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第1話 新たな問題

第二部始めました。よろしくお願いします。

 カラカラと馬車は、舗装がされた道を走っていく。


 両側に並ぶ畑からは次第に雪が消え、乾いた道になっていくのをイーリスは馬車の窓から見つめていた。


「なんだか、不思議な感じだわ」


 半月程前にこの道を夜中に走った時は、もう二度と都に戻るつもりなどなかったのに。


 今、自分の前ではあの時怒りをこめて思い描いていた顔が、少し微笑みながら見つめている。


「そういえば、そうだな。二人で一緒に出かけるのなんて、公務以外では初めてだ」


(そういう意味ではなかったんだけど――)


 うーむと内心唸りながらリーンハルトを見つめたが、目の前に座りイーリスを眺めている彼は、どことなく嬉しそうだ。


 柔らかな冬の日射しに、銀色の髪がさらりと光る。


 微笑むアイスブルーの瞳は、まるで雪を浮かべた湖のように清冽な色なのに、今イーリスに向けられる眼差しはどこまでも柔らかい。


(まさか、リーンハルトがずっと私を好きだったなんて――)


 どんな顔をして、今彼をみつめたらいいのかわからない。


(いや、今更なんだけど!)


 なにしろ、よく考えれば公衆の面前で口づけをして、更に離婚の約束と一緒に婚約までかわした仲だ。


 照れるというのも今更だが、さすがに不仲の期間が長かったから、どんな顔をして、二人きりの時間をすごしたらよいのかがわからない。


 だから、必死に頭の中をひっくり返しながら、おもいついた話題を口にのせた。


「あ、公務といえば、シュレイバン地方はこれからどうするの? 冬の間は、どうしても乾燥野菜が多くなるから、できるだけオレンジジュースを南から輸送するにしても」


 ぴょんと指をたてて口にしたが、こんな時咄嗟に思いつくのが公務の話だけだというのも情けない。


(あら? ひょっとしたら、夫婦仲がうまくいかなかった理由って、私の方にもあったのかしら?)


 よく考えたら、ひどく不器用なような――――。


 思ったが、目の前に座るリーンハルトはイーリスの言葉に腕を組みながら、ゆっくりと頷いている。


「それについては、今後国をあげて寒冷地への農作物の品種改良を行っていきたいと思う。元々、シュレイバン地方は土地が痩せているせいで、銀細工に仕事を求めて発展してきた地域だ。それに、春になれば青菜が育つ。これならば、ほかの作物と違い短期間で大きくなるから、住民の栄養不良を解消するためにも、農家への種を助成していくつもりだ」


(えええっ! いつの間に、そこまで――!)


 知らない間に更に考えていたのか。


「すごいわ! リーンハルト」


 思わず前のめりになって称賛してしまった。


「あ、でも土が痩せているのなら、一緒に肥料も助成したらどうかしら? 干鰯(ほしか)とかで土壌ごと改良すれば、収穫量もあがると思うし」


 実際、日本の江戸時代の農業は、それで大きく発展した。


 きらきらとした目で見つめたが、次の瞬間、見つめてきたアイスブルーの瞳にはっとしてしまう。


(あああー。私の馬鹿!)


 どうして、折角リーンハルトが良い案を出して感心したのに、ついいらない口をだしてしまうのか。


(きっと、また怒られる……!)


 覚悟したのに、見上げた姿勢のまま固まってしまったイーリスを見つめるリーンハルトの口元は、ふっと微笑んだ。


「そうだな。それも合わせれば更に良い案だ」


「え……」


 まさか、そのまま受け入れてもらえるとは思わなかった。


(なにかが変わったの……?)


 これまでと――。


 そう思ったところで、馬車ががたんと大きく揺れた。


「あぶない!」


 座席から体が浮いて投げ出されそうになったが、前から伸ばしてくれたリーンハルトの手のお蔭で、どうにか床には転がらずにすんだ。


「大丈夫ですか!? 大きな石が落ちていたので、よけきれなかったようです」


「ああ。俺たちは無事だ」


 無事ではない――。


 馬車の外を守る兵士に向かってリーンハルトは叫んでいるが、肩を抱きしめられた形になったイーリスは顔が爆発しそうだ。


「あ、ありがとう」


 慌てて身を離そうとしたが、まだリーンハルトの両腕はイーリスの肩から離れようとしない。


「リーンハルト?」


 どうしようと見上げると、リーンハルトは、イーリスの崩れかけた体を支えたまま、どこかもじもじとしている。


「その……なんだ。こちらに座らないか? もし、また転げそうになっても、すぐに横から手で支えてやれるから……」


(つまり、横に座ってほしいの?)


 たったそれだけのことを言うために、今のリーンハルトの顔は、多分さっきの自分の顔よりも真っ赤になってしまっている。


「もう――」


 くすくすと笑いがこぼれてきてしまう。


「そんなふうにお願いをされたら断れないでしょう?」


 座るだけなのに――。そう思って、リーンハルトの手が促すまま隣に腰かけたが、どうしてだろう。肩が触れるぐらいの距離に座っただけで、ひどくドキドキとしてしまう。


(なにを今更意識しているの!? 六年間、毎日向かいに座って一緒に朝食を食べてきたのと同じでしょう!?)


 座っているだけ、座っているだけと心の中で唱えるのに、横からはじっとリーンハルトがアイスブルーの瞳で、イーリスの横顔を見つめてくる。


 さらりと、肩にかかるイーリスの髪を一房取った。


「リーンハルト?」


「綺麗だ……」


 そのまま、捧げるように髪を持ち上げられる。


「初めて会った時から思っていた。なんて綺麗なんだって。そして、ずっと触ってみたかった……」


 ふわりと落とされてくる唇に、心臓が爆発しそうだ。


(待って待って! 綺麗って髪のことよね!?)


 自分は今まで一度でも、リーンハルトからそんなことを告げられたことはない。


(いくら、反省したからって素直になりすぎなんじゃないの!?)


 俯いたリーンハルトの銀の髪が、さらりと自分の持ち上げられた髪に触れてくるが、これでは、自分の心臓がいくらあっても足りない。焦ったところで、走っていた馬車はかたんと車輪の動きをとめた。


「王宮に到着でございます」


 ちっとリーンハルトが、髪から顔をあげる。


「もう着いたのか。街道の整備に力を入れすぎたようだな」


 野暮な奴らめと呟いて外を見ているが、イーリスにすれば助かったの一言だ。


(これ以上あれは無理だから!)


 さすがに、つい昨日まで本気で離婚を考えていた相手に、これ以上口説かれては頭がもたない。


(いくら、私もリーンハルトが好きだったとしても! 心と頭はそう簡単に切り替わってはくれないから!)


 第一、リーンハルトには今のが口説いていたという自覚もないのだろう。


(あれ? 私、こんな調子で、本当に再婚できるのかしら?)


 さっきも以前と同じことを繰り返してしまいそうになったのに――――。


 思い出した記憶に、握りしめた指の先が、ひやりと冷えていくような気がする。


(本当に……同じことには、ならないの?)


 ふと、心に黒い影が射した。


「出ないのか?」


 座ったまま、馬車から降りてこないイーリスのことを不思議に思ったのだろう。先に降りたリーンハルトが、外から手を差し出してくれる。


「ええ……」


 手が冷えていることに気がつかれないだろうか。不安に思ったが、差し出された広い手にそっと手のひらを重ねて降りると、リーンハルトのアイスブルーの瞳が優しく微笑んだ。


 ううん、自分で決めたことだ――と、自分自身に言い聞かせるように心で首を振る。


 今は考えすぎてもよくない。まだ再婚までの猶予は百日もあるのだから。――きっと大丈夫、と見上げる。


 エスコートされて降りた王妃宮前の広場では、数人の官吏が出迎えに来ていた。


 久しぶりに見上げるクリーム色で彩られた宮殿が懐かしい。見上げた壁には、金の装飾が優美な曲線で施され、青い空の下に優雅な姿を描き出している。


「なんだか久しぶりな気がするわ……」


 ほんの十日ほど離れていただけなのに。


「疲れただろう? すぐに部屋に温かい飲み物を用意させるから」


 一日の距離とはいえ、ずっと馬車に揺られていたからだろう。気遣ってくれるリーンハルトの言葉が嬉しくてこくんと頷く。


 その時だった。出迎えに並んでいた人の間から、一人の黒髪の男性が進み出てきたのは。


 そして、慇懃に身を屈める。


「おそれながら陛下。イーリス様を、王妃宮に入れることはできません」


 突然なにを言いだすのか。


「なっ――」


 同じように慌てるリーンハルトと見上げたが、出迎えに来た男は、これを譲ることはできないというように、冷たい瞳でイーリスを見つめ返した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] リーンハルトのアイスブルーの瞳が優し気で良いですね。 イーリスのことめちゃめちゃ好きではないですか! で、なぜにイーリスが王妃宮に入れないのだー!!
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