第53話 不死女神はおもらし聖女をかっ攫う
【暗黒の息吹】が直撃した大地では、黒い炎が燃え続けていた。
【ソウルイーター】は完全に滅びたが、毒素と瘴気による汚染がひどい。
長きに渡って生き物が住めないであろう、死の大地と化している。
単に、鎮魂花の花畑が失われただけでない。
辺境伯領の生態系に、多大な悪影響を及ぼすことは確実だった。
汚染は、近くの街道にまで及んでいる。
これでは行商人なども、行き来できない。
経済的な打撃も必至だ。
マヤは虚しさを覚え、深く溜息をついた。
「私は……。何も守ることができませんでした。旦那様が愛した、鎮魂花の花畑も。ご両親との思い出も」
「それは違う。マヤは守ってくれたよ。この辺境伯領に生きる、住民達を。土地よりも、そこに生きる人々の方が大事だ。人が生きてさえいれば、花畑はいつか復活させられる」
背中から、キュッと抱きしめ慰めてくれるカイン。
幼く見える夫だが、とても心強く感じる。
背中に当たる鎧の感触が、ちょっとゴツゴツするが。
「旦那様……」
「俺達は、各々ができることを全てやった。拾えるものは、全部拾った。だからこれで、良しとしよう」
「そうですね。……ん? そういえば、できることを全然果たしていない者がいましたね」
「え? 誰のことだ? ……マヤ?」
マヤの唇が、ニヤリと吊り上がる。
いつもの妖艶な、悪役令嬢スマイルだ。
「旦那様、いいことを思いつきました。上手くいけば、花畑を短期間で蘇らせることができるかもしれません。……しっかりつかまっていてください」
「マヤ? いったい何を……うわっ!」
マヤはドラゴンゾンビを、急加速させた。
向かう先は、都市防壁の内側。
ウィンサウンド市街地だ。
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時刻は既に深夜だが、ウィンサウンド市内では大勢の人々がうろついていた。
やたらうるさい【ソウルイーター】の寄声で、みんな叩き起されてしまったのだ。
戒厳令などが出る間もなかったため、皆が情報を求めて家を飛び出し、ゴタゴタしているという状況。
そんな最中に市街地目掛けてドラゴンゾンビが降下してくれば、当然大騒ぎになる。
しかし巨竜の背中にマヤとカインの姿を認めると、市民達は大歓声で出迎えた。
「おおっ! カイン様! よくぞご無事で!」
「マヤ様? まさかラスティネルを普通に討伐するだけではなく、ドラゴンゾンビとして配下に加えたのですか? さすがは不死女神!」
辺境伯領の者達が抱く、毒竜ラスティネルへの恐怖心は根深い。
だがそれ以上に、信じていた。
無敵の不死者軍団を従え、この地を守ってくれる英雄――
不死女神、マヤ・ザネシアンを。
ラスティネルが降り立ったのは、神聖教会ウィンサウンド支部前である。
憎っくき毒竜ラスティネルを討伐し、ゾンビ化して支配下に置いた不死女神。
その姿をひと目見ようと、野次馬が大勢集まってきていた。
ドラゴンゾンビの背から降りたマヤとカインを、皆がワイワイと取り囲む。
そこへ教会の中から、女が出てきた。
「ふわぁ~、なんですかぁ? 騒々しい。夜更かしは、美容に良くないんですぅ。キアラはこの美しいお肌を保つために、早めに寝ていたのですぅ。それを妨害するなんて、大罪ですぅ。ギルバート殿下にお願いして、処刑してもらうのですぅ」
青い瞳を擦りながら登場したのは、ワンピースタイプの寝間着を着た女。
【聖女】、キアラ・ブリスコーだった。
言動から察するに、最初にウィンサウンド市民を叩き起した【ソウルイーター】の咆哮では起きなかったのだろう。
なかなかに図太い。
そしてノコノコ教会の外まで出てくるのは、不用心過ぎる。
「毒竜討伐が済むまでは、隠れていろ」と、マヤから指示されていたのに。
夢の世界に片足突っ込んだままのキアラだったが、急速に現実へと引き戻された。
ドラゴンゾンビが紅く輝く双眸で、自分を見下ろしていたからだ。
「あわわ……。あわあわぁなのですぅ……」
【聖女】様は恐怖のあまり、腰を抜かしてしまった。
そのまま失禁し、尻の下に水たまりを作る。
「キアラ様。お迎えに上がりました」
「マヤ・ザネシアン! へっ? お迎えって、何のことなのですぅ?」
「詳しいことは、上空で話します」
マヤはキアラを捕まえるよう、死霊術でラスティネルに指示を出した。
ドラゴンゾンビの首が、【聖女】に向かって伸びる。
キアラは這いつくばりながらも、逃げようとした。
だが後ろからスカートを咥えられ、宙吊りにされてしまう。
「きゃぁああっ! やめるのですぅ! パンツ見えちゃってるのですぅ!」
「失礼。緊急時なもので」
キアラの抗議をマヤは華麗に受け流し、再びドラゴンゾンビの背に飛び乗る。
ラスティネルは漏らしたキアラの臭いにちょっと嫌がりつつも、翼をはためかせ始めた。
「マヤ! 俺を置いていくつもりか!?」
「旦那様は、市民達に状況の説明を。ドラゴンゾンビの姿を見て、怯えている者もいるはずです。瘴気の洞窟に置いてきたレイチェルとクレイグにも、迎えを出してください」
「わ……わかった。……マヤ!」
「何です?」
「そこの【聖女】が言っていたように、夜更かしは美容の大敵だ。あまり遅くならないように、帰ってくるんだぞ」
「お気遣い、ありがとうごさいます」
マヤは自然な笑顔を――地球で家族と共に過ごしていた頃と、同じ笑顔を見せた。
そのままラスティネルを、急上昇させる。
地上に残されたカインや野次馬達からは、あっという間に見えなくなった。
ワンテンポ遅れて、上空から絶叫と共に【聖女】の「聖水」がパラパラと降り注いだ。
だが【守護者】の権能により弾かれ、野次馬達は守られた。
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