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032 小鬼の勇者

「――グピギギ、ギギグピギギグピギギ、グピグピ、グピギギグピギギグピギギ、ギギグピギギギギグピッッ!!」



 咆哮を上げ、猛るゴブリン・ブレイブが地を強く踏みしめた。

 硬い地面を陥没させ、一息でアルマの間合へ迫る。




「ギィァァァ――ッッ!!」




 弓を引き絞るように、大きく半身をそらして左腕を振り上げた。 

 はちきれんばかりに膨れ上がった上腕二頭筋。

 かつて、一撃でワイバーンの鱗を穿ったその左拳が、あの日を再現するように放たれた。




「―――いいねえ」




 対するアルマは、微動だにせず悠然と構えたまま――瞬間、アルマの左脚がブレた。




「グピギャ――ッ!?」


「いい戦士だ」




 数瞬後、ゴブリン・ブレイブの右頬に炸裂したのは、アルマの左脚。




「―――ッッ!!?」




 俗に、上段蹴りと呼ばれる術技が鎌のように頬を打ち抜き、意識が暗転――続く、腹部に放たれた剛脚によってゴブリン・ブレイブは意識を取り戻した。



「どうしたよ。ほら、立て。かかってこいよ」


「グピグピ……ッ」



 血反吐を撒き散らし、冷汗を全身から噴き流しながら、ゴブリン・ブレイブはかろうじて立ち上がる。

 強い――強すぎる。

 視認するどころか、反応することすらできなかった。



 これが、伝説とまで謳われた武人の極地――



 しかし、想定通りだ――ッッ!!


 


「ギィィィッッ!!」




 繰り出したのは、長くしなやかな脚部から鞭のように放たれた蹴り。

 空を切り、渾身の一撃を込めた蹴りはお返しだと言わんばかりにアルマの頬へ吸い込まれ――しかし、




「グバ――ッ!?」


「速さ、威力ともに申し分ない。Aランク程度の冒険者なら、苦戦はしないだろうよ」


「が……ッ」




 先に繰り出したはずの蹴りが、アルマへと届くその前に、彼の後ろ回し蹴り(バックスピンキック)がゴブリン・ブレイブの顔面を穿った。



 たまらず、後ろへ後退りながら倒れかけ……追い討ちの右ストレートがゴブリン・ブレイブの顎を撃ち抜く。




「~~~ッッ!??」




 先の蹴り技に比べれば、威力は高くない。



 だが、だが――なにが起こっている……ッッ!?



 地面が、目の前に――

 


 ――迫ってきている……ッッ!?




「終わりだよ」


「―――」




 地面と頭部の隙間を縫うように割り込んできたつま先が、ゴブリン・ブレイブを跳ね上がらせる。

 鼻血とともに起き上がったゴブリン・ブレイブへ――トドメの回し蹴りが音を置き去りに爆ぜた。









「ギギギギギギグピ、グピギギグピギギグピ、グピギギグピ……ッッ!!?」


「グピグピグピ、グピグピギギギギ、グピギギグピグピ、グピグピ……!!」




 仰向けに横転したゴブリン。

 その姿を見て、固唾を飲んで見守っていたゴブリンたちがざわめいた。



 動揺を隠せない……まさにそんな言葉がぴったりな光景だ。

 きっと、俺が今し方ぶちのめしたゴブリン(コイツ)は、俺たちでいうところの英雄や勇者……そんな類の漢だったのだろう。




「心からの尊敬をおまえに贈るよ。最弱種のゴブリンという身で、よくぞここまで成り上がった」




 だからこそ、惜しい。

 こう言わざるを得ない。




「おまえは、生まれてくる種を間違えた」


「―――」




 ピクリと、仰臥(ぎょうが)するゴブリンの肉体(カラダ)が震えた。




「違う形で……魔物ではなく、人間として出会えていたのなら、俺たちはきっと良きライバルになれたのに」


「―――」


「残念でならない」




 魔物は、放って置けない。

 いくら崇高な精神を持っていようと。

 俺たちは、殺し合う関係を覆せない。




「また来世、どっかで落ち合おうぜ」



「―――ッッ!!!」



「……ッ!?」




 顔面を踏み砕かんとする俺の足裏が、ゴブリンではなく地面を穿った。

 蜘蛛の巣状に割れ、軽い揺れが巣穴(ダンジョン)全体を襲う。




「……いやあ、これはなんつーか……喜べばいいのやら……悲しめばいいのやら」




 虫の息だったはず……。

 到底、起き上がることなんてできなかったはず……。



 なのに。

 なのに。



 このゴブリン(コイツ)ときたら……




「グピグピグピ、グピグピギギギギ、グピギギグピグピ、グピグピ……ギギギギギギグピギギ、ギギグピギギギギグピ、グピギギグピ、ギギギギ……」




 あろうことか起き上がり、あまつさえファイティングポーズを取りやがった。



 口と目、鼻から血を垂らし、俺が打った場所は痛々しく腫れ上がり、腹部に関しては抉れてすらいた。

 


 見た目以上に、肉体(カラダ)の中身はグチャグチャなはずだ。

 起き上がれるはずなんてない。

 闘えるはずなんてない。



 だが、コイツは今、立っている。



 俺と向き合っている。

 まだ、闘えると殺気をぶつけてきている。




「グピグピグピ、グピグピギギギギ、グピギギグピグピ、グピグピ……ギギギギギギグピギギ、ギギグピギギギギグピ、グピギギグピ、ギギギギ――――ッッッ!!!!」




 咆える――。



 言葉はわからない。

 ゴブリンの言葉など、耳障りな蝿声(さばえ)にも等しい。



 だが、わかることもある。

 コイツは今、猛烈に怒っていた。

 激怒していた。

 舐めるなと。

 嘆くなと。

 まだ俺は、負けてなんかいないのだと。

 



「くぅぅ……漢だ。漢だよ、アンタ。悪りぃ、悪かったよ許してくれ。俺が間違っていた」




 そうだよな。そりゃ、怒るよな。

 ゴブリンだから弱いとか、生まれてくる種を間違えてるだとか、ンなの誰にも言われたかねえよな。



 なぜなら(オマエ)は、それを誇りにしているのだから。

 最弱種だからこそ、誇っているのだと。

 最弱種だからって、舐めてもいい道理があってたまるかと。




「前言を撤回させてくれ。……いいや、違うな。寝ぼけた俺を、どうか目覚めさせて欲しい。小鬼の勇者(ゴブリン・ブレイブ)


「――ッッ!!!」



 ブレイブの猛りとともに振われた拳が俺の顔面を射抜いた。

 無抵抗のまま、俺は吹き飛び地面を転がる。

 そこへ、間髪入れず追いついたブレイブの足蹴が腹部を振り抜いた。



 凄まじい威力だ。

 まるで俺自身が石ころにでもなってしまったかのように、よく飛ぶ。




「せ、先輩っ!? ――よくも穢らわしいゴブリン風情がシャルの先輩を……ッ!! デスッ!!」



「邪魔、するなよ……シャル」



「せ……先輩……!?」




 めり込んだ壁から這い出て、口の中の血を吐き出す。

 めちゃくちゃに痛い。

 肋骨が何本かイカれた。

 内臓がぐちゃぐちゃになった感覚もある。



 だが、これでいい。

 これで、対等に闘える。




「悪りぃな。ばっちり目ぇ()めたわ」


「グピギギグピグピ、グピギギグピグピ、グピギギグピギギギギ、ギギギギギギギギ、グピギギッッ!!!」


「おう。挑戦者は俺だよな。俺から行かせてもらうぜ」




 数回その場で跳躍し、地面に足が着くのと同時に脱力――刹那、俺はブレイブの懐に潜り込んでいた。



「——ッッ!??」



 左拳を三連発、縦に打ち込む。

 ブレイブの脳に痛みの信号が届いた時には既に、都合六発の拳撃が深緑色の肉体(カラダ)を打ち抜いていた。



「ギャガ……ッッ!??」


「―――」



 意識を飛ばしたブレイブの顎を蹴り上げ、宙に浮かす。

 スッと深く息を吸い込み、全身に魔力を滾らせた。




 《天鎧強化(フィジカル・ブースト)》――壱段階(ザ・ワン)




 ありったけの想いを込めて。

 強敵と出会えた感謝とともに――——拳を打つ。




「GAAAAAAAAAAAAAAATSBYYYYYYYYY――――ッッッ!!!」




 刹那を燃焼し、音の壁をゆうに三桁は越えたであろう超高速。

 都合二六発もの連打(ラッシュ)を受け、ブレイブは完全に生命活動を停止した。



 

「ありがとう。そしてさようなら――おまえに会えたという幸運を、祈らずにはいられない」





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