガッ!!」
「シュガ、シュシュシュガ、ガガガシュ、シュシュ!!」
毛並みの代わりに炎を纏わせたファイア・ウルフの群れが吠える。
エルメェスの拘束魔術から逃れた三体の炎狼がカティアに迫るも、彼女は冷静に柄へと手を伸ばした。
「ガガシュガシュ、ガガシュガ、ガシュガガガ――ッッ!!」
「ッ――!!」
地を強く踏みしめ飛びかかるファイア・ウルフ。炎狼の爪牙が、カティアの間合いへと入った刹那、抜剣された刃がファイア・ウルフを縦に割った。
「ガガシュ――」
「まだギリギリまで寄せれるわね」
返す刃で残りの二体を断ち切ったカティアが、思案気に指を唇に這わせた。
「あまり近くに引き寄せたら火傷するぞ。おまえのきれいな肌に火傷痕なんて残させてたまるか」
「その時はシャルルに治して貰えばいいわ」
「火傷しないに越したことはないだろ?」
「冒険者なんだから、傷は仕方ないわよ。それが嫌なら、あなたが死に物狂いでわたしを守りなさい」
「……任せろ」
あざとく片目を閉じたカティア。
かわいいな、なんて思いつつ視線を外すと、シャルルと目があった。
「……先輩。無駄話してないで倒してください。デス」
「わ、悪かったな……」
「いえ。シャルは怒ってません。デス」
「……っ」
無邪気な笑みを浮かべるシャルル。その足元には、つま先で削ったのか……夥しい『怨』の文字が羅列されていた。
「……」
「ふふっ」
……見なかったことにして、俺はエルメェスが拘束しているファイア・ウルフの群れへと走った。
「何か……嫌な予感がするわ」
「……」
隣を並走してきたカティアが、額に冷汗をながしながら周囲の様子を伺った。
「まさか……あいつ、本当に呪いをかけたのか……?」
昨夜も、そんなニュアンスのことを言っていたが……。
「流石に、こんな状況で……俺たちは仲間だぞ……」
シャルルの呪術は、はっきりいってヤバい。
これまでシャルルの餌食になってきた者たちを幾人も見てきた。
本業が呪術師なのではないかと疑うほどに。
軽い怪我から再起不能の怪我、周囲の人間に不幸が降りかかる、突然の突風でスカートが舞い、しかもその日に限ってノーパンだった……等々。
その種類にもよるが、何よりも恐ろしいのは、手軽な儀式で行えるということ。
呪いをかけたい相手の持ち物が一つでも手元にあれば、その場で行使できる。
手元に何もなくたって、彼女の昂り次第で災厄が降りかかる。
回復術師としても優秀だが、呪術に関しても遜色のない実力だ。
「……ふふ」
わずかに後ろを振り返って、シャルルを見遣る。
シャルルは、相変わらずの笑顔で、俺のことを見つめていた。
その笑顔が、今は無性に不気味に映えた。
*
「これで……ようやく進めるわね」
最後の一匹を斃したカティアが、剣を鞘に収めた。
「ああ。少し休憩挟めるか? そろそろ昼だし……」
それに、シャルルと、少し話がしたいと思ったていたところだった。
「そうね……わたしは構わないわ。後衛のふたりがキツイようであれば休憩を挟みましょう」
「ふむぅ……まだ私は余裕だよー?」
「シャルはどっちもでいいデス」
「なら休憩にしよう。悪いけど、先輩。昼飯の準備頼めますか?」
「ん。任せて」
「わたしも手伝うわ、エル」
アイテムボックスから食材を取り出していくエルメェスとカティア。
ふたりを横目に、俺はシャルへと近づいた。
「――先輩。先輩は、シャルにいじわるデス」
真っ直ぐと、俺を見つめる青碧の瞳。
その最奥に影を宿して、自嘲気味にシャルルは笑った。
「だから、これくらいのことは、許してくれますよね? デス」
「……何を言って――――ん?」
カチッと……何か、踏み込む音が聞こえた。
恐るおそる足元に視線をやると……踏み出した右足が、わずかに下へハマっていた。
何かスイッチを押すように。
足が。
あれ……これって、もしかして――――
「先輩。大好きデスよ。シャルは先輩が、だーい好きデスっ♡」
『■■■■■■■■――――ッッ!!!!』
これまでで一番きらびやかに、かつ年相応のはにかみ顔で俺に好きだと告げたシャルル。
その背後から――粉塵と爆炎を巻き上げて、何かが顕現した。
「―――ッッ!!?」
凄まじい風格と闘気の奔流が炎となって爆ぜ荒れる。
この世全ての炎がそこに収束しているのではないかと疑うほどに濃密な火力。
それが巨大な人の形を模して、獣の如く咆えた。
「……イフ……リート……?」
少し離れたところから、エルメェスの驚愕した声が鼓膜に届いた。
「ふふ……ふふふ……ふふふふ――」
真紅の炎に焼かれるように照らされて、イフリートを背景にシャルルが恍惚と笑った。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
「早く読みたい!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、どんなものでも泣いて喜びます!
ブックマークもいただけると最高にうれしいです!
何卒、よろしくお願いします!




