遭遇
トールス家に宿泊はせず、昼食を頂いたら、ホテルへ戻ることに
なっていた。
昼食は、大人数で食べられるという食堂で、
家庭料理でもてなされた。
こちらの世界のこの国の郷土料理というもの。
独特な塩と胡椒がメインで使われている。
慣れていないので、他の味が欲しくなる。
ソースとか醤油とかは、まだこちらでは多くは使われていない。
俺の地元の味は、ホテルでしか食べられないと聞いた。
「爺ちゃん、ソースとか醤油は販売しないのか?」
「塩と胡椒がメインだからな。あまり馴染みがないので、
早々受け入れにくいんだよ。試しにホテルで使用したが
食べなれていないとかで、半数は毎日はとてもということで
バイキング形式にしている。
あれなら、自分で好みを選べるからね。
従業員の食堂は、週1回お試し料理を出している。
舌を慣らしてもらって、味に慣れてもらっている。
食べなれた料理が一番だからな。
私達で言うところの、和食好きが洋食に慣れていくのと
同じ感覚だよ」
「なるほど。徐々にか」
「そうだ。私達の国でも昔は和食メインだった。3食パンは、
とてもじゃないが、受け入れにくかった。
朝は味噌汁とご飯が定番だったからだ。
それが、朝はパンとサラダとソーセージと
欧米化の文化が浸透していった。
別の文化が入って100年以上
今では、ご飯よりもパンをメインにしている者も出てきたくらいだ。
少しづつ味のファンを増やしていくという感じかな」
祖父の言葉にマチは、何度も頷いた。
そして、食事も終わり、少し雑談をして
2時になったことで、そろそろ帰ることになった。
女性陣は、楽しい井戸端会議が終わり、名残惜しんでいる。
『いつでも歓迎するわ』
『楽しかったわ。またいらしてね』
伯母とこちらの祖母は、玄関前で何度もマチに抱擁してくる。
夫達は、祖父母と握手を交わし、
ハンナと子爵は、『ぜひ、招待状を送りますので
いらして下さい』と帰りは見送りにまで来てくれた。
子爵は貴族っぽくない気さくな人で、マチも
打ち解けることが出来た。
「それでは」
祖父の言葉を最後に、バルグが馬車をゆっくりと進め始めた。
その後を4人の傭兵達が着いてくる。
バルグが馬車の御者と会話が出来る小窓を開け
『在人様』
「どうした?」
『使用人達の話しですと、この館からの帰りに貴族の馬車が
襲われる確率が高いそうです。今のところは、護衛が着いている
馬車ばかりで難を逃れてはいますが、森を通り抜ける辺りを
護衛に気を付けるよう話がしてあります』
バルグと護衛の4人で、マチ達が館にいる間に、あちこち調べてきた
そうだ。使用人達や庭師は、森の道に出向くと追いかけられたこともあり
ここ3日程は、怖くて護衛でもいないと森の道が通れないと
打ち明けてくれていた。
「それは、困ったことになっているな」
『十分注意致します』
森の中を通る道に入ると、馬車はスピードを増した。
パシン。
鋭い音。森の中に響く音。それが地面に突き刺さった矢の音。
馬は目の前に矢が飛んできて、驚いて嘶き前足をあげて急に止まってしまった。
後方で走って着いてきた傭兵達は、馬を使って牽制しながら腰の
剣を抜いている。
馬車の窓から外を眺めたところ、危険が増したことを感じとった。
「あ~、どうやら遭遇してしまったか」
祖父が嫌そうな顔をさせた。
『館から出て行くのを見られたのかしら?』
祖母が不安そうに、祖父の腕に腕をからめている。
「たぶん。何かを飛ばして見ていたのだろう」
カンカン。 ヒヒーン。
固い金属がぶつかり合う音と、馬の嘶き。
馬が足踏みしながら後ずさりをしている音も一緒に聞こえてくる。
『盗賊です。人数は、現在10人確認出来ます。もしもの時は、馬車は捨てますので
傭兵1人がマチ様、私と在人様、エフィル様で3頭の馬で
脱出します。3人の傭兵達で足止めをしてくれます』
2頭の馬を馬車から外しながら、バルグが小声で小窓を開けて説明してくる。
「分かった。頼むぞ、バルグ」
『はい』
「え?婆ちゃん1人で馬に?」
「マチ。婆ちゃんの馬術は傭兵なみだ」
「ええっ、凄い」
『貴方、剣は?』
祖母は、既に馬に乗れるよう服装が変わっている。
ついでに、腰には長剣がある。どこから?
『このたくさん入るバッグに入れていたのよ』
冒険者には必需品と言われる腰につける小型バッグを指さす。
「なるほど」
横の扉から3人飛び出し、準備していた馬車の前に出ていた馬に
急いで飛び乗る。
祖母は、馬に跨ると、前方から来た盗賊に向かって行き
「婆ちゃん」
マチが傭兵の1人の馬に乗せてもらう間に、長剣2.3度振り回し
1人倒していた。
『流石、エフィル様』
傭兵が感嘆している。
「ええ?婆ちゃん強いの?」
『ええ。エフィル様は、一時期ギルド所属の冒険者強者。
40年前は、それは有名な方でしたよ』
その時、マチを乗せて馬を走らせていく傭兵は、自分が10代の頃に
助けられたという逸話まで聞き、祖母の偉業に驚愕。
「ええ?婆ちゃんがギルド所属。しかも冒険者?」
『マチ様、飛ばしますので。しっかり捕まっていてください。』
マチを連れた傭兵は、バルグと祖父の馬、祖母の乗った馬よりも速く
その場を離れて行った。
(皆大丈夫だろうか)
傭兵の腰に手を回して、しっかりと落とされないようにしていた。
そんな中、前方から人が乗った馬が向かってくるのが見えた。
『マチ様、応援が間に合ったようです』
マチを抱えている傭兵は、仲間と思わしき傭兵達に合図を送り
10頭の馬と騎乗している傭兵達とすれ違って行く。
『ギルド派遣部隊ですよ』
「ああ、そういえば」
片道2時間が、馬単身だと1時間。
ホテルの門前で馬の速度が落ち、ゆっくりと進み始める。
門番の2人が、慌てて門を開けて迎えてくれる。
『ヘイゼル、大丈夫か?在人様とエフィル様は?』
『ああ、今ギルドからの派遣部隊とすれ違った。直ぐに片がつくだろう』
『そうか、それなら安心だ』
『そういえば、エフィル様の腕は健在だったぞ。長剣で倒していた』
マチがぎょっとすると、門番の2人は豪快に笑っている。
『やはり。腕はなまっていないということか。流石だ』
「知ってるんですか?」
『なにしろ、在人様とホテル営業の為、国内を回る為に
傭兵並の訓練をされて、凄腕の冒険者だったと聞きます』
「え~」
(有名は、本当なんだ。どんな過去があったんだろう。
普通にホテル経営してると思ってた)
『マチ様、昔はホテルなんてもの、皆知らないんですよ。
45年も経って、ようやく他国にも知られるようになって。
俺達もここで雇ってもらったのは、年齢を感じて
この国で落ち着こうと決めて、何年前だったかな』
誰も知らない施設を建てて、それを発展させていこうとするには
かなりいろいろあるってことで
このホテルの歴史を知る必要があるとマチは
門前で、祖父母と傭兵達の帰りを待つことにした。
『在人様の屋敷で待ってはどうです?マチ様もお疲れのようですし』
傭兵が心配そうに気遣ってくれるが
「冷静になれないから、ここで待つよ」
『分かりました』
心配で居ても立ってもいられず、門前で待つことに決めた。
時計を確認すると、既に5時。
今頃、馬車で到着しているころだ。
マチは、門前の飾り石の上に腰かけて道を睨む。
そのうち、物凄い埃を舞いながら、馬が何頭も掛けてくるのが
見えてきた。
『あれは・・』
『ホテルの契約傭兵仲間3人と馬車とギルド傭兵部隊だな』
馬のスピードが徐々に落ちて、ホテルの門前に着いた。
『遅くなってごめんなさいね』
『エフィル様、ご無事で』
馬に騎乗している祖母は、凛として傭兵のひとりのようだ。
(うわ、婆ちゃん。凄すぎる)
「皆でギルドへ盗賊全員置いてきたから、遅くなった。
これから皆で私の屋敷の方で宴会を頼む」
門番2人に在人が伝えると、1人が本館へ連絡を入れた。
在人が乗っている馬車の直ぐ後ろ手で、今日活躍したギルドからの
派遣部隊が『おおー!!』と嬉しそうに大騒ぎだ。
呼び出されてきた馬番の4人が大慌てで、傭兵達の馬を引き取り
馬車は、管理施設からやってきた従業員に引き渡された。
「あれからどうなったの?」
大騒ぎをしながら、傭兵達はバルグに案内されて
オーナーの屋敷へと招かれて行ってしまい
エフィルは携帯で、屋敷の執事と連絡し始め
マチの疑問に答えてくれたのは馬車か降りて
門番達と話をしていた祖父だった。
「マチ。歩いて戻ろうか。歩きながら説明するよ」
マチが傭兵の1人と共に馬で先に脱出後、バルグと在人は馬車から
離した馬に跨った。エフィルは、1人で馬に乗って行ってしまい
マチの前に出て、盗賊を1人倒した。
ここまでは、マチが記憶している内容だ。
その先は、マチ達が行った先からギルドから派遣された部隊が10人
馬でやって来た。
マチ達とすれ違った部隊の事だろう。
一緒に来ていた護衛の3人とエフィルが応戦していたところに
合流して、15人いた盗賊を全員倒した。
気絶している者とこと切れている者とを
何でも入れることが出来るバッグへ押し込み、
馬車は馬を繋げ、盗賊の馬と一緒に全員でギルドへ行くことになった。
ギルドで、盗賊を出して預かってもらい、
後で国の軍隊が引き取るという話しになった。
傭兵の派遣部隊に報酬が支払われ
エフィルの提案で、全員でホテルの個人の屋敷で
酒盛りをしようという話しになった。
「随分、話しが速いけど。襲撃されて誰も怪我は?」
「ああ、傭兵達は訓練しているから。誰もいないよ。
盗賊は、他国から流れて来た者達だったようだ。
元貴族とか騎士崩れの奴らもいたが、どういうことなんだろうかと
ギルド長と首を傾げていたんだ」
在人が気になったことは、元貴族が3人、後は騎士を辞めた男達について。
「貴族だろうというのは、姿勢で分かったが、騎士を辞めて盗賊にまで
堕ちるということは、他国はどうなっているのかということだ」
マチは腕を組み考える祖父の隣で、同じように考える。
「そうだね。元騎士というところがおかしい感じがする。
これが、実は誰を狙うのかはっきりしていて、
貴族の誰かが考えて実行したのだとしたら」
在人がマチの顔を伺う。
「もしかしたら、爺ちゃん、狙われているかもしれない」
「私がか」
「ああ。このホテルで何等かを見て、爺ちゃんを捉えようとしているとか」
なんとなく思いついて、マチが説明すると
祖父はさらに考え込みながら、自宅へ向かって歩いて行く。
「ふと思い出したことなんだが。3か月前、他国からこのホテルの話しを
知った他国の貴族が宿泊に来ている。その時、オーナーを呼べと
アシスタントマネージャーを怒鳴ったそうだ。
私が行くと、他国へ来ないかとかホテルの秘密はなんだとか
聞かれたんだ」
「そんなことが?俺、気付かなかった」
「まあ、他の客の手前もあって、直ぐに引いてはくれたが
ホテル内をあちこち散策していた」
それは、ただの散策だと思っていた。
「爺ちゃん、名前は?その貴族の名前」
マチに言われて、その時の様子を思い浮かべ、相手の顔を思い出しつつ
「ハーライト子爵。名は、アーガトン」
「どこの国?」
「ワンツア。この国よりも南にある」
「南」
気になることが出来たようで、祖父は携帯を徐に取り出し
電話を掛ける。
「在人だ。元気かな?」
屋敷に着くまで、祖父は誰かと話し続けた。
電話を切り、自分の後ろを歩いていたマチに振り向き
「生きている盗賊から目的が何か尋問するそうだ」
「尋問」
マチが恐縮する。
「不安だが、確実な事実を知れば、こちらも対策が出来る」
「分かった」
2人が10分掛けて門から到着すると
『お酒足りませ~ん』
『これ旨い』
『それでさあ』
既に大騒ぎの宴会が始まっていた。
傭兵
ヘイゼル 36歳 人族 普通 黒髪 180センチ
他国 ベルウィツ国出身
南の国 ワンツア
アーガトン・ハーライト子爵。45歳 190センチ 大柄でいかつい
青髪 気性が激しい
11/15~17 お休みします。
再開は、11/18 です。




