第36話 ザネシアンならそう言う
先代ザネシアン夫妻の頭を生やした双頭ゾンビを見て、マヤはすぐに理解した。
ここ最近辺境伯領で暗躍している、謎の【死霊術士】の仕業だと。
「悪趣味な!」
マヤは不死者として蘇る意思のない者を、むりやり不死者化することを良しとしない。
しかも魂が望まぬ姿に改造するなど、悪趣味かつセンスがないとも思っている。
いつも余裕の笑みを浮かべていることが多い彼女だが、この時ばかりは激しい怒りを露わにした。
紫の眼光を鋭くし、鎮魂花の花畑を見渡す。
近くに敵の【死霊術士】がいるはずだ。
「……チッ! 死霊術の大元を、上手く辿れないわね。花畑全体からうっすらと死霊に似た気配がして、邪魔になっている。たぶん魔法か薬品散布による、感知妨害ね」
マヤの感知能力をもってしても、敵【死霊術士】を見つけられない。
術者を直接叩くのは、不可能だ。
だがそれならそれで、他にやりようはある。
マヤは異形の双頭ゾンビに向かって、手をかざした。
闇属性魔力が、黒い波動となって迸る。
【死霊術士】が持つ権能のひとつ、【不死者支配】。
マヤは双頭ゾンビの支配権を、敵【死霊術士】から奪おうとしたのだ。
レイチェル達を召喚して、双頭ゾンビを倒してしまうことはできる。
しかしマヤには、抵抗があった。
カインの眼前で、両親の死体をベースにしていると思わしきゾンビを切り刻むことに。
そんなことをせずとも、支配権さえ奪ってしまえば無力化が可能だ。
だが金色の光が双頭ゾンビを守り、マヤの魔力を弾き返してしまった。
「これは……。父上が持っていた【天職】、【守護者】の権能だ。自分を含め、味方全体の防御力を劇的に向上させる」
優越感からか、双頭ゾンビから生えているザインの顔が歪む。
生前の父からは考えられない醜悪な笑みを見て、カインは怒りで奥歯を噛みしめた。
尊敬する父と同じ顔で、そんな笑い方をするなと。
次いで同じく醜悪な笑みを浮かべている、フィリアの顔を睨みつける。
「そして母上の【天職】は、【結界術士】。強力な魔法の結界で対象を守ったり、封印したりできる」
「2重のバリア……ですか。相乗効果で、すさまじい防御力を発揮しているようですね。これでは私の力で、お2人の支配権を奪うことは……」
――できなくはない。
マヤは胸元の【魔神のエンブレム】に、手をかけた。
彼女にはまだ、奥の手があるのだ。
しかし敵【死霊術士】が監視しているかもしれない状況で、手の内を晒すというのはためらわれる。
迷っていると、カインが声をかけてきた。
「マヤ。死霊の魔導士達の魔法で、バリアをかき消すことはできるか?」
カインの問いに、マヤはコクリと頷いた。
バリアをかき消すだけなら、「奥の手」を晒さずとも可能。
だがバリアの無効化と同時に、【不死者支配】で支配権を奪うまでは手が回らない。
そのことを、マヤがカインに告げようとした時だった。
若き辺境伯は、声変わりもしていない幼い声で――
しかし、毅然とした声音で告げた。
「俺が自分の手で、父上と母上を土に還す!」
カインは数歩前に出て、双頭ゾンビの正面に立ち塞がった。
年上の妻を、守るように。
「マヤ、斧をくれ!」
マヤはリッチ四天王のゼロサレッキに命じて、空間魔法を発動。
出現した戦斧が、カインの両手に握り締められる。
まだ体の出来上がっていない彼には、長大・超重量すぎる武器だ。
しかしカインは、このバトルアックスにこだわる。
生前の父が――歴代ザネシアン家の当主達が、戦場で振るい続けてきた武器なのだから。
「うぉおおおおおっ!」
カインは雄叫びを上げながら、双頭ゾンビに向かって突撃した。
同時にマヤは、リッチ四天王の1人トノルミズルを召喚。
解呪の魔法、【ディスペルマジック】を発動した。
ガラスが砕けるような音と共に、双頭ゾンビを覆っていたバリアが消滅する。
【守護者】の権能によるものと、【結界術師】の結界魔法によるもの。
2つのバリアが、同時に消えてなくなった。
無防備になった双頭ゾンビに向けて、カインは一気に距離を詰めてゆく。
マヤが懸念していたのは、先ほど敵が見せた爪伸ばし攻撃。
だが双頭ゾンビは迎撃態勢を取らず、両腕を広げてカインを迎え入れようとする。
「ドうしテなノ? カイン? その斧で、ワタシ達ヲ斬るトいうノ?」
「セっかク2人で、ひとつ二なれタのに……。オ前モ、ひとつ二……」
抱きしめようとする体勢だが、双頭ゾンビの指先では鋭い爪が光っている。
両親の言葉にためらったカインを、至近距離から爪で貫いてしまう腹づもりなのだろう。
敵【死霊術士】のやり口に、マヤは反吐が出そうだった。
しかし彼女は、全く心配はしていない。
年下の夫を、信じていたから――
汗にまみれて稽古をする姿を、見ていたから――
城に飾られた両親の肖像画を、強い決意の眼差しで見上げているのを知っていたから――
両親のガワだけを借りた偽物に、騙されなどしない――と。
カインの体が、大きく捩じられる。
大地を踏みしめた下半身から、上半身、斧の先端へと、無駄なく力が伝わっていく。
遠心力と斧の重量を、完璧に乗せた斬撃が放たれた。
何代にも渡って王国の外敵を打ち払ってきたバトルアックスが、双頭ゾンビを切り裂いてゆく。
2つの首のつなぎ目から股間まで、斧の刃が真っすぐに走った。
「……何が『ひとつに』だ。同じ存在になってどうする。人は別々の異なった存在だからこそ、互いに抱きしめ合うことができるんだ。父上と母上なら、そう言う」
カインの言葉に応えるかのように、分かたれた双頭ゾンビの体は花畑に倒れた。
そのまま黒い霧となって、みるみる風に溶けてゆく。
若き辺境伯は――いや。
少年は大地に両手と膝を突き、慟哭した。
2年前、両親を失った時と同じように。
「父上……。母上……。うわぁああああああっ!」
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