第46話 執事、夜を切り裂いて
「この日を待ちわびたぞ! 毒竜!」
巨竜の威圧感を跳ねのけ、【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチは吼えた。
自らの声すら追い越して、恐るべき速度でラスティネルに迫る。
ドワーフゾンビが鍛えし、ヒヒイロノカネ製のカタナが抜き放たれた。
閃光のような斬撃が、毒竜の顔面めがけて疾る。
ラスティネルは、尻尾でガードした。
カタナと竜鱗がぶつかり合い、金属質な音がこだまする。
反撃で、毒竜の爪が振るわれた。
1本1本が、ロングソード並みの長さがある。
クレイグがカタナで弾くと、激しく火花が散った。
そのまま【剣鬼】と毒竜は、高速での斬り合いに入る。
常人の目には、残像でクレイグが分身して見えるほどの動きだ。
しかし毒竜も、遅れてはいない。
図体の大きさを考慮すると、恐るべき速度だ。
金属音と火花、さらには衝撃波の嵐が発生し、洞窟の壁面や床にヒビが入っていく。
「……クレイグが、不利ね」
今のところ互角に見えるが、マヤはそう断言した。
まずラスティネルの物理攻撃手段は、4通りもある。
爪は左右両方。
加えて、噛みつきもある。
さらには尻尾も、襲い掛かってくるのだ。
カタナ1本で凌いでいるのは大したものだが、クレイグの方が負担は大きい。
やがてマヤの予想通り、クレイグは徐々に押され始めてきた。
浅くだが、手傷を負い始めたのだ。
そして、クレイグが不利な理由はもうひとつ。
毒竜にはまだ、飛び道具である【猛毒の吐息】がある。
クレイグがバックステップして、一旦間合いを切った瞬間だった。
唐突に、ラスティネルは大きく顎を開く。
莫大な魔力が、口内に収束していった。
【猛毒の吐息】だ。
猛毒が暴風となって、クレイグへと放たれる。
当たれば肌が爛れ、吸えば内臓も壊死してしまう恐ろしい攻撃だ。
吐息を常に警戒しながら切り結んでいたクレイグは、なんとか回避することができた。
しかし――
「いかん! お館様!」
ラスティネルの吐息は、カイン達も巻き込むような軌道で放たれていた。
彼らにも回避を促そうと、クレイグは振り返る。
だが、全く心配はなかった。
マヤ・ザネシアンが死霊の魔導士を召喚し、防御魔法で皆を守っていたのである。
風と毒。
両方を無効化する、バリアが張られている。
さらに彼女はリッチを通して、風魔法を行使。
残留毒素を、洞窟の外へと押し流してしまう。
これでクレイグも、残留毒素にやられることはない。
「奥方様がいれば、お館様は心配ない……か……。ご本人も、強くなられたことだしな」
もう自分は、カインにとって必要ではない。
クレイグ・ソリィマッチは、決意を固めた。
毒竜ラスティネルと、刺し違える決意を。
ラスティネルは、再び口内に魔力を収束しつつある。
吐息で遠くから安全に、クレイグを葬るつもりなのだろう。
もう接近戦には、持ち込ませないつもりらしい。
【剣鬼】は切先を毒竜へと向け、弓を引き絞るようにカタナを構えた。
その構えを見ただけで、同じ達人であるレイチェルは察してしまう。
「それは防御を全く考えていない、捨て身の刺突を放つ構えですね?」
クレイグは答えない。
沈黙は、肯定に他ならなかった。
ヒイズル一刀流奥義、【竜牙】。
この技ならば【猛毒の吐息】を突き破りながら接近し、ラスティネルに致命傷を与えることもできるだろう。
その代わり、吐息を全身に浴びたクレイグは死ぬ。
【剣鬼】は全然構わなかった。
ここが自分の死に場所だと、心に決めたのだから。
だが――
「クレイグ様……。貴方が死んだら、ワタクシも後を追います。不死者として生きることを拒否して、この世から去る」
「レイチェル殿、いったい何を?」
「貴方がいない世界に、留まり続けても意味がないですから。おそらくこの世への執着がなくなって、留まり続けることができない。貴方に会いたくて、『ゴースト・レイ』は不死者になったのです」
「『ゴースト・レイ』! あの時わたくしが助けた、王国の女工作員か!」
「せっかく助けていただいたのに、あの後も過酷な任務続きで2年しか生きられませんでした。ごめんなさい……」
「いや。1年でも1日でも、長く生きるに越したことはない」
「クレイグ様。それは、貴方も同じではないのですか?」
レイチェルに言われて、クレイグは目を見開いた。
さらに、カインとマヤも続く。
「クレイグ! お前は母上の墓前に、誓っていたじゃないか! 『必ずこのザネシアン辺境伯領を、守り抜く』と。途中で投げ出すんじゃない!」
「クレイグの負けね。私は前にも、言ったはずよ。『貴方が死んでも、不死者にするつもりはない』と。誓いを守り続けたくば、生き延びなさい」
クレイグがフッと、短く笑った。
同時に全身からも、程よく力が抜ける。
構えが変わった。
カタナを鞘に納め、腰を落とした居合の構えだ。
「今のわたくしなら、全てを断ち切れそうな気がしますな」
【猛毒の吐息】も――
毒竜への憎悪も――
硬い竜鱗も――
フィリアへの秘めた想いも――
過去の無力な自分に対する、後悔も――
毒竜の顎が、再び開かれる。
猛毒の嵐が閃光のように、クレイグへと放たれた。
「ヒイズル一刀流裏奥義、【無限ノ空】」
抜刀の瞬間、音が消えた。
静寂の世界で振り抜かれたカタナが、道を切り開いてゆく。
【猛毒の吐息】による、猛毒の嵐が――
クレイグとラスティネルを隔てる、数十mの空間が――
ドラゴンの硬い鱗が裂けた。
クレイグはその場から、1歩も動いていないというのに。
そして剣閃は、毒竜の命までも切り裂いた。
「ザイン様……確かに仇は討ちましたぞ。フィリア様……いつかまた、お会いできる日まで……」
毒竜ラスティネルの巨体は、轟音を上げて大地に倒れた。
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