第44話 私って配下のアンデッドを戦わせるだけだから、無双感が足りないような気がするわね
マヤ達はたった半日で、瘴気の洞窟入口に着いてしまった。
森林破壊ロードを、馬車で爆走してきたおかげである。
討伐隊の面々は馬車から降り、戦闘準備を進めていく。
カインは全身鎧と、戦斧を装備した。
鎧は新造品。
オリハルコンを材料に、ドワーフゾンビ達が作ったものだ。
兜はかぶっていない。
今回は素顔を隠す必要がないので、視界の確保を優先だ。
バトルアックスもザネシアン家に代々伝わってきたものを、オリハルコンで強化している。
オリハルコンという金属には、重力を軽減する特性がある。
そのためカインは重装備をしても、重さを苦にせず動けるのだ。
クレイグは腰にカタナを帯び、執事服の上から胸当てを着用していた。
共にドワーフゾンビ作で、材質はヒヒイロノカネ。
このカタナを振るえば、【剣鬼】クレイグに斬れぬ物などないだろう。
マヤとオズウェルは、馬車に乗っていた時と同じ格好。
それっぽい武器がなくて、辺境伯夫人はご不満な様子。
「私も杖とか、作ってもらおうかしら……。【死霊術士】らしく、先端に髑髏の付いたカッコイイやつを……」
などと、厨二センス溢れるボヤキを発していた。
スレイプニルと馬車は、異空間に収納。
レイチェルはというと、いつの間にか姿を消している。
マヤは瘴気の洞窟入口を見上げた。
「大きな洞窟ね。洞窟というより、大空洞とでも表現した方がしっくりくるわ」
「毒竜ラスティネルは巨体。奴が飛行しながらでも、進入できる大きさなのです」
クレイグが、皆に解説してくれる。
メンバーの中で、ラスティネルとの戦闘経験があるのは彼だけだ。
先頭にクレイグ。
2番目の位置に、重装備で硬いカイン。
3番目がオズウェル。
そして部隊内で最強を誇るマヤは、殿を務める。
一行は広い洞窟の中を、奥へ奥へと進んでいった。
洞窟内の壁や床にはシダ系の植物や、菌類と思わしきものがいっぱい生えている。
それらが淡く発光しているため、照明器具は必要なかった。
しかし洞窟の床や壁からは、毒素が噴き出している。
かつては普通の洞窟だったが、ラスティネルが住まううちに毒素で汚染されてしまったのだ。
カイン、クレイグ、オズウェルの3人は、防毒マスクを着用しようとした。
だが――
「マスクを着けると、呼吸が制限されるでしょう? ここは快適な方法で、毒を防ぎましょう」
マヤは死霊の魔導士四天王のひとり、ナーガノートを召喚した。
毒を無効化する結界魔法が、討伐隊のメンバーそれぞれを覆う。
呼吸が阻害されることはなく、毒素は完璧にシャットアウトされた。
意味がなくなったので、皆はマスクを懐へとしまう。
「素晴らしい魔法です。死霊の姫君がいれば、毒竜ラスティネルなど恐るるに足りませんね」
またしてもオズウェルは、マヤの力を絶賛した。
しかし毒竜の力を知るクレイグは、楽観的な大商人をたしなめる。
「奥方様のお力は、素晴らしい。ですがラスティネルの【猛毒の吐息】は、さすがに防げますまい」
ラスティネルの【猛毒の吐息】は、毒と風の複合攻撃。
毒素を防げても、暴風で全てを吹き飛ばしてしまうのだ。
「クレイグの言う通りよ。リッチ達の魔法でも、防げない攻撃は存在します。各自、油断しないでください」
マヤが警告した時だった。
洞窟内の空気が変わる。
魔物の気配だ。
ラスティネルではないが、数がやたらと多い。
しかも洞窟の奥と入口側、両方から気配がする。
挟み撃ちだ。
数秒もかからず、魔物の大群が視界に入った。
ヒュドラやバジリスク、ポイズントード、ポイズンスライム等、毒持ちの魔物達が、ウジャウジャと押し寄せてくる。
瘴気の洞窟に巣食う、野性の魔物達だ。
「後ろは私に任せて」
広いとはいえ、ここは洞窟内。
リッチ達の魔法で派手に敵を吹き飛ばしては、崩落の危険もある。
そこでマヤが呼び出したのは、近接格闘型の不死者達。
首なし騎士のゲオルグと、極東屍人の麗花である。
『ぐははははっ! 軟弱な魔物どもめ! その程度の数でお嬢に楯突こうなどと、片腹痛いわっ!』
ゲオルグが無造作に大剣を振るうと、バジリスクが真っ二つになりながら吹き飛ぶ。
そのまま洞窟の壁にベチャリと張り付き、血まみれのアートと化してしまった。
「マヤ様の相手をするなら、1万匹くらい仲間を連れてくるアルよ!」
麗花は目にも留まらぬ速度で、ヒュドラに無数の拳打と蹴り、さらにはヌンチャクを叩き込んだ。
ヒュドラは高い再生能力を誇る魔物だが、これでは再生が全然間に合わない。
あっという間に、動かぬ肉塊と化してしまう。
魔物の大群を圧倒していくゲオルグと麗花だったが、2人の間を縫って何かが伸びた。
ポイズントードの長い舌である。
狙われたのはマヤだった。
彼女こそ強力な不死者達を使役している存在だと、ポイズントードは本能で見抜いたのだ。
毒液まみれの舌が迫ってきても、マヤは平然としていた。
自分に攻撃が届くことはないと、確信していたからだ。
ポイズントードの舌は、突然切り飛ばされた。
洞窟天井から降ってきたメイドが振るう、黒塗りの短剣によって。
「下賤な魔物如きが、お嬢様に触れるな」
レイチェル・オライムスは異空間に戻らず、隠れてマヤを護衛していたのだ。
彼女は瞬間移動じみた速度でポイズントードとの距離を詰めると、2本の短剣を閃かせた。
ポイズントードのサイコロステーキ、完成だ。
この黒い短剣も、ドワーフゾンビ達が新開発した魔剣である。
銘は【死をもたらすもの】。
斬った相手の生命力を吸い取り、衰弱死させる呪いが付与してある。
だがこの追加効果、今のところあまり役に立っていない。
わざわざ衰弱死させなくても、レイチェルなら大抵の敵を初撃で即死させてしまうからである。
ポイズントードをバラバラにしたレイチェル。
彼女は相変わらずの無表情だが、ちょっとドヤってるような雰囲気が見受けられる。
マヤに褒めてもらいたいのかと思いきや、屍人ゴーレムメイドはチラチラとクレイグを見ていた。
どうやら彼に、いいところを見せたかったようだ。
クールビューティのくせに、なかなかの色ボケメイドである。
一方のクレイグは、レイチェルのことなど見てはいない。
部隊の先頭で、鬼神の如き剣を振るい続けている。
ひと振りで3~4体の魔物を両断してしまう剣技は、もはや魔法だ。
【剣鬼】の二つ名に、相応しい。
カインも善戦していた。
鎧の防御力を活用し、攻撃をガッシリと受け止める。
そこからの反撃で、敵を減らしていく戦闘スタイルだ。
しかし蝙蝠型魔物であるポイズンバットに、戦斧をヒラリとかわされてしまった。
「くっ! 飛行している敵は、戦いにくいな」
「辺境伯閣下。ここは私に、お任せください」
空中の敵に手こずるカインを助けたのは、オズウェル・オズボーンだった。
オズウェルはマジックバッグから取り出した金属製の球を、ポイズンバットに投げつける。
金属球は空中で弾け、中から植物系の魔物が飛び出してきた。
トゲがビッシリ生えた蔦を、雑にまとめたような容姿をしている。
植物系魔物は蔦を伸ばし、ポイズンバットを捕えた。
そのまま締め上げ、トゲを食い込ませる。
ポイズンバットの絶叫が、洞窟内にこだました。
だがすぐに声は途切れ、絶命する。
「魔物を球の中に閉じ込めておいて、けしかけることができる魔導具です。今回は、植物の魔物を持ってきました。ご安心を。あの植物系魔物は、一定時間で死滅しますので」
オズウェルの言葉通り、蔦の魔物はすぐに枯れてしまった。
「何か……魔物とはいえ、気の毒だな。球から出されてすぐに、死んでしまうなんて」
「ははは……。辺境伯閣下は、お優しい。この魔物は植物ゆえ、自らを不幸だと考えもしません。そう……。植物は素晴らしい。人間のように、余計なことなど考えないから……」
何か思うところがあるのか、オズウェルは視線を巡らせた。
レイチェル、ゲオルグ、麗花と、マヤの配下である不死者達を順番に見ていく。
だが、それだけだ。
彼は何も言わず、洞窟の奥へと向き直った。
毒竜ラスティネルが眠っている、洞窟の奥へと。
魔物の大群を全滅させたマヤ達は、再び進軍を開始した。
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