第34話 妹よ。それはたぶん、乙女ゲームではないっ!
キアラ・ブリスコーが辺境伯領に居座り始めてから、1ケ月ほど経った。
彼女は相変わらず街頭演説を繰り返し、マヤ・ニアポリートは辺境伯を殺し不死者化した極悪人だと主張している。
ウィンサウンドの住民達は、皆が白い目でキアラを見ていた。
誰も彼女の演説に、耳を貸さない。
「嘘つき女」と、罵声を浴びせられる始末だ。
罵声を浴びせられるぐらいならまだいい方で、怒って直接的な行動に出る者もいた。
マヤの大ファンであるお婆さんが、箒を振り回しながらキアラを追いかけたりするのだ。
「マヤ様を悪く言う奴は、このアタシが許さないよ!」
「ちょ……ちょっとぉ! キアラは神聖教会が認めた【聖女】……キャン! 痛い! パパにも打たれたことないのにぃ!」
箒で尻を引っぱたかれた聖女様は、今日も慌てて逃げ出すのだった。
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この1ケ月の間、足繁くウィンサウンド城に通ってくる者がいた。
大商人、オズウェル・オズボーンである。
彼はカイン・ザネシアン辺境伯と、肥料の取引を継続しているのだ。
他にも辺境伯軍で使うアイテムなど、様々な商談を持ってくる。
オズウェルは商談で登城すると、必ずマヤのところへも顔を出した。
しかし辺境伯夫人には、適当にあしらわれてしまっている。
本日も新商品のマジックバッグを試供品として渡そうとしたのだが、受け取ってもらえなかった。
魔法付与により収納量が増えている画期的な商品なのだが、ゼロサレッキの空間魔法があるマヤには無用の長物だ。
オズウェルが立ち去った庭園で、マヤとカインは優雅にティータイムを取っていた。
辺境伯として執務に追われ、多忙を極めていたカイン。
しかし最近の彼は、こうして妻とティータイムを取れるくらいの余裕はある。
マヤの配下には文官タイプの不死者もおり、彼らが執務を手伝ってくれるのだ。
余裕があるはずなのに、心なしかカインの表情が不機嫌に見える。
どうやら妻がオズウェルと会うことを、快く思っていない様子。
「あら? 旦那様、嫉妬ですか?」
「ば……馬鹿を言うな! 妻がちょっと商人と会ったぐらいで、狭量な……」
プイッと拗ねたように、そっぽを向いてしまうカイン。
言葉と態度がチグハグなところがまた、てえてえ。
夫が可愛くて。
嫉妬してくれたことが楽しくて。
ついついマヤは、ショタからかいモードへと突入してしまう。
「私と旦那様の間に世継ぎが生まれれば、オズウェル様も余計なちょっかいを出してこなくなると思いませんか?」
マヤはガーデンチェアから立ち上がると、座ったままであるカインの背後へと回り込んだ。
そのまま豊かな胸を、美ショタ辺境伯の背中に押し付ける。
こういうからかいに対して、いつもは顔を真っ赤にして押しのけてしまうカイン。
しかし、今日の彼は違った。
俯き、どこかしんみりとした反応だ。
「マヤは……温かいな。亡くなった父上や母上も、俺が小さい頃はこうやって抱きしめてくれたものだ……」
世継ぎと聞いて、カインは思い出してしまったのだ。
優しかった、両親を。
マヤも聞き及んでいる。
2年前。
先代辺境伯夫妻が、魔物との戦いで散ったことは。
マヤはカインを抱く両腕に、キュッと力を込めた。
自分も家族を失った時の絶望感を、知っていたから。
「……なあ、マヤ。今夜ちょっと、2人で出かけないか?」
「夜に……ですか? 旦那様……。ついに、世継ぎを作るおつもりですね? 初めてが野外でとはなかなか高度だと思いますが、妻として精一杯応えたいと思います」
「よせ! そんなんじゃない!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるカインを見て、マヤは安心した。
やっと旦那様が、いつも通りになった――と。
「お出かけは、どちらまで?」
「ウィンサウンドの郊外までさ。ちょっとした、ピクニックみたいなものだよ。……君に、見せたいものがあるんだ。日が暮れないと、見られなくてな」
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その日の午後。
マヤはウィンサウンド城の厨房で、夕食兼お出かけ用のお弁当を作っていた。
ここで悪さをしていた悪霊達を祓って以来、料理長はマヤに優しい。
今回も厨房を、快く貸してくれた。
死霊の魔導士達の魔法や、死霊達の力は借りない。
【死霊術士】は自分の手足と技術のみで、テキパキとお弁当を作り上げていく。
「ワタクシにも、手伝わせてくれないのですね」
手出しを禁じられて、厨房の隅で主を見守るだけのレイチェル・オライムス。
無表情に見えるが少しイジケているのを、マヤは見逃さなかった。
「何となく、自分の力で作りたいのよ」
マヤ自身にも、理由は上手く説明できない。
「それにしてもお嬢様、素晴らしい手際ですね。いつの間に、料理の腕を磨かれたのですか?」
「ずっとずっと昔……。遠い異国の地で……といったところかしら」
「ワタクシはお嬢様が赤ん坊の頃からお仕えしておりますが、異国へ行かれたことなど記憶にございません」
「そのうちレイチェルには、話すかもね。私の本当の故郷について。……さあ、完成よ」
マヤは味見のため、サンドイッチをパクリと口にくわえた。
「うん、おいしい。これなら旦那様を、陥落させられるかもね」
「カイン様を支配したいのなら、【ゾンビパウダー】を使用して不死者にしてしまった方が早いのではないですか?」
「それでは、ちっとも面白くないわ。女としての魅力で、あの美ショタを屈服させる。私がやっているのは、そういう遊戯よ」
「お嬢様……。楽しそうですね」
「そうね……。なかなか楽しいゲームだわ」
神崎真夜は、恋愛に興味のない女だった。
兄が乙女ゲーム「セイント☆貴族学園」を勧めてきたのも、そんな妹を心配してのことだ。
結局真夜は、乙女ゲームの攻略対象キャラ達にも全くときめかなかったのだが。
しかし今のマヤはハッキリと、カインに好意を向けさせたいと思っている。
自分が異性として彼を愛しているのかと問われれば、少し違う感情のような気もするが。
可愛い愛玩動物を、懐かせてみたいという感覚が1番近い。
――今の自分なら、乙女ゲームもそれなりに楽しめるかもしれない。
マヤはそんなことを考えながら、鼻歌混じりでピクニックの準備を進めていった。
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