番外編 贈り物 (3)
本当にこれでいいのだろうか――。
目の前に置かれた水色のリボンの箱を見つめながら、うーんと唸ってしまう。
自慢ではないが、前世から手作りという品の評価に期待をしたことはないのだ。高校で、ほかの女の子達が側で彼氏に手編みのマフラーや手作りのチョコの相談をしている間にも、父の為にとせっせとおいしくて安そうなチョコレート店を選んでいた。いや、たまには千円を超えるチョコレートを選んだこともある。
高校生のお財布には厳しかったが、「お前は優しい子だなー」と父が頭をぽんぽんとしてくれるのが嬉しかったのだ。
それぐらい手作りには自信がなかったせいで、こちらの世界に転生してきてからも、手作りの成績は、今のところ甲乙丙丁の下二つだ。
一応、ルフニルツの王女時代は、国王だった父の誕生日に少しでも喜んでほしくて、プレゼントを贈ろうと頑張ったこともある。とはいえ、王女とはいってもまだ子供。秘密で自由になるお金などなかったから、習ったばかりの刺繍で父の誕生日にハンカチを贈ってみたりもしたのだが。
「イーリスのくれる物なら、どんなのだって嬉しいさ」
そう言って渡したハンカチを喜んで、羨ましがる兄の横で肩まで抱き上げてくれたことは忘れられない記憶だ。白い花畑に包まれた北の宮殿での、嬉しい思い出。
(でも、今から考えると……)
うっと詰まってしまう。父は上手にできたと喜んでくれていたが、今思い出せば到底人に渡せるようなレベルではなかった。刺繍糸はまっすぐに通っていなかったし、どうにか花の形にはなってはいても、糸の先端を縫い込むところが揃ってはいない。控えめに言っても、小さい子の絵のレベル。つまり、刺繍の落書きのような品だったのだ。
「あれって、今から考えれば、お父様の優しさよね――……」
あんなものをリーンハルトに渡した日には、絶対に目を丸くして呆れられる。だから、よっぽどの時でない限り、手作りは自分にはハードルが高すぎると、できるだけ関わらないようにしていたのだが……。
目の前に置いた箱をちらりと見ると、はああと受験の不合格通知を待つような気分になってしまう。
「大丈夫です、陛下はきっと喜んでくださいますから」
「だったら、いいのだけれど……」
あのリーンハルトの喜ぶ顔。想像はできないが、つい見たくて陽菜の言葉にここまできてしまった。
「ま、まあ。気に入らなかったら使わなければいいだけの話だし」
「だから、インク壺は絶対に汚すのがもったいなかったんですって。そうでなければ、使いもしないのに机の上に置いておくはずがないでしょう」
絶対にいつインクを入れるかで悩んでいたんですよと断言してくるが、本当にそうなのだろうか。
「うーん」
陽菜の言葉に、自分の贈った物を毎日愛でるように見ているリーンハルトの姿が想像できなくて、思わず首をひねった時だった。
「陛下のおなりです」
(来た!)
合格の可否を知らせる郵便屋のピンポンが鳴らされた気分だ。思わず背筋がびくっと反ったが、怖々と振り返ると、リーンハルトの手の中には小さな白い花束があるではないか。
「リーンハルト、これは……」
やっと両手を包むぐらいの小さな白い花束。
だが、その花は見たことがある。この宮殿に来た最初の日に、リーンハルトに連れられていった西の花畑に咲いていた幸福草の小さな蕾だ。
少しだけほころびかけた白い花は、故郷のルフニルツで父と母と兄弟達とお茶をしながらはしゃいでいた遠い昔を思い出させる。
「なにがいいか迷ったんだけど。恋人になって初めての贈り物だから、やはり花がいいかなって……」
こちらを見ながら話してくるリーンハルトの顔は、白い花と対比しているせいかひどく赤い。
いつも白いから気がつきにくいが、今口ごもっている頬が染まっているのは、白い幸福草のせいではっきりとわかる。
「覚えていてくれたの?」
(私が、この花を好きだといったことを――)
そして、初めてリーンハルトからもらった花だということを。
驚きながら尋ねると、リーンハルトは少しだけ照れくさそうに首を縦に振っている。
「あ、ああ……。本当はもっと大きな花束を用意したかったんだが。季節が違うから庭師に温室の花を急いで咲かすように言っても、これだけしかなくて……」
覚えていてくれたのだ――――。
あの日、初めて会った日のことを。そこで話したこの花に思い出があり、大切に思っているということを。
だから、そっと両手を伸ばして、不安そうに見つめている花束を受け取った。
「ありがとう、すごく嬉しいわ」
まさか、昔なにげなく話したことを覚えてくれているとは思わなかった。リーンハルトにすれば、遠くからきた姫を励ますために、花畑に連れていっただけだと思っていたのに。ほんの些細な時間が、二人の間で宝物のように輝いている。
それが嬉しくて、そっと花束に顔をよせた。どうしよう、すごく嬉しくて、今自分がどんな顔をしているのかもわからない。
ただ、笑みがこぼれてくる。
高い宝石でも、王妃として必要な品でもない。大好きな歴史の珍しい本でもない。それなのに、二人の時間を示す白い花が、どうしてこんなにも愛おしいのか――。
溢れてくる笑みのままリーンハルトを見上げれば、なぜか花束を渡したはずなのに、前よりも顔が赤くなって見える。
「ありがとう!」
「い、いや……喜んでくれて、よかった……」
(リーンハルトが、こんなに照れた顔をするなんて)
なんだか年相応の表情を見たような気分だ。
だから、今ならば渡せるような気がして水色のリボンの箱を取り出した。
「アステリアス祭、おめでとう! これは私からよ!」
下手でも笑わないでねと、先に言い訳をつけて渡す。
「下手って……もしかして……」
前にも一度同じ言葉をつけてクッキーを渡したからピンときたのだろう。
ぱっと手に取り、リーンハルトの瞳と同じ水色のリボンをほどくと、包み紙を解いている。
「そう、手作りだけど、気に入らなかったら誰かにあげるか文鎮にでもしてくれたらいいから」
最初に断っておくのは、これだけ照れているリーンハルトの顔が、がっくりとしたものに変わるのを見たくはないからだ。
(やっぱり――下手かな?)
自分の中では、これなら渡しても大丈夫と思えるように仕上がった出来だったが。怖々と伏せていた目を開ければ、箱を開けたリーンハルトは中を見て視線を縫い止められたようになってしまっている。
そのアイスブルーの瞳が見ているのは、ピンク色のビロードのうえに納められた一本のガラスのペンだ。
「これを……俺に……?」
だが、言葉は不快や失望を示すようなものではない。むしろどこか感嘆したように、金色の粉を内側に閉じ込めたガラスの軸で作られたペンを見つめている。
だから、ほっとして言葉が出た。
「ええ、陽菜に教えてもらったの。本当は完全なガラスペンがいいのかもしれないけれど、それだと作るのが少し難しいらしくて。ペン先を取り付けられるタイプのガラスのペン軸にしたの」
本当は、ガラスペンにすると難しいだけではなく、リーンハルトが、手作り部分が汚れるのを嫌がって使わないかもしれないと言われたからなのだが、今はそれを言う必要はないだろう。
(気に入って……くれるかな?)
自信はないが、さすがいいね万能力を持つ陽菜の監修だ。何本かチャレンジをしてどうにかうまく形をとることができたし、リーンハルトが好きだという金色を纏わせるために、中に金粉も施して固めてある。
きらきらと輝く金色が、透けるガラス軸の中で美しい。
それをそっと手に取るリーンハルトの様子を、ドキドキとしながら見つめていると、その端正な口が開いた。
「君と――同じ金色だ……」
「え、ええ。前にリーンハルトが金色が好きだと言っていたから」
どうして、ここでそのことに気がつくのか。
「あ、やっぱり私と同じ色より、リーンハルトの目の色の方がよかった?」
「いや、この方が嬉しい。そうか、ありがとう……」
(あら? もしかしてだけれど……)
いつもと同じ短い礼だが、よく見れば耳まで真っ赤になってしまっている。さっきまでは、顔だけだったのに――。
(ひょっとして)
すごく喜んでくれているのだろうか。言葉として、はっきりとは出てこないぐらい。
(まさか、自分からの贈り物でこんなにも喜んでもらえるだなんて――)
「いいのよ、リーンハルトの為に作ったんだから」
だから、何気なく言葉にすれば更に顔が赤くなっている。
どうしよう、嬉しい。
まさか、リーンハルトがこんなにも喜んでくれるだなんて。
「俺も、騎士達がよく恋人にプレゼントをあげる意味がわかった」
こんなにも、自分の贈った物を喜ばれるのが嬉しいなんてと、ぽそりと呟いている。
その顔がかわいくて、思わず側にあった腕を抱きしめた。
すると、そっとたどたどしく口づけが下りてくる。唇に触れるその感触のなんと甘いことか。
あまりの幸福感に、唇が離れてからも、笑みがこぼれてくる。
柔らかに笑む姿を、リーンハルトがそっと抱きしめてくれた。
「アステリアス祭、おめでとう。恋人になって初めての夜に」
「ええ、おめでとう」
何百という恋人達が今宵唱える言葉を呟きながら、相手からの贈り物を抱きしめる。それに込められた気持ちが嬉しい。だから、プレゼントを見つめて、もう一度微笑みあった。
お読みくださり、ありがとうございます。リアルの事情で、本編の作成に最初考えていたのより時間がかかっており、申し訳ありません。
現在頑張って書いていますので、どうか、もう少しだけお待ちいただけると嬉しいです。




