最終話 不滅のあなたへ
マヤがカインにプロポーズされてから、2年が経過した。
20歳を迎えた彼女は、ウィンサウンド城の庭園で優雅にお茶を楽しんでいる。
そこへ、乱入してきた者がいた。
【聖女】、キアラ・ブリスコーである。
「マヤ・ザネシア~ン!」
「あら? キアラ様ではありませんか。教会聖女を引退して、王宮で王妃教育を受けていたのでは? なぜ、この辺境伯領へ?」
「逃げ出してきたのですぅ! キアラが王妃になってバラ色権力逆ハーライフを送れるよう協力すると、あなたは約束したじゃないですかぁ! 話が違うのですぅ!」
「私が協力を約束したのは、キアラ様を王妃に就かせるまでです。逆ハーレムは自力で何とかするよう、言ったではありませんか」
「ぐぅ~っ! ゲームみたいに上手くは、いかないのですぅ。『王妃候補が他の男に色目を使うな』と、周囲がうるさいのですぅ」
「当たり前です。いつまで乙女ゲー気分でいるのですか? 婚約解消どころか、下手をすれば処刑されますよ?」
「そんなぁ~! 王妃になれば、権力でやりたい放題だと思ったのにぃ」
「実際、かなりの権力は手に入るでしょう? それで我慢してください」
「王妃になるのも、大変なのですぅ。王妃教育は、とんでもなくハードなのですぅ。マナーとか教養とかぁ、あり得ないくらい詰め込まれるのですぅ。おまけにミスすると、教育係から鞭でお尻を打たれるのですぅ。ものすごく痛いし、屈辱なのですぅ」
キアラは涙目になって、尻をさすった。
「あらまあ、スパルタですね。気の毒に」
「『気の毒』とか言いながら、目が笑っているのですぅ。マヤ・ザネシアン! あなたはこうなることを知っていて、キアラを王妃候補に……」
突然だった。
キアラの背後に、2名の王国騎士達が現れたのだ。
「キアラ様。お迎えに上がりました」
「ひいっ! どうしてここが!?」
「辺境伯夫人から、情報提供がありまして。キアラ様が姿を消すと同時に、『辺境伯領に、逃げてくるはずだから』との手紙が王宮に」
「いいっ!? そんなタイミングで、どうやって……? マヤ・ザネシアン! キアラを売ったのですねぇ!」
「キアラ様が立派な王妃になられるよう、心から応援させていただきます」
「きぃいいいっ! 覚えていなさいなのですぅ!」
騎士に連行されて、キアラは庭園を去っていく。
数日間逃亡して周囲に迷惑をかけていたはずなので、その分も教育係から鞭を受けることは間違いない。
キアラと入れ違いで、レイチェルがお茶のおかわりを持ってきた。
ここ2年で、屍肉ゴーレムメイドの肉体には変化が起こっている。
顔を斜めに走る縫合痕が、薄くなってきているのだ。
単に肉体が長い年月をかけて馴染んだのか、それとも他の要因があるのかは定かではない。
時々クレイグが妙にゲッソリしているのと、何か関係があるのではないかとマヤは推測しているのだが。
「結局、あの【聖女】は殺さなかったのですね。よろしいのですか? お嬢様を逆恨みしていたようですし、いつか王妃の権力を駆使して復讐しにくるかもしれませんよ?」
「心配ないわ。キアラが何とかしようとしても、不可能よ。もう王宮は、エロイーズの支配下にあるもの」
2年の間に、吸血鬼の女王のエロイーズは王宮で眷属を増やしていた。
重要ポストに就いている者は、大抵吸血鬼である。
キアラの婚約者であるギルバート王子でさえ、エロイーズの眷属となっていた。
エロイーズの支配下であるということは、その主であるマヤの支配下であるということ。
【死霊術士】を忌み嫌う王国は、【死霊術士】のものになってしまったのだ。
キアラの失踪とマヤの密告が同時になったのは、エロイーズがマヤの名前で手紙を書いたから。
ちなみにエロイーズは2年の間に何回も、職務怠慢でマヤからお仕置きされている。
「殺さないにしても、少し痛い目に合わせた方が良かったのでは?」
レイチェルはキアラのやらかしを、並べ立ててゆく。
「辺境伯領への追放や、ウィンサウンドでお嬢様の悪評を広めようとした件。おまけに毒竜討伐への同行を拒否したくせに、ちゃっかり参加したことにしています。汚染大地の浄化も、自分の力でだけでやり遂げたと吹聴しているようですし」
「いいのよ。キアラはもう充分、痛い目に合っているわ。あの子は元々、男爵令嬢。公爵令嬢クラスでも音を上げる王妃教育についていくのは、かなりの苦痛でしょう。……お尻が最後まで、もつといいわね」
「ふふっ」と微笑みながら、マヤがティーカップをソーサーに置いた時だった。
大きな影が差したのだ。
視線を上げると、ピンクブロンドの美丈夫が自分を見下ろしている。
「やあ、マヤ。今日も君は、美しいね」
爽やかに微笑む美丈夫に向かい、マヤは溜息をついた。
「はぁ……。あんなに可愛らしかった旦那様が、たった2年でこんなに大きくなってしまうなんて……。詐欺です」
美丈夫の正体は、カイン・ザネシアンだった。
彼の身長はここ2年で急速に伸び、190cmを超えている。
「詐欺とは酷いな。君に相応しい男になるべく、いっぱい食べて鍛えた成果だぞ? 小さいままの方が、良かったのか?」
「旦那様はショタのままの方が、抱き枕にちょうど良かったです。可愛さも、失われてしまいました。今はカッコ良くなりすぎて、側にいると落ち着きません」
「ふぅん。男として、意識しているわけだ。今まで散々翻弄してくれた分の、意趣返しはできたかな?」
カインは妻の黒髪をすくい上げ、唇を落とした。
様になり過ぎている仕草に、マヤはゾクゾクしてしまう。
「そうだ。いい考えがあるぞ。幼い見た目だった頃の俺と、再会する方法だ」
カインはマヤを軽々と持ち上げ、お姫様抱っこしてしまった。
「子供を作るんだ。男の子が産まれたら、昔の俺そっくりになるんじゃないか?」
「ち……ちょっと! 旦那様!? 真っ昼間から、何を……」
「今日の執務は、もう終わらせたから問題無い。……レイチェル。寝室の準備は?」
「すでに完了しております」
「何で完了しているのよ? 待って! 待って!」
「ダメだ。待たない」
耳元で囁かれて、マヤの顔は真っ赤になる。
心臓もバクバクして、苦しい。
彼女は助けを求めるべく、レイチェルへと視線を向けた。
「……お嬢様。胸が苦しいですか?」
「そうね……。ドキドキして苦しいけど、不快じゃないわ」
「その鼓動。大切にしてくださいね」
「……うん。そうするわ」
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マヤとカインが寝室へ去った後、レイチェルはティーカップを片付けていた。
彼女はふと手を止め、眩しそうに太陽を見上げる。
「新たな命を生み出し、次の世代へと引き継いでゆける……。土地を、国を、知識を、技術を、想いを、愛を、魂を……。人という種族は死霊術など使わなくても、不滅の存在なのかもしれませんね」
【マヤ・ザネシアンは最強過ぎて乙女ゲーの悪役令嬢が務まらない】
―――完―――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
マヤ達の無双活劇が皆さんの記憶に残り続ける限り、彼女は不滅です。
またいつか、新しい物語でお会いしましょう。




