第50話 死すら生温いわね。未来永劫、苦しみ続けなさい
生きたまま改造ゾンビの群れに食われていく、オズウェル・オズボーン。
凄惨な光景に、カイン・ザネシアンは思わず目を逸らす。
だが小さくとも紳士な彼は、すぐに気づいた。
こんな光景を、妻に見せてはいけないと。
「マヤ! 見るな!」
カインはマヤを気遣い、視線を遮ろうとした。
しかし――
「旦那様こそ、子供は見ちゃいけません。このような、グロいもの……」
逆にカインは、マヤに捕まってしまった。
巨大スライムじみた胸の谷間に顔面を挟み込まれ、視界をシャットアウトされる。
「モガッ! 子供扱いするな!」
カインは抗議するが、マヤは聞き入れない。
過度なグロは、子供の教育に良くないと彼女は考えている。
ぱふぱふが、教育に良いかはさておき。
「食事」を続けていた改造ゾンビ達だが、ある程度オズウェルを食い荒らしたところで動きが止まった。
そしてマヤの方を振り返り、訴え始める。
「コロ……シテ……。モウ……コロシテ……クダサイ……」
マヤは無言で頷くと、指をパチンと打ち鳴らした。
その途端、 改造ゾンビ達が塵となって風に溶けてゆく。
「アリ……ガトウ……。フシシャノ……メガミ……サマ……」
感謝の言葉を残して、改造ゾンビ達は跡形もなく消滅した。
「さて……。あなたはどうするのかしら? オズウェルの半端な死霊術のせいで、体が腐っちゃったし……。この世に未練がないのなら、送るけど?」
マヤがラスティネルに視線を向けると、ドラゴンゾンビは首を横に振った。
「そう……。まだ、暴れたりないの。やんちゃな子ね。いいわ、ラスティネル。今日からあなたは、私のペットよ」
カインとクレイグは、複雑な表情を浮かべた。
毒竜がこれまで引き起こしてきた惨劇は、やんちゃで片付けられるようなものではない。
しかしラスティネルは、いちど死んだ身。
命を以て、償ったと考えるべきか。
しかもこの先ずっと、【死霊術士】マヤ・ザネシアンから使役されるのである。
相応な罰かもしれない。
マヤがオズウェルを見ると、全身を食い荒らされたにもかかわらず絶命していなかった。
「驚いた。まだ、生きているなんて……。トドメは刺してあげないわよ? 苦しみ抜いて、死になさい」
「もう……長くはありませんとも……。しかし……ひとりで死んで、たまるものか……」
全員が、身構えた。
オズウェルの言いぐさから、自爆攻撃を警戒したのだ。
だが彼は自爆することもなく、言葉を続ける。
「やはり……余計な感情を持つ人間の不死者は使えない……。不確定要素が……多過ぎる……」
それが、【死霊術士】オズウェルの価値観だった。
虫やスライムなど、感情を持たない生き物の不死者を、彼は好んで作り出していたのである。
「植物が、最高だ……。感情など持たないし、美しい花を咲かせてくれますしね……」
「魂を持たない植物は、【死霊術士】の力でも不死者化することはできない。残念だったわね」
「くく……くくく……。帝国は王国と違い、【死霊術士】をただ排斥するばかりではありませんよ? その力を研究し、ためらいなく軍事利用する……。【死霊術士】でも不可能なことを、優れた魔法科学により実現させてしまう……」
マヤの脳裏に、嫌な予感が走った。
「辺境伯閣下……。私が卸した肥料の効果は、いかがでしたか……?」
マヤの反応は、速かった。
瞬時にゼロサレッキを通して、空間魔法を発動。
異空間に収納していた、【鎮魂花】の花冠を取り出す。
それはもう、【鎮魂花】でも花冠でもなかった。
花の部分が口に変化し、そこから鋭い牙が生えている。
体の半分以上が、枯れていた。
なのに奇声を上げながら激しく茎を動かし、のたうち回る。
初めて見る存在だが、誰もが瞬時に理解した。
――これは、【植物】の不死者なのだと。
植物不死者は牙をカチカチ打ち鳴らしながら、カインへと襲い掛かった。
マヤは素早く、死霊の魔導士のリリスコを召喚。
火の魔法で、焼き払う。
「ふ……ふははは……! その花冠は、1ケ月以上前に摘んだ鎮魂花で作られたものでしょう? あれから不死者化の肥料を与えられ続けた花達は、ずっと強力な不死者になっている! 魂までも食らい尽くす最強最悪の不死者、【ソウルイーター】に!」
「オズウェル! 貴様ぁ!」
カインは怒りの叫び声を上げる。
しかしその声は、もはやオズウェルには届いていないようだった。
「ああ、残念です……。ウィンサウンドの住民を食らい尽くす、【ソウルイーター】の雄姿を見ることができなくて……。とても……残念……」
オズウェルの目が、光を失った。
「貴方には、死すら生温いわね」
マヤがフッと、人差し指を振るう。
するとオズウェルは、蘇った。
ただし、ゾンビとして。
彼は「ああ……」、「うう……」と苦し気に呻きながら、洞窟の床を這いずり始める。
「痛覚は、付与してあげたわ。未来永劫、苦しみ続けなさい」
「マヤ、危険じゃないのか? あのゾンビ、人を襲ったりとかは?」
「人の肌を食い破れるほどの力は、与えていません。立ち上がれもせず、無様に這いずり続けるだけ。無力ゆえに、他の魔物から襲われたりもするでしょう。それでも、死ぬことはできない」
戦闘力は与えていないが、マヤの有り余る魔力をたっぷり注ぎ込んである。
肉体が損傷しても、再生してしまうのだ。
改造ゾンビ達から全身を食い荒らされ、激痛を伴う今の状態まで。
オズウェルゾンビは苦しそうに這いずりながら、瘴気の洞窟奥へと消えていった。
「さあ! 一刻も早く、ウィンサウンドに戻りましょう! 【ソウルイーター】から、街を守るのです!」
マヤはリッチのトノルミズルから重力軽減魔法をかけてもらい、ひらりとラスティネルの背に飛び乗った。
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