潜入2
荷馬車が中に入ると、男はすぐに扉を閉めた。何となく、閉じ込められたような気分になった。
『ドルト』は高くて堅牢な壁で外部から敵の侵入を遮断しており、まるで砦のようだった。
魔物退治を生業とする冒険者用の宿とはいえ、街から離れているためいざという時は自衛するしかない。守りを固めるのは当然だろう。
普通の宿と比べて多少割高でも、安全性と利便性から冒険者達が重宝するのは納得がいく。
一方で、秘密裏に商売ができているのも、この建物の特性があったからと言える。
壁のおかげで、中で行われている事は外部にはわからない。
あの混血児の記憶から得た情報では、裏の商売が行われるのは週に2日だけ。それも完全予約制で、一晩に一人しか客を取らない。
客同士を鉢合わせさせない為、そして客好みの商品を確実に提供する為だ。
宿の主人は、貴族や豪商など金と地位のある相手に言い値で商売していた。
魔物の子供を買春しているという、世間にばれてはまずい相手の弱みにつけこんでいるのだ。
顧客の数は両手に少し余る程。それでも商売が続けられるのは、その希少性と顧客のプライバシーが徹底的に守られているからだった。
宿の主人はそれなりに商才があるのだろう。
そんな人間が、金を生み出す子供達をおいそれと手放す訳はない。
(子供達にとって、この建物はまさしく牢獄だわ)
私は中を見渡した。
入り口から入ってすぐは広々とした中庭になっており、奥の方に石造りの2階建ての建物があった。
「荷馬車はその辺りに止めてくれ。右奥に厩舎があるから、空いてるところに馬をつないでいい」
扉を開けてくれた男が案内してくれた。
「ありがとうございます。食事はできますか?」
「ああ。厩舎の反対側の建物、そう、あれだ。あそこが食堂になってる。今ちょうど客に食事を提供してる時間だから、あんたらも食事にありつけるぜ。味は保証できないけどな」
「ありがとうございます。ご主人にはそこでお会いできる?」
「いや、ここの主人は離れの建物にいて、滅多にこちらには顔を出さない。宿泊の受付なら、こっちでやってる」
「そうなんですね。ちょっと待って下さい。連れを起こしてきます」
私は荷台に声をかけた。
「若様、宿に着きました。起きて下さい」
「・・・グラードに着いたのか?」
「いいえ、やはり日暮れまでに間に合わなかったので、途中にあった冒険者用の宿にご厚意で入れてもらいました」
「そうか。礼を言わねばならないな」
そう言って人間に扮した魔王様が荷台から降りてきた。
男は魔王様を見て、ポカンと口を開けた。
魔王様の見た目は20代前半の美青年といったところだが、纏う雰囲気はただ者ではない。
ロングチュニックに生成りのパンツ、編み上げサンダルという私と色違いの服装でも、その立ち振る舞いと言動に上に立つ者の威厳と言うか風格が滲み出ていた。
どう取り繕っても普通の旅人には見えないということで、魔王様には私とラーソンの雇い主の「豪商の若様」を演じてもらう事になった。これなら私達が敬語でも不自然ではないからだ。
「おかげで助かった。ご厚意に感謝する。宿の主人に挨拶したいが可能だろうか?」
魔王様の問いに男は姿勢を正した。
「すぐに取り次いできます」
(さすがだわ、魔王様)
魔王様のいいとこのボンボンぶりは男に伝わったようだ。
恐らく宿の主人は魔王様を新たな顧客候補として見るだろう。
うまくいけば、子供達が監禁されている離れに潜入できるかもしれない。
(まあ、そんなに都合良くは行かないでしょうけど)
こちらのシナリオ通りに事が進むとは思えない。念には念を入れなくちゃ。そのためにも・・・
「ラーソン、起きて。着いたわよ。夕食にしましょう」
私は作戦の要であるラーソンを叩き起こした。




