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第33話 相談

(それにしても、腹の立つ……)


 あれから二週間。裸足で走ったため怪我をした足の裏もすっかり治り、王宮の別館で過ごしていたイーリスは、豪華なベールの中で、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 今、身に纏っているベールはシュルワルツ地方でしかとれない極細の金糸で編まれた最高級の品だ。身につけているドレスは、金糸でベールと同じ百合の模様が施された白絹で、体に巻くように纏い裾を引く様は、どこか前世で見たサリーにも似ている。


 誰が見ても超一級品の仕度だが、今のイーリスの気分は暗かった。


 今は大翼宮の控え室で大広間の準備ができるのを待っている身だが、肘掛けに頬杖をついて座りこんでいると、ついぽつりともらしてしまう。


「やっぱり……なんか釈然としないのよね……」


 いくら自分たちの敵をおびき寄せるためとはいえ、グリゴアは自分に対しては本気で怒りをぶつけてきていた!


(リーンハルトのためだというのはわかるけれど! あれは絶対に本気で嫌がらせをしていたから!)


 なのに、実は味方でしたで、このまま終わらせていいものだろうか。


「やっぱり、なにか一矢報いてやりたい……!」


「誰にですか?」


 側にいるから聞こえたのだろう。不思議そうに茶器を持って振り返ったコリンナに、イーリスは開き直るようにソファの上で座り直した。


「グリゴアよ。あれは、私に本気で嫌がらせをしていたと思わない?」


「まあ……普通は、あそこまでやりませんよね」


「そうでしょう!? なのに、リーンハルトのためでしたで終わらせていいものかしら?」


「まあ、イーリス様のためとは一言も仰ってはいませんし」


「そこなのよ! 罰することはできないにしても! せめてこのもやもやに、なにか仕返しをしてやりたい……!」


 ぐぐぐと拳を握りしめると、それならばと側から陽菜がぴょこんと人差し指を立てた。


「たこ焼きでロシアンルーレットなんていうのは、いかがですか? 蛸の代わりに中に、わさび・唐辛子・胡椒・塩辛などを入れておくんです。どれを食べても、驚く顔が見られてすっとすると思いますよー」


「陽菜……、その最後のを食べたところは、すごく見てみたい気がするのだけれど」


 なぜだろう、やったら翌日に同じことをされるような気がする。


 うーんと悩んだところで、隣にいるアンゼルが手を挙げた。


「はい! 俺は、推しと離れ離れになったら辛いと思いますので、陽菜様とイーリス様との面会禁止が効くと思いますよ」


「それ、残念ながらあなただけだから」


 第一、推しとの面会禁止ならば、グリゴアにとっての相手は自分ではなく、リーンハルトになるような嫌な気がしてならない。


(リーンハルトに避けられるのは堪えるかもしれないけれど、なにしろ六年以上も文通で平気だった相手だからなあー)


 第一、嫌われても本望と今回の作戦を実行していたことを考えれば、効果が薄いような気がする。


「では、イーリス様」


 こほんと横からギイトが咳払いをした。


「私が、グリゴア様に災厄がかかるように、毎日神殿で祝詞を唱えるというのはどうでしょうか?」


「やめて。ギイトがやると、その真面目さで本当に呪詛がかかりそうだから」


「おやおや、私にそんな力などありませんのに」


 にこにこと笑っているが、呪詛という発想が出てくること自体普通ではない。


(さすが、人生の半分以上を俗世から離れて生きているだけある……!)


 この浮き世離れした雰囲気と、生来の生真面目さなら、本当に神殿秘匿の呪いの一つや二つぐらいは会得してきそうで侮れない。


「それもだめとなると……」


 うーんとコリンナが顎に手をあてた。


「グリゴア様の弱味を握るというぐらいですかねえ」


「それだわ!」


 ばっと頭を起こす。


「それよ、それ! 誰だって弱味を握られたら嫌ですもの!」


 思わずキラキラと目を輝かせて言ったが、同時にコリンナの顔は渋いものになった。


「ですが、グリゴア様の弱味といっても……」


 途端に全員がうーんと考え込んでしまう。


 家や身分か。いや、長年生家を飛び出して、勘当されたままだったことを考えれば、これは先ず入らないだろう。


 仕事も、今は元老院という要職だが、王家の教師となる前は、平民がするような日雇い労働もしていたとリーンハルトから聞いた。


「とにかく、愛妻家で我が子を溺愛しているという話ですが……」


 コリンナのその言葉に、はっと頭に閃く。


「じゃあ……! その子供を私の味方につけて、さりげなく『パパひどい……』っていわせれば!」


「間違いなく大ダメージですね!」


 アンゼルが妙案だというふうに手を叩いている。


「子供がイーリス様の味方になってくだされば、必ずグリゴア様のしたことに、かわいい方法で怒ってくれますよー」


 それはいいと、陽菜もこくこくと頷いている。


「そうよね! かわいい我が子に怒られたら、大ダメージ間違いなしだし! じゃあ、これからグリゴアの子供と親しくなって」


「でも、イーリス様。それって、グリゴア様の家庭は大丈夫なのですか?」


 冷静なギイトの声で、一瞬で我に返った。


「ああああー! ダメだわ!」


 そうだ。グリゴアに仕返しをするということばかり考えて、父親が人にそんな仕打ちをしたということを知った時の親子間の葛藤を忘れていた!


(溺愛してくれているパパが、そんなひどいことを人にしていたなんて知ったら……!)


 いや、グリゴアは自業自得だが、それをひどいと感じて、父親に気持ちを閉ざしたら子供の未来はどうなるのか。


「うん、だめよ。これは絶対にダメ」


 とんなに腹が立っていても、自分にグリゴアの子供の未来を潰す権利はないはずだ。


(だけど、それならどうやって――!)


 この胸のもやもやを晴らせばいいのか。


 両手で頭を抱えた瞬間扉が開き、今の今まで悩んでいた相手の姿が現れた。


「間もなくお時間です」


 嫌味なぐらい落ちついた姿だ。味方なのかもしれないが、相変わらず本心が見えない――と振り返ったところで、ふとその冷静な姿の表情がいつもと違うのに気がついた。


 僅かだが、悔しそうに両の眉か寄せられているではないか。イーリスに対しては、嘲りの表情以外滅多と露わにしないグリゴアにしては珍しい。


「グリゴア?」


 尋ねると、ひどく不承不承といった様子で、イーリスに頭を下げてくる。


「このたびは……イーリス様が囮となって、私をハーゲンから見つからないように匿ってくださったと陛下より伺いました。ご自身が危ない中で、助けに来たはずの私へのご配慮、まことにかたじけなく――」


(ははーん)


 悔しそうに寄せられている瞳にぴんと来た。


 非常に不本意なのだ。怒っていたはずのイーリスを助けたのはともかく、自分が助けられる立場になるのは。


 ならば。


「いいのよ、私を助けようとしてくれた人を助けるのは、当たり前の行為だもの。それにグリゴアは私とリーンハルトのために、反対派の囮となってくれていたんだし」


 にこりと笑って「私と」といってやれば、更にグリゴアの眉が悔しそうにぐぐくっと寄っていく。


 リーンハルトのためであって、私のためではないとグリゴアにすれば言いたいのだろう。だが、この言葉を認めれば、彼はイーリスのためにも働いたことになる。


(まあ、わざわざ角をたてるために否定するとは思えないし。これでちゃらかしら?)


 少なくとも、自分の気持ちはいくらか晴れた。


 だから、聖女らしい微笑みで見つめると、ゆっくりと息を吐き出したグリゴアの頭が静かに持ち上げられていくではないか。


「イーリス様」


 そして、すっと正面から見つめてきた。


「私は、確かにあなたに対して怒っていました。離婚されるならされる、やり直されるならばやり直すではっきりしろと思っていましたが、それは全て私の人生の恩人であるリーンハルト様を思ってのことです。そして、今回貴方は私の命の恩人になられた」


 ですからと、真摯な紫の瞳が、まっすぐに見つめてくる。


「これからはイーリス様にも忠誠を誓います。恩には恩で返すのが、私の主義ですから」


「あなたもハムラビ法典の支持者だったの」


 見つめてくる瞳に、目をぱちぱちとさせながら呟く。


「それに――私は、確かに怒ってはいましたが、もし適うのならば、イーリス様に陛下とすぐにやり直してほしいと思っていたんですよ」


「あれで? どう考えても、嫌がらせにしか思えなかったけれど」


 王妃宮を追い出したり、化粧料や財産を止めたり。けれど、グリゴアは「ええ」とにっこりと笑う。


「あそこまで嫌がらせをすれば、困ってすぐに離婚をやめるかと思いましたから。そう考えれば、何度も、離婚を止めようとしていたでしょう?」


「貴方の行動ってすごくわかりにくいわ」


 あれでは、誰が見ても二人の再婚に反対としか見えなかっただろう。


 まあ、確かに離宮がなければ、王妃宮を出たあと、リーンハルトのところしか行くところはなかったし、化粧料が使えなくなれば、尚更リーンハルトに頼って生活するしかなかったのは事実だ。しかも、嫌がらせと自覚してやっていたとは!


(本当に! 嫌なぐらいややこしくてわかりにくい!)


 敵を誘うため、陽菜を王妃にしたいふりをしていたから尚更だ。


 よくリーンハルトは、こんな曲者を教師にしたと思うが、考えてみればリーンハルトの気持ちがわかりにくいのは、この師匠の問題もあったからなのかもしれない。


 苦虫を噛み潰したような顔をしていたのか。唇を歪めていると、グリゴアがふっと微笑んだ。


「私は、一度心を決めた方には人生をかけて、誠を捧げます。その証拠に」


 ふと、囁くようにイーリスに近づいた。


「少し情報を手に入れることができました。ポルネット大臣については、あとでお話をしたいことがございます」


「ポルネット大臣について?」


 ハーゲンの一件以来彼は自宅謹慎なはずだ。


 不審に思い横を振り返ったところで、再度扉の開く音がした。


「用意はできたか?」


「リーンハルト!」



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