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第55話 最高の安眠グッズ

 ドラゴンゾンビの尻尾に巻き付かれ、【聖女(セイント)】様は「うぎゅ!」と悲鳴を上げる。


 しかし不死女神様は、すまし顔でスルーだ。




 【魔力譲渡】という技術は、その名の通り自分の魔力を他人に譲り渡すものである。


  通常の【魔力譲渡】は、手などで直接相手の体に触れないと行使できない。


 だが【死霊術士(ネクロマンサー)】たるマヤは、配下の不死者(アンデッド)を間に挟んでも可能である。


 おもらし聖女に、直接触れるのは嫌だったのだ。


 もちろんラスティネルも嫌がっているが、彼女はマヤの配下なので命令には逆らえない。




 マヤの体から、ラスティネルの体へ。


 そして尻尾を介して、キアラの体内へと莫大な魔力が流れ込んでゆく。




「んほぉおおおお~! 凄いのですぅ! 魔力が溢れてくるのですぅ! これが、キアラの真の力……」


「いえ。キアラ様の力ではなく、私の魔力です。あまり調子に乗っていると、汚染大地に投げ捨てますよ? さあ、ちゃちゃっと解毒魔法や浄化魔法をかけてください」


「わ……わかったのですぅ! そんなにブンブンと、振り回さないで欲しいのですぅ! 【アンチドート】! 【フェアリィピュリファイ】!」




 ドラゴンゾンビの尻尾でブンブンと振り回されながら、キアラは解毒と浄化の魔法を振り撒いていく。


 まるで、コショウの(びん)だ。




 マヤの魔力を使って強化された神聖魔法は、効果絶大だった。


 みるみると、大地から毒と闇が消えてゆく。




「うっぷ……。振り回されたから、気持ち悪い……。吐きそうなのですぅ……。おうぇ~! げろげろ~! ウボァ~!」


「キアラ様。せっかく綺麗にした大地に、汚いゲロを吐かないでください」




 あまりに(ひど)()(づら)


 なので死霊の魔導士(リッチ)のナーガノートが自己判断で幻影魔法を使い、ゲロをキラキラした虹色エフェクトで隠してしまった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□





 汚染大地の解毒と浄化が完了した頃、夜が明けた。




  朝日を浴びながら、ドラゴンゾンビがウィンサウンド城の庭に降り立つ。




 キアラはドラゴンの尻尾に巻かれたまま、失神していた。


 口の端からは、(おう)()(ぶつ)が尾を引いている。


 彼女はぺいっ! っと、雑に地面へと投げ捨てられた。


 尻尾が聖水とゲロまみれになってしまい、ラスティネルはおこなのである。




 城の庭には大勢の辺境伯軍戦士達や、辺境伯家の使用人達が集まっていた。


 城外には、市民達も集まっている。


  皆が不死女神マヤ・ザネシアンを取り囲み、賞賛と歓声を浴びせた。




 人混みの中には、瘴気の洞窟から帰還したレイチェルとクレイグもいる。


 レイチェル・オライムスは首から下が再生していて、いつものメイド服姿だった。




「お嬢様。よくぞご無事で」


「レイチェル。貴女(あなた)も無事に再生できたようで、良かったわ」


「ワタクシは、無事ではありません。クレイグ様に、裸を見られてしまいました。もう、お嫁にいけません」




 瘴気の洞窟でマヤから莫大な魔力を受け取っていたレイチェルは、瞬時に首から下の再生が可能だった。


 帰還時にクレイグから、「可能ならば、首から下を再生してはどうか?」と言われ再生したのだが、メイド服はラスティネルの腹の中。


 そのため、全裸での再生となったのだ。




 レイチェルの(かたわ)らで、クレイグはとても申し訳なさそうな表情をしていた。




「わたくしの配慮が、足りませんでした。かくなるうえは、腹を切ってお詫びを……」


「クレイグ、何回言わせるの? 貴方(あなた)が死んでも、不死者(アンデッド)にはしません。だから、生きて責任を取りなさい」


 「生きて責任を? どうやって?」と、戸惑うクレイグ。


 それを見てレイチェルは、ニチャアとした笑みを浮かべた。


 すぐにマヤは理解する。


 「あっ。いやらしいことを、考えている顔だ」と。


 無表情クールビューティメイドも、ずいぶん表情豊かになったものだ。




「おいっ! みんな! 通してくれ! まったく! 俺が1番に、マヤを出迎えたかったのに……」




 人混みを掻き分けて、カインが出てきた。


 彼は腕組みしてマヤを(にら)みつけるが、全然怖くない。


 可愛いぷんすこショタである。

 

 内心で、マヤは密かに萌えていた。




「マヤ。あまり遅くならないよう帰ってこいと、言ったはずだが?」


「申し訳ございません、旦那様。朝帰りをするふしだらな妻に、何かお仕置きでもします?」


 妖艶に微笑みながら、挑発的に言うマヤ。


 いつものショタからかい遊びだが、今日のカインは動じなかった。




「お仕置き? とんでもない。凶悪な植物不死者(アンデッド)の脅威からこの地を守ってくれた英雄に相応しいのは、罰などではなく賞賛だ。……ありがとう、マヤ。そして……おかえり」




 マヤの心に、じわりと喜びが広がっていく。


 英雄として向けられる感謝と賞賛の言葉より、おかえりというお迎えの言葉が嬉しかったのだ。


 この辺境伯家こそが自分の居場所だと、強く実感する。


 マヤはウィンサウンドを守り抜けたことに、深く安堵した。




「安心したら、眠くなってきました。旦那様。私の安眠に、協力してください」


「もちろんだ。ゆっくり休んでくれ。すでにレイチェルが、完璧にベッドメイキングをしてくれて……マヤ!?」


 マヤはカインを抱きしめ、寝室へと引きずっていく。


 辺境伯軍の戦士達や使用人達は、「早くお世継ぎを~」と(はや)し立てながら見送った。




「えっ? えっ? 世継ぎ? マヤ……まさかそんな……。まだ俺達には、早すぎるんじゃ……」


「良いではないですか。私達は、夫婦なのですから。私が安眠できるよう、抱き(まくら)になってください」


「ああ、抱き枕か……。まあ、それぐらいなら……って! おい!」




 寝室に駆け込むなり、マヤは【(よい)(やみ)のドレス】を脱ぎ捨てた。


 セクシーな黒い下着姿から、カインは全力で視線を()らす。


 しかしそんな夫を、マヤは両腕でがっちりホールド。


 そのまま(いっ)(しょ)に、ベッドへと倒れ込んでしまう。




「ま……マヤ! 胸が後頭部に当たって……。色々マズい!」


「抱き枕は、喋りません。……ふふっ。いい匂いのする枕です」




 マヤはカインを抱きしめる腕に、力を込めた。


 胸が、ますます強く押し付けられる。




「ぐっ……。これは……拷問だ……。子供に見られるが、俺はもうすぐ15だぞ? 健全な男だということを、少しは理解してだな……」




 ブツブツとぼやくカインだったが、マヤには聞こえていなかった。


 すぐに寝入ってしまったのである。






 マヤはそのままぐっすりと、丸1日寝てしまった。


 こんなに深く眠れたことなど、どれくらいぶりだろうか。


 おかげで彼女は、スッキリと爽快な目覚めを迎えられた。




 (いっ)(ぽう)の抱き枕ことカインは、寝不足でゲッソリした。






お読みくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほほう、抱き枕かあ。 抱き枕ねえ。 ふむふむ。
[良い点] 胡椒のごとく振り撒かれる浄化&解毒魔法さん…… ドキドキして寝られなかったカインくん可愛いね(*´꒳`*)
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