第49話 俺TUEEEとは、こうやるのです
オズウェルの手により、ドラゴンゾンビとして蘇ったラスティネル。
しかしその支配権は、マヤに奪われようとしていた。
莫大な魔力による、ゴリ押しで。
【死霊術士】や【魔物使い】、【ゴーレム使い】など他の存在を使役する【天職】持ち同士が争った場合、魔力の大きい方が対象の支配権を奪えるのだ。
「素晴らしい魔力だ! さすが死霊の姫君! 我が妻に、相応しい!」
「余裕ですね。オズウェル様はまだ、本気を出していないとでも仰るのですか?」
「いえいえ、本気ですよ? 私も幼い頃から帝国で訓練や投薬を受け、人間離れした魔力を身に付けてはきました。しかし、リッチ1体を使役するのが関の山でしょう。4体同時に使役できる、死霊の姫君には敵いません。……今のままでは!」
オズウェルは懐から、試験管型の薬瓶を取り出した。
中は赤い液体で満たされている。
「この水薬は、【エーテルブースター】。一時的に魔力を、100倍まで高める薬です。帝国が開発しました。副作用としてしばらく魔力が回復できなくなりますが、問題ありません。ラスティネルの支配権を奪っても、半分以上は魔力が残る計算です」
オズウェルは薬瓶の蓋を開け、【エーテルブースター】を一気に飲み干した。
「おおおおお! 素晴らしいぞぉおおお! 魔力が漲ってくるぅううう!」
オズウェルの全身からも、黒い魔力の波動が迸った。
マヤの魔力と同じくドラゴンゾンビへと絡みつき、支配権を奪おうとする。
マヤは初めて、魔力で圧倒された。
自分の【不死者支配】を跳ね除けられそうになり、余波でよろめいてしまう。
「……ダメね。このままでは、勝てない」
「マヤ! 大丈夫か!?」
「ごめんなさい、旦那様…….。もう、無理です……」
諦めたような表情で、弱音としか思えない言葉を漏らすマヤ。
そんな彼女の姿を見て、オズウェルは優越感に満ちた笑みを浮かべていた。
マヤの次なるセリフを、聞くまでの間は。
「少しの間、外します。せっかく旦那様から、買ってもらったアクセサリーなのに……。それにもっと鍛えてから解放した方が、気持ち良かったでしょうに……」
マヤは左胸に着けていた、【魔神のエンブレム】を取り外した。
ひと呼吸置いて、エンブレムはマヤの手から消える。
ゼロサレッキの空間魔法で、異空間に収納したのだ。
次の瞬間、黒い嵐と雷が吹き荒れた。
マヤを中心に渦巻くそれは、彼女の闇属性魔力である。
「な……な……な……!?」
オズウェルはもう、笑ってなどいなかった。
眼鏡の奥でハシバミ色の瞳を見開き、唇をヒクヒクと引きつらせている。
「【魔神のエンブレム】は、装着者の魔力を無尽蔵に吸い上げる効果があるのです。それにより私の魔力は、常に抑え込まれた状態でした」
「抑え込まれた状態……ですって? 死霊の姫君は、いったいどれくらい魔力を制限されていたと……」
「ざっと、1000分の1くらいにですね」
つまり解放された今、マヤの魔力は1000倍である。
【魔神のエンブレム】による魔力吸い上げに耐え続けた結果、最大魔力量も回復速度も以前とは比べ物にならないほど伸びていた。
エンブレム装着前から人外の魔力を誇っていた、マヤが――である。
今まで散々マヤの超人的な魔力を賞賛してきたオズウェルだが、今回ばかりはドン引きしていた。
カインとクレイグの目が、「やっと理解したか。ようこそ、こちら側へ」と言っている。
「馬鹿な……こんな……有り得ない! 死霊の王たる、この私が……」
うろたえ、後ずさるオズウェルの耳に、笑い声が突き刺さった。
笑い声の主は、こと切れたはずのレイチェル・オライムスだ。
「その程度の力で死霊の王などと、片腹痛い! 貴様ごときが王だというのなら、お嬢様は死霊の神……不死女神だ! 次元が違う!」
「れ……レイチェル殿? 大丈夫なのですか? 生首状態なのに、そんな大声を出して」
「クレイグ様。ワタクシは不死者ゆえ、死にはしません。しかし首から下を再生するのには、少々時間がかかりそうです」
嘘である。
不死者は回復魔法を受け付けないが、闇属性魔力さえあれば肉体を再生させることができる。
主であるマヤの魔力が解放された今、それを受け取るレイチェルは自己再生能力が極端に高まっていた。
その気になれば、瞬時の再生が可能。
しかしクレイグの胸に抱かれている状態が心地よいので、レイチェルは生首状態を維持しているのだ。
マヤは気付いていたが、レイチェルが幸せならいいかとスルーしてしまった。
黒雷まじりの黒き嵐が、ドラゴンゾンビの巨体を包み込んだ。
オズウェルの魔力など、簡単に吹き飛ばしてしまう。
「毒竜ラスティネル……。一緒にいきましょう。死の向こう側まで」
いきなりフッと、黒き嵐は止まった。
静かな空気の中で、ドラゴンゾンビは巨体を起こす。
滑らかで、精密な動作。
ラスティネルは理性と凶暴性が同居する赤き瞳で、オズウェル・オズボーンを見下ろしていた。
完全に、【死霊術士】マヤ・ザネシアンの制御下に置かれたのだ。
オズウェルの膝は、震えていた。
ドラゴンゾンビが爪か尾を振るうだけで、自分の命など消し飛ばされることを理解していたから。
精神的に追い詰められたオズウェルは、周囲の改造ゾンビ達に命じた。
「改造ゾンビ共! 私を守れ! ……どうした!? なぜ、誰も動かぬ!?」
「操る貴方の魔力が、空っぽだからでしょう? 命令に従うだけの疑似魂魄を埋め込まれた改造ゾンビ達が、自発的に守ってくれるわけがないわ」
マヤの不死者達は違う。
彼らは自分の意思でマヤに忠誠を誓っているので、自分で考え動いてくれる。
マヤを守ろうとしてくれる。
自発的に動くはずのない、オズウェルの改造ゾンビ達。
だが、彼らは動き始めた。
「う……動いた! そうだ! いいぞ! その調子で、私を守……どうした? なぜ私に、向かってくる? 敵はあっちだぞ?」
改造ゾンビ達はのそのそと、主であるオズウェルへと近づいてゆく。
「あら? この改造ゾンビ達の疑似魂魄……。オズウェル様はひょっとして、被験者の魂をそのまま疑似魂魄に改造したのですか? 確か、『生きたまま不死者にした』と仰っていましたものね」
「そ……そうです。別の人間から作り出した疑似魂魄を注入されたザネシアン夫妻のゾンビとは違い、ベースとなった人間の魂をそのまま改造してあります。その方が肉体によく馴染み、戦闘力が高くなるので」
「どうやら彼らにはまだ、生前の意思が残っているようです。ゾンビに改造された恨みを、晴らしたいと言っていますよ」
マヤより少し遅れて、オズウェルにも聞き取れた。
改造ゾンビ達が漏らす、怨嗟の声を。
聞き取れるほど、オズウェルの間近まで迫ってきていたのだ。
「ヨクモ……ワタシノカラダヲ……」
「イタカッタ……クルシカッタ……」
「モトノカラダニ……モドリタイ……オマエノニクヲ、ヨコセ……」
「よ……よせ……。来るな……。来るなぁああああっ!」
改造ゾンビ達は、一斉にオズウェルへと襲い掛かった。
絶叫が洞窟内に反響し、血飛沫が地面を紅く染める。
帝国の【死霊術士】オズウェル・オズボーンは、自らが作り出した改造ゾンビ達に体を食いちぎられていった。
「オズウェル様……。貴方は、甘く見過ぎです。人間の持つ、情念を。感情や、意思の力を」
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