第52話 今度こそ守る。全てを焼き尽くしてでも
【ソウルイーター】は棘だらけの茎――いや、触手を伸ばした。
標的は、偶然近くにいた野生の鹿。
【ソウルイーター】は鹿の体を絡めとると、一気に自分の方へと引き寄せた。
そのまま牙だらけの口へと放り込み、咀嚼する。
鹿の悲痛な叫び声が、夜空に響き渡った。
「なんてこと……。肉体だけでなく、魂まで食べられてしまっているわ。あの鹿はもう、輪廻の輪に戻ることもできない」
「惨いな……。あんな魔物に、ウィンサウンドの住民達を食わせるわけにはいかない!」
「もう1発、いきます。炎が効かないのなら、これでどう? 【プラチナムワールド】」
またもや死霊の魔導士達による、四重詠唱。
今度は氷の大魔法を放つマヤ。
大気も大地も、【ソウルイーター】もまとめて凍り付く。
氷のジャングル、完成だ。
だが――
「……ダメです。復活します」
氷像と化していた【ソウルイーター】。
しかし氷の檻は、すぐ粉々に打ち破られた。
「こんなものが効くか」と言わんばかりに、【ソウルイーター】は咆哮を上げる。
奇声と共に、【ソウルイーター】は種を四方八方へ飛ばした。
地面に着弾した種は一瞬で発芽し、小さな【ソウルイーター】となる。
しかも子【ソウルイーター】は、みるみると成長し大きくなっていった。
「くそっ! 植物のくせに、炎も氷も効かないとは。おまけに時間が経つと、どんどん増殖してしまう」
「……いえ。効いてはいます。しかしダメージを与えても、凄まじいスピードで再生してしまう。どうやら根から大地のエネルギーを吸い上げ、再生に当てているようです」
「大地のエネルギーだと? 何とか、エネルギー供給を断てないのか?」
マヤは眼鏡の蔓を手の平で押し上げながら、思案していた。
大地からのエネルギー供給を、断つ方法を。
そんな彼女に向かい、ラスティネルが首を巡らせる。
「ご主人様、アレを使わねえのか?」と。
「この辺り一帯の大地を、ラスティネルの【猛毒の吐息】で汚染すればあるいは……。ただしその場合、何年も生き物が住めない土地になります。下手をすれば、数十年……」
「そっ……!」
さすがにカインも、絶句してしまった。
支払う代償が、大きすぎる。
マヤとカインがためらっている間に、【ソウルイーター】達が攻撃してきた。
棘を機関砲のように連射。
さらには触手を鞭の如く振るい、ドラゴンゾンビ撃墜を図る。
ラスティネルは、華麗に空を舞った。
スプリットS。
インメルマンターン。
バレルロール。
地球の戦闘機を彷彿とさせる機動で、【ソウルイーター】達の攻撃を回避していく。
「なんという動きだ! 恐ろしいドラゴンだな、ラスティネルは。空中戦に持ち込まれていたら、クレイグも勝てなかっただろう」
「いえ。戦闘機動はラスティネルの意思ではなく、全て私が死霊術で指示しています」
「こんばっとまにゅーば? 聞き慣れない言葉だな。マヤはどこで、こんな飛び方を覚えたんだ?」
「父から教わりまして」
「ニアポリート侯爵が?」
「いえ、そっちの父ではなく……。いつか旦那様にも、お話します」
地球で航空自衛隊のエースパイロットだった父に感謝しつつ、マヤは嵐のような猛攻を回避し続ける。
「くそっ! 俺とマヤを、しつこく狙ってくるな」
「私達が持つ、魂に惹かれているようです。自らの魂を持たないゆえに、他者の魂を食らって乾きを癒そうとする……。哀れな存在ね」
【ソウルイーター】達が上げる奇声は、どこか悲し気に聞こえた。
「マヤ! このまま逃げ続けていても、ジリ貧だ! 俺が【守護者】の権能で、奴らの攻撃を受け止める! その隙にラスティネルの【猛毒の吐息】で、奴らを死滅させてくれ!」
「旦那様……。しかし……」
マヤにはできなかった。
ラスティネルのブレスで、この場所を死の大地へと変えることなど。
カインは花畑を再生させると言ったが、長い年月がかかるだろう。
その間は、生き物が住めない。
花は咲かない。
「花には興味がない」と言い続けてきたマヤだったが、今は違う。
カインから花冠をもらった、この場所を――
鎮魂花の花畑を、好きになっていたのだ。
決心がつかないマヤを後押ししたのは、カインの言葉だった。
「母上の結界に設定されていた、パスワードにもあっただろう? 『季節が巡れば、花は何度でも咲き誇る』と! 何十年かかってでも、俺は鎮魂花の花畑を復活させてみせる! そしてまた、マヤに花冠を作るんだ!」
「旦那様……」
「辺境伯領の領民達は、みんな俺の家族なんだ! 家族を守るために、力を貸してくれ!」
家族を守る。
その言葉が、彼女を突き動かした。
領民がカインにとって家族なら、妻である自分にとっても家族同然。
神崎真夜は今度こそ、家族を守るのだ。
マヤは死霊術でラスティネルに命令を送り、戦闘機動を中断した。
その場に滞空させ、自分はドラゴンゾンビの背上で仁王立ちになる。
【ソウルイーター】に対して、「かかって来い」と言わんばかりの体勢だ。
「では、頼みましたよ? 旦那様」
「ああ! 任せてくれ!」
動きを止めたドラゴンゾンビに、【ソウルイーター】の触手と棘ガトリングが襲い掛かる。
だが【守護者】の権能による金色の光が、攻撃を弾いてくれる。
光の粒子が花火のように舞い散るだけで、ダメージを通さない。
マヤは眼鏡をケースにしまった。
魔力の波動で、眼鏡が吹き飛んでしまわないように。
実際にマヤが魔力を全開にすると、その圧力で髪を結っていた紐が切れてしまった。
三つ編みが解け、黒髪が激しくなびく。
すぐ後ろにいるカインは、辛うじて吹き飛ばずに済んでいた。
高い魔法防御力を誇る、オリハルコン製の鎧を身に着けているおかげだ。
天地が崩壊してしまいそうなほどの魔力を、マヤは足元のドラゴンゾンビへと流し込んでいった。
魔力はラスティネルの口内で、ブレスへと変換されてゆく。
「普通の【猛毒の吐息】じゃ、まだ火力不足ね。貴方達も、加勢しなさい」
『応!』
マヤは死霊の魔導士四天王を召喚した。
彼らは異空間から出てきた瞬間に、骸骨モードから美男子モードになる。
それだけマヤの周囲に溢れている魔力が強く、濃厚なのだ。
リッチ達は手の平に光の魔法陣を発生させながら、ラスティネルの鱗に触れる。
これは属性付与魔法。
毒と風の複合攻撃であるラスティネルの【猛毒の吐息】に、さらに炎属性を加え火力を増大させるのである。
危険を本能的に、感じ取ったのだろう。
【ソウルイーター】は、攻撃方法を変える。
棘だらけの触手を縒り合わせ、回転させながら突いてきたのだ。
まるで、巨大なドリルである。
回転の余波で竜巻のような暴風を巻き起こしながら、触手ドリルはマヤ達に迫る。
さすがにこれは、【守護者】の権能でも防ぎきれるとは思えない。
だが――
「【ソウルイーター】……。次は魂を持つ存在に、生まれ変われるといいわね」
触手ドリルの切先が、マヤ達に届くことはなかった。
それよりも早く、ドラゴンゾンビの顎が大きく開かれる。
「【暗黒の吐息】」
マヤの声と共に、黒炎が放たれた。
全てを死滅させる、破壊の黒炎が。
【ソウルイーター】の触手ドリルなど、一瞬で焼き尽くされてしまった。
おびただしいほど増殖していた、子【ソウルイーター】も。
本体である、牙と口の生えた巨大な花も。
絶叫を上げながら、全てが炭クズと化してゆく。
「終わった……な……」
カインは寂しげに呟いた。
【ソウルイーター】亡き後も黒い炎を上げ続ける、死の大地を見下ろしながら。




