第35話 青き花畑で、望まぬ再会を
時刻は黄昏時。
マヤとカインは、2人っきりでウィンサウンド郊外へとやってきていた。
いつも隠れて護衛しているレイチェル・オライムスですら、空間魔法で異空間に引っ込んでいる。
デートの邪魔だと、マヤが戻したのだ。
しかしいつでも不死者達を召喚できるので、安全上の問題はない。
郊外の丘には、美しい花が大量に咲き乱れていた。
色は青。
形は地球の彼岸花に、よく似ている。
鎮魂花と呼ばれる品種だ。
夕日の黄金色と、花畑の青。
コントラストに彩られた世界を、2人は歩いて行く。
カインはマヤの手を取り、エスコートしていた。
その手はまだ小さいが、意外なほど力強い。
少なくともマヤは、そう感じた。
広大な花畑の中心まで来たところで、カインは足を止める。
目の前には、2つの墓石が佇んでいた。
「着いた。ここは、父上と母上のお墓なんだ」
カインの母フィリアは、鎮魂花が大好きだったという。
なのでこの花畑に、夫ザインと共に埋葬されている。
カインはお墓の前に、レジャーシートを敷いた。
辺境伯領では、お参りついでに墓の前で飲食をする風習があるらしい。
故人と一緒に、食事をしているような感覚なのだろう。
地球にも、同じような風習がある地域は存在する。
マヤは空間魔法でお弁当を取り出し、レジャーシートの上に広げた。
「すごいな! マヤは料理も作れるのか。城の料理人達に引けを取らない、素晴らしい腕前だ。……美味い!」
夢中でサンドイッチをパクつき始めた美ショタを見て、マヤは拳を握り締める。
「私の勝ちね」と、言わんばかりに。
しばらく黙々と食事をしていたカインだが、やがて手を止めた。
そしてポツポツと、語り始める。
楽しかった思い出を。
「両親とはよく、この花畑でピクニックをしたんだ。今と同じように、お弁当を食べながら」
振り返り、墓石を見つめる若き辺境伯。
マヤにも伝わってくる。
両親を失ってしまった、寂しさと不安が。
自分も地球で両親を失っているが、成人してからの話だ。
12歳の時に失ったカインは、さぞ寂しかったことだろう。
不安だったことだろう。
しかもそんな若さで、爵位と領地を受け継ぐ羽目になった。
真面目なカインは、領民の生活を背負う責任を重く感じているはずだ。
先代領主だった父に相談したり、母に励ましてもらいたいはずだ。
「旦那様……。ご両親に、お会いしたいですか?」
マヤの言葉に、カインの肩がピクリと震えた。
青い瞳に、戸惑いの波紋が広がる。
だが、ほんの一瞬のことだった。
すぐにカインの双眸は、湖面のような澄んだ輝きを取り戻す。
そしてゆっくりと首を横に振りながら、マヤの問いに答えた。
「君の死霊術で、不死者として復活させて……という話なら、遠慮させてもらう。両親は、もう充分戦った。ゆっくりと、休ませてあげたいんだ」
それを聞いたマヤ――いや。
神崎真夜の心に、少し迷いが生まれた。
自分はいずれ、この世界に地球の家族を不死者として復活させるつもりでいる。
しかしそれは、家族の意に反していないだろうか?
静かに眠りたいと、思ってるのではないだろうか?
マヤは墓石の下で眠っている、先代ザネシアン夫妻の気配を探った。
【死霊術士】である彼女は、地中に埋まっている死体でも状態を何となく察することができる。
安らかに眠っているのかどうか、確認しようと思ったのだ。
――そして、愕然とした。
「……旦那様。ご両親は、間違いなくここに埋葬されたのですよね?」
「……? もちろん、そうだが。……! マヤ! まさか!?」
「ええ。お墓の下に、お2人の御遺体の気配がありません」
「ば……馬鹿な! なぜだ!? 父上と母上は、どこに!?」
カインが動揺していた時だった。
「ココに居るワよ? ワタシの可愛いカイン……」
カインにとっては、よく知っている声。
マヤにとっては初めて聞く声が、背後から投げかけられた。
思考を戦闘モードに切り替え、マヤは素早く振り向く。
対してカインは、おそるおそるゆっくりと振り向いた。
沈みゆく夕日をバックに、人影が立っている。
「は……母上?」
そこに居たのは、カインの母フィリア・ザネシアン――ではなかった。
異形の不死者だ。
灰色に変色した、筋骨隆々な肢体。
それだけでは、異形とはいえないだろう。
おぞましいことに、頭が2つ生えているのだ。
カインの母フィリアと、父ザインの頭が。
先代ザネシアン夫妻の頭を生やした双頭ゾンビは、指を3本マヤ達の方へと向けた。
次の瞬間、銃弾の如き勢いで伸びた爪が空間を貫く。
爪はマヤとカインの間を突き抜け、墓石に穴を穿った。
人体など、軽々と貫通してしまいそうな殺傷力だ。
「カイン……。我ガ息子ヨ……。オ前モ我々ト、ひとつニなるノダ……」
「マタ3人デ、一緒に暮らしまショウ……。ソノためにはカイン……。アナタも死ンデ、アノ方から不死者にシテもらうのヨ……」
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