035 ダンジョン攻略前夜デート②
「こんな風に……デートとしてこの街を歩くなんて、新鮮ね……」
九時過ぎの目貫通りを並んで歩く。
初めて歩くわけではないし、何度も通った道だ。
けれど、デートという単語を念頭に、ふたりっきりでこうして歩くというのは、初めてのことだった。
いやに緊張する。
さっきから手汗が止まらない。
「そ、そうだな……。い、いつもの数倍はかわいく見えるぞ、カティ」
「……口説いてる?」
「そ、率直な感想……です」
おかしいな。師匠から借りパクした漫画のデート回では、とにかく褒めろと書いてあったはずなんだが……訝しげに睨まれたぞ。
「まあいいわ。……どこがかわいいのか言ってみなさいよ」
「だ、大胆に露出したお腹がとてもかわいいです」
「感想がキモいわ」
「自覚してるわッ!! でも仕方ないだろ、デートは初めてなんだよ……俺」
「……わたしも、初めてよ」
「……」
「……」
二人して照れながら、あてもなく歩く。
何もしていなくても楽しいぞ、デート。
「つ、続き……どこがかわいいのか、しっかり教えて」
「ほ、欲しがりだな……」
「いいでしょ。こんなこと、あなたにしか言わないわ」
「……っ! ……あー、えと……きょうは化粧してるよな。すっぴんも美少女だけど、きょうはなんか別人みたいで、新鮮だ」
「ほ……褒めてる?」
「精一杯褒めてます……!」
なんだが周囲の視線がこそばゆい。
平日の朝からやってんなー、みたいな目線だ。エプロン姿のおばさんたちにもクスクス笑われている。
気を取り直して、褒め殺す勢いで視線をカティアに定めた。
「か、肩……! 肩から胸にかけて露出してるブラウス……すごいタイプです」
「も、もっとこう、言葉を選びなさいよ。……うれしいけど」
「わ、わかった! ――髪、結ぶと大人っぽくていいな。ポニーテールっていうんだっけ? に、似合ってるよ」
「そ、そう……? ありがとう……っ」
お? 今の褒め方はいい感じかもしれない。
カティアも満更でもなさそうに唇を緩ませている。
この調子で褒め殺してやる!
「丈の短い黒色のパンツも、ゆったりしててさ…………えと、上の服といい感じに合ってるぞ!」
「う、うん……?」
「あー……えー……――靴下! かわいい!」
「……ん?」
「く、靴もかわいい!」
「……」
俺の語彙力が死んだ。同時に、カティアの穏やかな瞳も死んだ。
「……ふん。まあいいわ。あなたにしては上出来よ」
「お、おう……」
褒めるのって大変なんだな、ということを初めて知った十九歳の夏。
「……あなたも、カッコいいわ」
「え?」
「スーツ。似合ってる」
「え、あ、あンがと……。し、師匠がさ、デートにはスーツ着て行けって……だから」
「……いい師匠ね。それにセンスもいいわ。紺色のネクタイも上品だし、靴もよく磨かれてる。スーツは皺ひとつないし……全部、あなたが選んだの?」
「い、いや……えと……」
コーディネート含めて全部店員さんに選んでもらったなんて、そんなの恥ずかしくって言えるワケがない。
靴を磨いてくれたのもアイロンをかけてくれたのもシャルルだし……。
俺はただ、スーツを着ただけなのだ。
「じ、実は……俺は……俺は…………クソッ」
やっぱり言えない……!
カティアにそんな恥ずかしいこと、言えない……ッ!
「あ、アルマ……!? どうしたのよ、今にも血を吐き出しそうな顔をして……!? す、少し休憩しましょう? そこの喫茶店にでも入りましょうっ」
「す、すまん……」
地べたに四つん這いとなった俺を起き上がらせ、カティアに肩を組まれた俺は情けなく喫茶店へと入った。
黙っておこう。
心苦しいが、俺の矮小な善良心が痛むけれど。
俺の沽券のために、黙っておこう。
「――あなたに、聞いてみたいことがあったの」
注文したコーヒーを一口啜ってから、カティアは言った。
「アルマはどうして冒険者になったの?」
それは、いつの日だったか。俺がカティアに訊いた質問だった。
「俺は……別に崇高な理由なんてないよ。ただ、うまくいけば稼ぎがよくって、自由で、何者にも縛られずに生きていける――だから、当初は勇者パーティに入ったんだ。スカウトされてな」
「勇者パーティを抜けて、今のあなたはどうなの? 普通に働いても手に入らないだけのお金を手に入れて、自由を手に入れて。何か、変わった?」
「変わったよ。色々と。冒険者を続ける理由も増えた。師匠との約束もあるし、それを果たすには冒険者が手っ取り早いとさえ思ってる」
「師を越える……だったわよね?」
「おう。偉大な師だ。生半可な事じゃ果たせないし、今の俺じゃ到底手を伸ばしても届かない頂にいる。そんな師匠を越える」
いくつ伝説があるのかわからない。
かの勇者アムルタートを、作り上げた伝説の量でなら上回る……そう自負できるほどに、ディゼルの成した偉業はこの世に溢れている。
「だからもっと強くなりたい。師匠を越えて、俺が最強なんだと胸を張って言いたい。戦うことすらバカらしいと思われるぐらいには、強くなってみたい」
そんな幼稚で阿呆らしい子ども染みた願望を、カティアは穏やかに笑って否定した。
「それは無理よ。わたしが最強だから。あなたには負けない」
余裕と自信と、そして慈愛の込められた微笑。
思わず息を止めて、俺は彼女に魅入っていた。
「あなただけには負けてやらない。もちろん他の誰にも負けるつもりはない。剣を持ったら並び立つ者がいないって、そんな風に後世語り継がれるような剣士になるの」
「俺が……」
「……?」
「俺が、おまえを守るっていうのは……ダメかな?」
無意識に漏れた言葉に、カティアは固まった。
それから数秒経って、複雑そうに顔をコロコロ変えて。
最後には、不敵に笑った。
「あなたにはまだ早いわ。まだ守られてあげないんだから――」
バチン、とカティアの指先が俺の額を優しく弾いた。
「おもしろかった!」
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