第28話 鉄格子越しの対面
以前は神職らしく綺麗に揃えられていたヴィリの淡い褐色の髪は、今は長い牢生活で伸び放題になっている。わずかに髪に白い砂が混ざっているのは、死刑囚の寝床が床に敷かれた薄い敷物一枚で、どれだけ払っても砂埃が入ってくるからだろう。
だが、こちらを見つめる鳶色の瞳は、昔と同じように猛禽のような鋭さだ。
――二度と会うことはないと思っていた。
イーリスの命を狙い、あとは死刑を待つだけの男。
(執行されたとは聞かなかったから、きっとまだ生きているのだろうとは思っていたけれど……)
何度も命を狙われて、陽菜まで利用されたせいだろうか。
獄に足かせを嵌めて繋がれている姿を見ても、ハーゲンの一族の時とは違い、憐憫の感情は湧いてはこない。
「イーリス様……。どうして、ヴィリに」
後ろからついてきたギイトが驚いたように、鉄格子の前に立つイーリスの顔を眺めている。
「はん、相変わらずめでたい奴だな、お前は」
「なにを!」
膝に頬杖をつきながら嘲る態度に、かっとギイトが怒るが、ヴィリは以前と同じように、そんなギイトの様子を鼻で笑うばかりだ。
「めでたいからめでたいと言ったんだ。それとも頭に花が咲いているのほうがよかったか?」
「貴様……!」
あからさまな嘲笑に、ギイトが鉄格子に近寄ろうとするのを、慌てて手で制す。
(この男の挑発は危険だ)
ただ単に馬鹿にしたいだけなのか。それとも、なにかを企んで、ギイトを自分に近づけさせようとしているのかもわからない。
「イーリス様……」
伸ばした腕に困惑するギイトを目で制しながら、ゆっくりと牢の中のヴィリを見つめる。
「その様子だと、いつか私がここに来ると予想していたようね?」
「当たり前ですね。陽菜様がこちらに来られてから、一番長く身近にいたのは俺だ。それならば、陽菜様を利用しようとする者が現れれば、俺しかこれまでの経緯を知っている人物はいない。違いましたか?」
その通りだ。忌ま忌ましいまでに悪知恵の回る男。
(だが、ポルネット大臣は、こちらに降臨したばかりの頃の陽菜に会いに来ていた。それならば、あとこの件について、なにかを知っている可能性はこの男しかいない――!)
ギイトを制しているのとは反対側の手で、持った白い扇をぐっと握りしめる。
「その様子なら、おそらく私が来た内容もわかっているのでしょう? ポルネット大臣が陽菜を呼び寄せたというのは、本当の話なの?」
「さあて――」
くっくっとヴィリは、牢の中の明かりがやっと届くところで笑い続けている。
(こんな暗闇の中で――)
何十日も過ごして、いまだに正気を保っている。普通ならば、迫ってくる死刑への恐怖と何も見えない漆黒の闇のせいで、気が狂ってしまうだろうに。
暗闇の中で、髪は伸び放題だ。しかし、長くなった褐色の髪の陰では、昔と同じ鳶色の瞳を爛と光らせているではないか。
「これでも、裁判をここまで長引かせるのには苦労したんですよ。まさかそれだけの労力をかけたのに、ただで教えてもらえるなんて、思ってはいませんよね?」
「お前! いったい誰に向かってそんな口を!」
イーリスが馬鹿にされるのだけは、どうしても許せないのか。いつもは温厚なギイトが横で爆発寸前になっているが、ヴィリの瞳はむしろそれを面白がっている。きっと、彼にとっては、普段穏やかなギイトを怒らせることが、楽しくて優越を感じるのだろう。
意図を悟り、わざと威圧するような金の眼差しを向ける。
「それは、つまり私と取り引きをしたいということ?」
「さすがは聡明な王妃様だ。俺をここから出して、側近として取り立ててくれる。それなら何でもぺらぺらと話しますよ?」
「それは――」
無理な相談だ。法律を国王である自分が破ることにあれほどリーンハルトは慎重だった。ここで、イーリスの命を狙ったヴィリの命乞いをしても、更に苦しませるだけになるだろう。ましてや、側近として元暗殺者を取り立てろだなんて。なにか功績があったのならともかく、取り引きとしては土台無理な話だ。
だが、ヴィリは牢の中で、楽しそうにこちらを見ている。
「王妃様がここに来られた。それは、つまりポルネット大臣が、自らの野望のために、陽菜様を利用されたのに気づかれたということでしょう。そして、王妃様の保護で、陽菜様の利用価値がなくなられた今、彼が同じ手を使って、異世界から第二第三の聖女を喚ぶのを阻止するために、俺が知っていることが必要になられた」
「やはり、なにかを知っているということね?」
「そりゃあね。ポルネット大臣は、最初言葉があやふやな陽菜様より先に、俺に話を持ちかけましたから。実は自分がこの世界に喚び寄せたのだから、後見人として面倒をみたい。そうすれば、陽菜様を王妃にすることもできると――」
「どうして、その話にのらなかったの?」
ポルネット大臣が、陽菜を王妃にしたかったのなら、ヴィリとは思惑が一致したはずだ。互いに陽菜を支え、イーリスの対抗馬にすることもできただろうに――。
怪訝に思って尋ねても、暗闇の中でヴィリはくっくっと笑っている。
「どうして? どうして、旨味を分け合わなければならないのです? 見ず知らずの土地で、陽菜様にとって頼れるのは俺だけだった。ならば、俺に依存させて、ほかに頼れる者はいないほうが、思いのままに操れるではありませんか?」
かっと頭に血がのぼりかけた。
(どいつもこいつも――!)
陽菜をなんだと思っているのか。向こうの世界で、幸せに暮らしていた一人の高校生の女の子なのに。
それを違う世界に無理矢理喚び寄せただけでは飽き足らず、自分の思惑のために、その人生を利用することしか考えてはいない。
腹の中に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「――お前を、助ける約束はできません。それは、お前が私と陽菜に対して、罪を犯したからです」
そうだ。こんな男の命乞いをしてやるつもりはない。
陽菜が味わった苦労や辛さを考えたら、どうして仇をとらずにおられるだろうか。
でもと、唇を噛みしめながら続ける。
(今は、どうしてもこの男の協力がいる――!)
「代わりに、お前の親族の命ならば、助けると約束をしましょう。お前が私のほしい情報をくれるのなら――」
きっとこんな男でも、巻き込まれた親族も一緒に捕まっているのだろう。自ら自分を殺そうと狙ったヴィリの命は約束できないが、ハーゲンの一族同様、何も知らなかった彼の親族を助けるのには尽力できる。
自分にとっては、ここが許せる最大限のラインだ。
(たとえ憎い男の一族でも、その身内に罪はないのだから――!)
この男にも人並みの感情があるならば、親族を巻き添えにすることまで望んではいないはず。金色の瞳を開いて、イーリスは自分の言葉を聞いた相手の反応を、ただじっと待ち続けた。




