閑話 在人とエフィル側の話
在人が、異世界を拠点に、生活を始めて45年を迎えようとしていた。
29歳だった私が、45年も。
しわしわになった手を見つめる。
(歳をとるわけだ。)
最近は、当時よりも動きが鈍い。
それも仕方がないな。
在人は、隣でお茶を飲んでいる妻の横顔を見る。
「エフィル。君は30代のままだね」
『ふふ。若い姿は、嬉しいものよ。在人は、渋くなって
私好みよ』
妻エフィルの世界の人族は、私の世界の2倍の人生を歩む。
私は後20年生きられたら、地元で長寿と言われる年齢だ。
そこまで生きられるかどうか。
どうあがいても、妻を置いて先に天に召されるだろう。
エフィルを残して先に逝くことが
とてもつらいことだ。
歳が重ねるごとに、不安が募る。
なんとしてでも出来ることはやり終えて、
彼女を幸せにして眠りたいものだ。
在人は、何度も思い出す。
自分の年齢のおよそ半分の年齢の時に妻に出会い
彼女の押しに負けて恋愛に発展したようなものだ。
「私は、君と出会えて幸せだなあ」
何度でも伝えておこうと思ってしまった。
私のエゴだ。
『急にどうしました?貴方?』
「ふとね。自分の年齢を考えていると、今までの過去を
たまに思い出しては、エフィルとの思い出が浮かぶんだ」
『まあ、それは嬉しいわ。貴方の思い出には、常に私がいるんですね。
他の女性でしたら、許せませんから』
「はははは。私はそんな解消なしじゃないよ。
君1人を幸せにするのに、精一杯だ」
彼女の顔が一瞬曇る。
『在人。最近、同じような会話をよくしているわ。
貴方が消えてしまうようで、私は怖い。
いつもの貴方でいて。まだ別れる時ではないのよ。
貴方とまだまだ生きていたいの。だから・・』
彼女の涙が、頬を伝って落ちている。
慌てて私は、いつもポケットに入れている洗い立てのハンカチを
取り出し、彼女の頬を軽く押さえる。
ハンカチの生地に、水分が吸われて行くさまを見て
申し訳なく思う。
「済まない。自分の寿命が近づいているような気がして。
いつ話せなるのか分からない。だから、今のうちにたくさん君に
感謝の言葉を伝えて行きたいと思ったんだよ。」
もうあまり体力のない胸へ、彼女が抱き付いてきて
それを受け止めるだけで、またしても老いを感じてしまった。
もっと筋力トレーニングをしておくべきだった。
今からでも間に合うだろうか?
「もう、言わないよ」
まさか悲しませることになるとは、思わなかった。
『う・・う・・・・ぐすっ』
ここは、話を変えて、彼女に元気になってもらうか。
「私の若い頃に似ているマチに、こちらへ来てもらおうと思っている」
私の言葉に、彼女は顔を上げ、私の顔を見上げる。
『マチを?』
既に社会人になり、働いている孫に、そんなことを考えているとは
思わなかったようだ。
「ああ。ラルフにはこちらの生活は大変で、向うの世界で暮らしたいと
言われた。エリイも同じだ。結局は、文明の差かな。
それで、話し合いをしたんだ。君を抜きで進めて済まない。
マチなら、どこへ行っても適応出来る。
エリイが産後入院が続いて、マチは幼児時期から6歳まで
この世界にいたんだ。言葉も覚えているだろうし
何よりSEだ。ここで一から何かをするという目標が
彼には魅力的な事になっていくと考えている。
彼の性格は、私と似ているから。何を考えているか
なんとなく分かる」
私の考えに、彼女は苦笑した。
『どうでしょうね。マチは、もう大人ですよ。
子供ではないので、そう簡単に事が運ぶかしら』
「ふふ、やってみるさ。マチは、この世界で何かをしたいという
気持ちを持ってくれるよ。なにしろ、皆が外見も性格も
私に似ていると言っているからね」
『まあ、本人が聞いたら怒られますよ』
それから、しばらくしてエリイが母親の権限で
無理矢理こちらへ来るようにしてくれて
マチは、自分の趣味道具を持参してやって来た。
エフィルは、久しぶりに会う孫が、45年前の私に似ていて
喜んでいる。
私は、私の子孫がこのホテルを継いでくれたら
エフィルも寂しくないだろうと思っていたから
思わず上手く事が運んだことに喜んだ。
ここの部分は、私の我儘だな。
まだマチの返答しだいだが。きっと1年後は、いい返事が貰えると
期待している。いや、させてみせるぞ。
私が思った通り、マチはいろいろこの世界について学び
そして何かを感じ取っている。
馬にも乗れるようになり、自転車もこちらの世界へ取り寄せた。
そして、学校の事も気付いた。
最初は、私が片を付けたが、今後は彼に任せて行こうと思う。
だが、その前にまずは卒業してもらわないと
まだ任せられない。
王やギルド長もマチを見た限りでは、私と似た思考だと
意見を同じくした。
これからもっといろいろ理不尽な事に気付き
ホテル経営もだが、王とも関わっていくのだろうな。
「エフィル。私は、マチが学校を卒業したら
彼に会わせたいと思う。彼だけじゃない。私を知っている者達に
私の跡継ぎとして、紹介したい」
『それはいい考えですわ。貴方、頑張りましょうね』
会わせたい彼らは、この国と他国にいる。
「一応、手紙を書くかな」
『そうね。私も久しぶりに会いたいわ』
私達夫婦がいろいろ計画を立てている頃
マチは、マチなりに文字や文章に躓きながら
初めての剣術もなんとか様になり
友人も出来
ますますこちらの世界に馴染んできている。
1年と期限をつけての見習い期間だが、このままこの世界を
選んで貰う為に、外堀から埋めて行こうか。
『学校を卒業後でしたら、見習い期間は半年伸びるわね。
あ、こちらへ招待するのは、卒業後でいいかしら?』
「ああ、もちろん。盛大にやろう」
『楽しみだわ』
二人で、あれこれ考えるのは楽しい時間だ。
メイド達や従業員達は、代わる代わる見ては
オーナー達が楽しそうに相談している姿を
微笑ましい気持ちでそっと陰から見守っているのだった。




