024 勧誘④
シャルル・ココをパーティに迎えた後日。
俺とカティアが訪れたのは、王国の〝三大図書館〟とも呼ばれる巨大な図書館だった。
「——ここに、その先輩がいるのね」
「ああ。昔っから先輩の溜まり場なんだ、ここ」
「ふぅん……。マトモなひと……よね?」
「まあ……シャルに比べたら全然」
「ならいいわ。あの子みたいな人間は懲り懲りよ」
敵意を孕ませたカティアが、忌々しく目を細めた。
結局のところ、二人はソリが合わないようだった。
昨夜も、笑顔で肉の盗り合いをしていたし。
最終的には張り合ってアルコールを口にして、二人とも一杯目で酔い潰れてたし。
「正直なところ、俺が一番びっくりしてる。久々に会った後輩に求婚されたンだからよ」
「逆に、これまでどうしてあの子の好意に気がつかなかったのか疑問だわ。実際に見てはいないけれど、相当のアプローチを受けていたのは安易に想像つくし」
「ん~……妹的なポジションだったからな……。ほら、ちっちゃくてかわいいし。なにしてあげても喜ぶんだ、あいつ」
「……距離感の近い女が好きって……言ってたわね」
「ブロンドで無愛想のな」
カティアを一瞥して、一言付け加えた。
しかし、反応はあまりよろしくなかった。
「あの子のこと、好きなの?」
「好きっちゃ好きだけど……それは友達としての好き、みたいな。俺のタイプじゃない」
「……ふぅん。ま、どうでもいいけれど」
「もしかして妬いてんの?」
「―――」
「カティ?」
足を止めて、無表情のまま固まるカティア。
数秒経ってから、おもむろに手を胸にあてたカティアは、目を細め、長いまつ毛を揺らした。
「そうね。これが嫉妬……っていうもの、なのかしら」
「……ッ」
嘘とか、冗談とか。
そういうのを、カティアはあまり口にしない。
いつも率直に、思っていることをそのまま口にするカティアだからこそ——
その言葉は、とてつもないインパクトを孕んでいた。
絶句して声が出ない。
え、もしかしてカティア……俺のこと――
「冗談よ」
「……は?」
「冗談。言ってみたかったの」
「……ええ?」
「驚いた? ギャップ萌えというヤツを狙ってみたのだけれど」
「……」
俺のときめきを返せ。
「さっさと案内して。その先輩がいるってところに」
「お、おう……」
そんなこんなで、図書館を進むこと約十分。
先輩は、文学コーナーの一角にいた。
「――あーくん」
地べたに座り、積み上げた本をテリトリーのごとく囲ってページを読み進めていた先輩が、俺の気配に気がついた。
「無能のあーくんだ。おひさ」
眠たそうな瞳で俺たちを見やる彼女こそ、エルメェス・ティエリジー。
〝桜火花〟の異名を冠す全衛魔術師だ。
「や、やっぱりその噂、先輩の耳にも入ってるんですね……」
「となりの美少女は彼女?」
「友達兼相棒です」
「また女……」
呟いたカティアを気にした様子もなく、エルメェスはぱたんと本を閉じて、さらに積み重ねる。
メガネをわずかに上へ押しあげて、目をこすりつつ立ち上がった先輩がおもむろに手を広げた。
シワシワの白衣が揺れる。
「もしかして、引き取りに来た?」
「ちょ――」
「ッ……」
エルメェスの短い髪が鼻先を掠めたかと思うと、次の瞬間には俺に密着していた。
驚く俺と、咄嗟に剣を抜きかけたカティア。
何よりも驚いたのは、エルメェスの魔術師らしからぬ身のこなしだった。
「ずっと待ってた。あーくんが私を引き取りに来るの」
鼻と鼻が触れ合う距離で、深紅色の瞳が俺を覗き込む。
同時に、抜剣しようとするカティアの手首を抑え付けるオプション付きで。
あのカティアが、剣を抜く前に抑えられていた。
「……ッ、アルマから離れなさい……ッ」
「せ、先輩? あの色々とやばいです」
特に、連れの形相が。
「あーくん。二年もね、まいにち図書館に通ってると、さすがに視線が痛くなってくるの」
「二年間まいにちここに通ってたんですか……暇そうですね」
「もう無職扱いはイヤ」
「実際、無職じゃないですか。魔術学園卒業してるのに」
「そろそろ適齢期だと思うの」
「まだそんな歳じゃないでしょ……」
至近距離で、メガネ越しに迫ってくる無表情のエルメェス。
なんとか引き剥がしながら、俺は先輩の美しい深紅色の瞳中で思い出していた。
先輩は、働きたくないがために進路希望調査書に『お嫁さん』と書いて、結果誰にも引き取られずエリート無職となった残念美人だったことを——。
「アルマ。どうしてあなたの知り合いの女はみんなイカれてるワケ?」
「カティ。先輩の沽券のためにも言っておくが、魔術学園に在学する女の中でも、先輩はまだおとなしい部類だぞ」
「……魔境ね。噂に違わず」
俺とカティアの視線に晒されて、件のエルメェスは小動物のように小首を傾かせた。
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