第54話 マヤ・ザネシアンとキアラ・ブリスコー。神崎真夜と姫川輝愛羅
夜空へと舞い上がってゆくドラゴンゾンビ、ラスティネル。
その背に乗るは、【死霊術士】マヤ・ザネシアン。
そしてドラゴンゾンビにスカートの裾を噛まれ、ぶら下げられているのは【聖女】キアラ・ブリスコー。
【聖女】様は相変わらず、パンツ丸出しである。
しかしこの場には、同性しかいないのだ。
連行する方法を変える必要もないかと、マヤはなかなかにひどい判断をした。
――そう。
死霊術で支配下に置くまで、マヤも気付かなかったことだ。
ラスティネルは、メスだったのである。
「ひぃいい! 高い! 高い! 落ちたら死んじゃうのですぅ!」
「ご安心を。死んだら私が責任を持って、不死者として蘇らせてあげます」
「全然安心できないのですぅ! 落ちて挽肉になるのも、ゾンビになるのも嫌ぁ! キアラは王妃になって、イイ男を侍らせて逆ハー権力ライフを満喫するのですぅ!」
「ふむ。やはりキアラ様は、王妃の座に収まりたいのですね? よろしければ、協力いたしましょうか? 逆ハーレムは、自力で何とかしていただきますが」
「……へ? なんであなたが、キアラに協力するのですぅ? 悪役令嬢なのにぃ」
「それは、ゲームの中の話でしょう? 何でゲームそっくりなのかは分かりませんが、この世界はゲームではありません。神崎真夜はマヤ・ザネシアンとして、自分の人生を生きているのです」
「その名前……! やっぱりあなたも、日本からの転生者なのですぅ!」
「お互い、転生云々が周りにバレると面倒でしょう? 黙っていてくださいね。バラしたら貴女を、生きたまま薬で不死者に変えます」
「ヒッ!」
「私の言う通りにしていただければ、悪いようにはしません。無事に王妃の座に就けるよう、サポートします。反対派を黙らせ婚約解消を回避するためには、【聖女】としての実績が必要でしょう? 実績作りを、手伝って差し上げます」
「実績作りって……何をすればいいのですぅ?」
「死の大地を解毒、浄化して、あるべき姿に戻すのです。毒竜ラスティネルからこの地を救った英雄のひとりとして、歴史に名を刻んでください」
「大地の解毒? 浄化ぁ? 確かに【聖女】の得意分野なのですぅ。この姫川輝愛羅の手にかかれば、汚染された土地の1坪や2坪、ひと晩で綺麗な大地に……」
日本人らしい、キアラの本名。
そして「坪」という面積単位に、マヤは懐かしさが込み上げてきた。
なので自分も、地球由来の例えで答える。
「浄化が必要な範囲は、東京ディズニーランドとシーを合わせたぐらいの面積ですね」
「冗談じゃないのですぅ! そんなふざけた広範囲を浄化する魔力、人間が持ってるわけないのですぅ!」
「ご安心を。【死霊術士】は魔法職の一種。【魔法使い】や【神官】同様、【魔力譲渡】が使えます」
「あなたを魔力タンクにするのですかぁ? ……それでも無理ですぅ。浄化範囲が、広すぎますぅ。【聖女】の解毒魔法や浄化魔法を、舐めないで欲しいのですぅ。かなり高度な魔法で、消費魔力も多いのですぅ」
「やってみなければ、わからないでしょう? ……ほら。汚染地域上空まで、きましたよ?」
「うげっ! なんですかぁ? あれは! まるで地獄ですぅ。あんな場所に、近づきたくないのですぅ! ……って、うきゃあああっ!」
キアラの要望を無視して、マヤはラスティネルを急降下させた。
低空飛行に移ったおかげで、汚染された大地の状況がよく見える。
地面は毒沼のようになっていた。
そこからボコボコと黒い泡、そして黒炎が上がっている。
「ひどい汚染なのですぅ。やったのは、誰なのですぅ? 毒竜ラスティネル? とんでもないドラゴンなのですぅ!」
マヤとラスティネルは、顔を見合わせた。
キアラはドラゴンゾンビとラスティネルが、同一の存在だと理解していないのだ。
しかし自分がドラゴンゾンビに命じて丘を汚染したなどと言えば、説明が面倒。
なのでマヤは、黙っておくことにした
「ちょ……ちょっとぉ! マヤ・ザネシアン! あんまり汚染大地に近づくのは、やめるのですぅ! 溢れ出る瘴気で、キアラ死んじゃいそうなのですぅ!」
「ならば死なないで済むよう、とっとと浄化と解毒を始めてください」
「ううっ、やっぱり悪役令嬢なのですぅ。見ていなさい。キアラが王妃になったら、その権力で虐めてやるのですぅ。無実の罪でとっ捕まえて、鞭打ちの刑にしてやるのですぅ」
【聖女】様はボソボソと呟いていたが、耳がいい不死女神様にはバッチリ聞こえている。
キアラがマヤに危害を加えることなど不可能だと分かっていたので、聞き流してしまったが。
「それじゃ、いくのですぅ。【アンチドート】!」
キアラが解毒の魔法を唱えると、光の粒子が汚染大地に降り注いだ。
【アンチドート】は解毒の魔法。
過去の【聖女】はこれを使い、猛毒を飲まされた王族を一瞬で治したという伝説が残っている。
しかしキアラの【アンチドート】は、あまりに貧弱だった。
汚染大地にキラキラとした光が降り注いだが、黒い泡や黒炎がちょっと消えただけである。
「はあ、はあ……。やっぱりダメですぅ。キアラの全魔力を込めた、解毒魔法だったのにぃ」
「あれで全魔力? キアラ様。貴女本当に、神聖教会の【聖女】ですか? ゲームと同じように、【聖女】の【天職】に目覚めることは分かっていたはず。転生してすぐ、魔力を鍛えようとは思わなかったのですか?」
「え~。魔力トレーニングは、キツイから嫌ですぅ。貴族学園卒業後に教会入りしてからも、やっていないのですぅ。キアラ・ブリスコーとしての人生は、攻略対象達の好感度を上げることに全力を注いできたのですぅ」
「それで、このザマですか……。よく【聖女】の【天職】が、発現しましたね。まあ、いいでしょう。魔力は私が、供給して差し上げます」
マヤはドラゴンゾンビの尻尾を、キアラに巻き付けた。
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