第56話 みんなで一緒にいきましょう。死の向こう側まで
【ソウルイーター】との戦いから、1ケ月が経過していた。
よく晴れた日だ。
浄化された丘には、またポツポツと鎮魂花が咲き始めていた。
新たに作り直された、先代ザネシアン夫妻の墓石も並んでいる。
2人の墓前で膝を突き、目を閉じて祈る女の姿があった。
マヤ・ザネシアンだ。
「ザイン様。フィリア様。お2人が命を懸けて守ったこのザネシアン辺境伯領を、何とか危機から救うことができました」
マヤは目を開け、墓石に語りかける。
「しかし今後も、辺境伯領は様々な脅威に晒されることでしょう。大森林の奥地には、ラスティネルを超える危険な魔物も多数生息しているはず。帝国もスパイであるオズウェルを殺されたことで、何らかの動きを見せるかもしれません」
風が吹き抜け、マヤの黒髪を揺らした。
「ですが、ご安心ください。私が必ず、この地を守り抜いてみせます。もう辺境伯領が、私の居場所なのだから」
マヤは立ち上がり、ドレスの懐から薬包紙に包んだ【ゾンビパウダー】を取り出す。
彼女はそれを、軽く空中に放り投げた。
すると【ゾンビパウダー】は発火し、薬包紙ごと一瞬で燃え尽きる。
死霊の魔導士の火魔法だ。
その光景を見ていたレイチェル・オライムスは、主人の背中に声をかけた。
「よろしかったのですか? せっかく作った、【ゾンビパウダー】を……」
「いいのよ。もう自らを不死者にして、悠久の刻を生きようとは思わない。人間として、限りある生を全うするわ」
マヤが自らを不死者にしようと思ったのは、長い期間をかけて死霊術の研究がしたかったから。
地球の家族の魂を呼び寄せ、復活させるために。
「父さん……。母さん……。兄さん……。きっと3人とも、不死者として蘇りたいとは思わないんでしょうね。ザイン様とフィリア様が、そうだったように……。私が寂しいからって、眠りを妨げちゃダメよね」
ぐっすりと眠れる幸せを知ったマヤは、他人の眠りも尊重したいと思うようになっていた。
「……? お嬢様? ニアポリート侯爵夫妻と兄上は、御存命では?」
「あー。こっちの両親と兄はね。……存在を、完全に忘れていたわ」
マヤの言葉に、こてんと首を傾げるレイチェル。
無表情だが、とても可愛らしい。
「ごめんなさいね、みんな。私が死んじゃったら死霊術が途切れて、あなた達も存在を維持できない。実体を失ったり、そのまま成仏しちゃうかもね」
マヤが振り返った先には、配下の不死者軍団がいた。
レイチェル、リッチ四天王、スカルタイタン、首なし騎士のゲオルグ、極東屍人の麗花と、主力メンバーが勢ぞろいしている。
吸血鬼の女王のエロイーズはいない。
彼女はまだ、王宮に潜入中だ。
『何を仰るか、お嬢! もともと我輩たちは、死んだ身。特別に生き長らえさせてもらっている立場なのに、不平を言う者なんぞおらぬわい!』
「そうアル。マヤ様が死んだら、一緒にあの世へ行けばいいだけアル。きっと向こうでも、楽しくやれるアル」
ゲオルグの啖呵と麗花の提案に、他の不死者達も共感した。
皆が、歓声を上げて応える。
その光景を見て、マヤは微笑んだ。
「ありがとう、みんな……。一緒にいきましょう。死の向こう側まで」
マヤは配下達を引き連れ、ウィンサウンド市街地へ向かい歩き出そうとした。
そこへ街の方角から、小柄な人影が走ってくる。
「ここに居たのか、マヤ」
帰路に立ち塞がったのは、なぜか儀礼用の正装をしたカインだった。
「どうしたのですか? 旦那様? パーティでもないのに、正装をして」
「うむ……その……なんだ……。きちんとしておこうかと、思ってな……」
「まさか今さら、離縁するとか言い出すおつもりではないでしょうね? あれだけ私の体を堪能しておきながら、捨てるなんて……」
「人聞きの悪いこと言うな! それにあれは、マヤが一方的に俺を抱き枕にしたんだろう! ……俺達は周囲の思惑で、なし崩し的に夫婦になってしまった。貴族同士の政略結婚としてでさえ、正式な手順を踏んでいない。だから……」
カインはマヤの前で、跪いた。
その手には、小箱が握られている。
「だから今、きちんとプロポーズする。マヤ、結婚してくれ。君がいる領地だからこそ、俺は守りたいんだ……」
小箱が開くと、そこには指輪があった。
美しいブラックダイヤモンドがあしらわれている。
マヤの艶やかな黒髪を、連想させる輝きだ。
宝石言葉は地球と同じ。
「永遠の強さ」、そして「不滅の愛」。
カインの真剣な表情に、マヤはちょっとドキリとした。
しかしカインの見た目は、まだまだ幼い。
恋愛感情とは、違う気がする。
以前のように愛玩動物扱いではないが、せいぜい弟を見るような気持ちといったところ。
だがマヤは、この一生懸命な可愛い領主様を気に入っている。
守りたいと思っている。
だから――
「はい、よろこんで」
マヤがプロポーズを受け入れると、背後の不死者軍団から大歓声が巻き起こった。
彼女は指輪を嵌めてもらうと、そのままカインを抱き上げてしまう。
配下達が見守る中、【死霊術士】は楽しそうにターンを決めた。
「うわっ! よせ! 子供扱いするな! いまに見てろ! すぐ大きくなって、君をお姫様抱っこしてやるからな!」
「ふふふっ。そんな日が訪れるのを、楽しみにしていますね」
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