第47話 ワタクシは幸せだった……
クレイグはしばらく残心を取り、ラスティネルが起き上がらないか警戒していた。
だが、その気配はない。
巨竜は血を流しながら、地に伏したままだ。
【剣鬼】は構えを解き、マヤ達の方を振り返る。
「有難うございました。奥方様から賜わった、このカタナのおかげです」
「打ったのは私ではなく、ドワーフゾンビ達だけどね」
クレイグはカタナをいたわるように紙で血を拭くと、鞘に納めた。
「クレイグ様……」
「レイチェル殿……その……わたくしは……」
突然だった。
会話の途中でレイチェルがクレイグに飛び掛かり、思いっきり突き飛ばしたのだ。
「なっ!?」
何をするのかと、クレイグが抗議しようとした瞬間だ。
レイチェル・オライムスの首から下は、消滅した。
「レイチェル……殿……?」
彼女の首だけが、クレイグの足元に転がる。
「クレイグ様……。にげ……て……」
さすがの【剣鬼】クレイグも、状況が把握できていなかった。
少し離れたところで見ていたカインの方が、まだ把握できている。
「ラスティネルだ! まだ、生きているぞ!」
毒竜の骸が起き上がり、巨大な顎でクレイグに襲い掛かったのだ。
レイチェルは彼を庇い、食いちぎられてしまった。
「いいえ、旦那様。ラスティネルは、間違いなく絶命しています。これは……」
ラスティネルの体は腐り始め、ところどころ骨が見えてきていた。
そんな状態でも毒竜は、動いている。
ダークグリーンだった鱗は、闇よりも深い漆黒に。
黄金色の瞳は、血のような紅へと変わってゆく。
不死者化だ。
「せっかく綺麗な死体だったのに、腐らせてしまうなんて……。術者の魔力が、足りていないわね。三流【死霊術士】の仕事だわ」
「相変わらず、手厳しい」
マヤ・ザネシアンからのダメ出しに、反応した人物。
彼こそがラスティネルを蘇らせようとしている、もうひとりの【死霊術士】。
大商人、オズウェル・オズボーンだった。
「オズウェル殿! どういうつもりだ!」
「辺境伯閣下、私は申したではありませんか。『竜の素材を、売って欲しい』と。ラスティネルの体を、丸ごといただきたい」
オズウェルは眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「代金は……そうですね。辺境伯閣下だけ、命を取らずに見逃すというのはどうですか? 【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチは生かしておくと後々面倒そうなので、見逃せません」
「……見逃すのは、俺だけか? マヤはどうするつもりだ?」
「死霊の姫君には、我が妻となっていただきます」
オズウェルは視線を、マヤへと向けた。
だが彼女は、無反応である。
カインの方がいきり立ち、「○✕△■※@!!」と聞き取り不可能な怒声を上げている。
「彼女はやっと出会えた、【死霊術士】の【天職】を持つ同胞。2人でこの地に、死霊の王国を築くのです。私は不死者達の王となる!」
オズウェルはマントの下に、両手を入れた。
抜き出された時には、十指の間にそれぞれ金属玉が挟まれている。
先程、植物系の魔物を解き放った魔導具だ。
周囲に投げ放たれる金属球。
今回中から出てきたのは、改造ゾンビ達である。
人間ベースと思われるが、先代ザネシアン夫妻のものと同じく異形の姿をしていた。
手が6本あったり、頭部が蛸に変えられていたり。
マヤが嫌う、原型を留めない程の改造が施されたゾンビ達だ。
「どうです? 死霊の姫君。彼らの体は、腐っていないでしょう? 投薬と改造手術により、生きたまま不死者化してあげましたからね。貴女ほど莫大な魔力を持っていなくても、やりようはいくらでもあるのですよ。これでもまだ、私を三流【死霊術士】呼ばわりしますか?」
オズウェルの哄笑が響く中、クレイグはまだ呆然としていた。
彼は震える手でレイチェルの頭部を拾うと、胸に抱きしめる。
「クレイグ様の胸、温かい……。これが生きているということ……。やはり不死者のワタクシと貴方の間には、越えようのない壁があったのですね……」
クレイグはレイチェルの頭部を抱く両腕に、力を込めた。
「でも、もういいの……。愛する貴方の胸で、眠れるのなら……。不死者として蘇れて、ワタクシは幸せだった……」
レイチェルの頭部は瞼を閉じ、涙を流した。
そしてそのまま、動かなくなる。
「レイチェル殿……」
目を閉じ、苦悶の表情を浮かべるクレイグの背中に、オズウェルは冷たい言葉を浴びせた。
「ふむ。実に気持ち悪い。不死者のくせに、愛だのなんだのと余計な感情を持って……。やはり疑似魂魄を埋め込んだ改造ゾンビの方が、兵器として優れている」
カインの頭の中で、パズルのピースが組み上がってゆく。
「……! では、ウィンサウンドを襲撃したゾンビ狼の魔物は……」
「ええ、私の作品です。虫の魔物ゾンビの大群や、市街地に現れた不死者スライムも」
「だとすると……。まさか……。まさか……」
「辺境伯閣下のご想像通りですよ。ご両親の遺体を掘り起こし、双頭ゾンビへと改造したのも私です。生前の【天職】を、不死者が受け継げるかどうか実験したかったので」
「き……貴様ぁああっ!」
血を吐きそうな程の怒りを滲ませて、カインは叫んだ。
クレイグもレイチェルの頭部を抱えたまま、片手で器用に抜刀。
怒りの切先を、オズウェルに向ける。
そんな2人を、手で制した者がいる。
【死霊術士】、マヤ・ザネシアンだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。
広告下のフォームを、ポチっとするだけです。




