第42話 執事はずっと、復讐の刃を研ぎ続けてきた
毒竜ラスティネル討伐隊のメンバーが選出された。
【死霊術士】、マヤ・ザネシアン辺境伯夫人。
領主、カイン・ザネシアン辺境伯。
【剣鬼】にして執事、クレイグ・ソリィマッチ。
そして大商人、オズウェル・オズボーン。
たった4人だけである。
こんな少数精鋭になってしまったのには、理由があった。
ひとつはラスティネルの強力無比な【猛毒の吐息】で、多くの戦死者を出さないために。
もうひとつの理由が、【聖女】キアラ・ブリスコーが同行しないからである。
対外的には、彼女も同行することにしておかなければならない。
しかし大人数の討伐隊となると、【聖女】不在を隠し通すのが難しい。
秘密が漏れやすくなる。
それにマヤさえいれば、千を超える不死者軍団を召喚できるのだ。
戦力に、不足はない。
辺境伯軍の戦士達からは、不満の声も上がった。
なぜ自分達を、連れて行ってくれないのかと。
そこでマヤが、
「首なし騎士のゲオルグか、極東屍人の麗花に勝てた者は同行を許可する」
と言うと、みんな諦めた。
彼ら辺境伯軍には、都市防衛に就いてもらわなければならない。
万が一マヤ達が毒竜を取り逃がした場合、ウィンサウンドが襲撃される危険性もあるからだ。
マヤ達討伐隊は、装備を整えながら戦いの時を待った。
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出発を翌日に控えた、夜のことだ。
クレイグ・ソリィマッチは執事としての仕事を終えた後、ウィンサウンド城の裏庭へときていた。
いつもカインと朝稽古を行う城の近くではなく、それより奥。
大きな岩があったり、手入れされていない木が生えているやや荒れた場所である。
決戦前、最後の調整にきたのだ。
むろん執事ではなく、【剣鬼】としての。
クレイグは鞘に納めたままのカタナを握り、腰を落とした構えをとった。
しばしの静寂。
やがて風に揺られた木の葉が1枚、クレイグの近くを舞う。
抜く手は見えなかった。
キンッという、納刀の音。
恐ろしく鋭利な切り口で、木の葉はバラバラになる。
入れたのは、一太刀ではない。
「すごいわね。剣閃どころか、抜刀の動作そのものが全然見えないわ。さすがは【剣鬼】、クレイグ・ソリィマッチね」
いつの間にか背後にきていたマヤが、拍手しながらクレイグの絶技を賞賛した。
「奥方様……。わたくしは全然、すごくなどありません。わたくしにもっと、力があれば……」
クレイグは、2年前の戦いを振り返る。
毒竜ラスティネルは、ある日突然現れた。
大森林の奥から来たのか、それとも他国から飛来したのかは定かではない。
毒竜は辺境伯領の村や街を、荒らし回った。
中心都市であるウィンサウンドこそ襲われなかったが、辺境伯領全体ではおびただしい数の死者がでた。
そこで当時の辺境伯だったザイン・ザネシアンを中心とした、大規模な討伐隊が結成されたのである。
辺境伯夫人フィリアや、すでに執事へと転職していたクレイグも討伐隊のメンバーだった。
決戦の場所は、大森林の奥にある「瘴気の洞窟」。
ザインは毒竜の【猛毒の吐息】から、フィリアや討伐隊のメンバーを庇い戦死した。
フィリアは全生命力を捧げた結界魔法を使い、ラスティネルの封印と引き換えに力尽きた。
2人の亡骸を前に、クレイグは呆然と立ち尽くすことしかできなかったという。
その戦いで、彼は片目の視力を失っている。
いつもかけている片眼鏡は、魔力感知により視力を補う魔導具なのだ。
「脅威である毒竜を討ち、わたくしは今度こそ守り通してみせる。ザイン様とフィリア様が愛した、この地を」
クレイグの瞳には、決意の光が揺らめいている。
しかしマヤは、その決意が危ういものだと感じていた。
「自分の命と引き換えにというのなら、おやめなさい。貴方が死んでも、不死者として蘇らせたりしない。不死の戦士ではなく、執事として旦那様の支えになりなさい」
「わたくしは独身ゆえ、死んでも悲しむ者などおりませぬ。命の使い方くらい、自分で決めさせてくだされ」
そう言い放った直後、クレイグの背中にペチンと木の実が当たった。
「む? 何だ? 風のイタズラか? 人が投げた気配は、全くしなかったが」
「クレイグがあまりに鈍感だから、風の精霊様がお怒りになったんじゃない?」
もちろん投げたのは、隠れているレイチェルである。
以前はレイチェルが隠れていても、クレイグは気配を察知できていた。
だが今回は、察知できていない。
それだけ毒竜への復讐心で、心が乱れているのかもしれない。
「貴方が不死者になっても、役立たずだわ。不死者の戦士はね、生への執着が強いほど強力になるのよ。それに……」
――クレイグが死んだら、カインが悲しむ。
マヤはそう告げたが、【剣鬼】にして執事は視線を逸らしてしまった。
「お館様は、わたくしを恨んでおられるはずです。お父上とお母上を守り切れなかった、無力な男なのですから」
首に下げたペンダントのロケット部分を、クレイグは握り締めた。
マヤとレイチェルは知っている。
その中には、フィリアの姿絵が描かれていることを。
「フィリア様のことを、愛していたの……?」
「そのような不埒な感情は、決して抱いておりませぬ。ただ……。憧れてはおりました」
フィリアがザネシアン家に嫁いできた時、クレイグはまだ執事ではなく傭兵だった。
クレイグはフィリアの側にいたくて、執事へと転職したのだ。
想いを、辺境伯家への忠誠心に変えて。
「奥方様……。ザイン様とフィリア様の御遺体を弄んだ外道については、まだ何も掴めておりませぬ」
「そうね……」
「犯人を見つけてしまったら、わたくしは自分を抑える自信がない」
クレイグが抜刀した。
近くにあった大岩が、斜めに切れて崩れる。
「……必ず斬る」
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