表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/57

第34話 妹よ。それはたぶん、乙女ゲームではないっ!

 キアラ・ブリスコーが辺境伯領に居座り始めてから、1ケ月ほど経った。




 彼女は相変わらず街頭演説を繰り返し、マヤ・ニアポリートは辺境伯を殺し不死者(アンデッド)化した極悪人だと主張している。


 ウィンサウンドの住民達は、皆が白い目でキアラを見ていた。


 誰も彼女の演説に、耳を貸さない。


 「嘘つき女」と、罵声を浴びせられる始末だ。


 罵声を浴びせられるぐらいならまだいい(ほう)で、怒って直接的な行動に出る者もいた。


 マヤの大ファンであるお婆さんが、(ほうき)を振り回しながらキアラを追いかけたりするのだ。




「マヤ様を悪く言う奴は、このアタシが許さないよ!」


「ちょ……ちょっとぉ! キアラは神聖教会が認めた【聖女(セイント)】……キャン! 痛い! パパにも()たれたことないのにぃ!」


 (ほうき)で尻を引っぱたかれた聖女様は、今日も慌てて逃げ出すのだった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□






 この1ケ月の間、(あし)(しげ)くウィンサウンド城に通ってくる者がいた。


 大商人、オズウェル・オズボーンである。


 彼はカイン・ザネシアン辺境伯と、肥料の取引を継続しているのだ。


 他にも辺境伯軍で使うアイテムなど、様々な商談を持ってくる。




 オズウェルは商談で登城すると、必ずマヤのところへも顔を出した。


 しかし辺境伯夫人には、適当にあしらわれてしまっている。


 本日も新商品のマジックバッグを試供品として渡そうとしたのだが、受け取ってもらえなかった。


 魔法付与により収納量が増えている画期的な商品なのだが、ゼロサレッキの空間魔法があるマヤには無用の長物だ。




 オズウェルが立ち去った庭園で、マヤとカインは優雅にティータイムを取っていた。


 辺境伯として執務に追われ、多忙を極めていたカイン。


 しかし最近の彼は、こうして妻とティータイムを取れるくらいの余裕はある。


 マヤの配下には文官タイプの不死者(アンデッド)もおり、彼らが執務を手伝ってくれるのだ。


 余裕があるはずなのに、心なしかカインの表情が不機嫌に見える。


 どうやら妻がオズウェルと会うことを、(こころよ)く思っていない様子。




「あら? 旦那様、嫉妬ですか?」


「ば……馬鹿を言うな! 妻がちょっと商人と会ったぐらいで、狭量な……」


 プイッと()ねたように、そっぽを向いてしまうカイン。


 言葉と態度がチグハグなところがまた、てえてえ。


 夫が可愛くて。

 嫉妬してくれたことが楽しくて。


 ついついマヤは、ショタからかいモードへと突入してしまう。




「私と旦那様の間に世継ぎが生まれれば、オズウェル様も余計なちょっかいを出してこなくなると思いませんか?」




 マヤはガーデンチェアから立ち上がると、座ったままであるカインの背後へと回り込んだ。


 そのまま豊かな胸を、美ショタ辺境伯の背中に押し付ける。




 こういうからかいに対して、いつもは顔を真っ赤にして押しのけてしまうカイン。


 しかし、今日の彼は違った。


 (うつむ)き、どこかしんみりとした反応だ。




「マヤは……温かいな。亡くなった父上や母上も、俺が小さい頃はこうやって抱きしめてくれたものだ……」




 世継ぎと聞いて、カインは思い出してしまったのだ。


 優しかった、両親を。




 マヤも聞き及んでいる。


 2年前。

 先代辺境伯夫妻が、魔物との戦いで散ったことは。


 マヤはカインを抱く両腕に、キュッと力を込めた。


 自分も家族を失った時の絶望感を、知っていたから。




「……なあ、マヤ。今夜ちょっと、2人で出かけないか?」


「夜に……ですか? 旦那様……。ついに、世継ぎを作るおつもりですね? 初めてが野外でとはなかなか高度だと思いますが、妻として(せい)(いっ)(ぱい)応えたいと思います」


「よせ! そんなんじゃない!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるカインを見て、マヤは安心した。


 やっと旦那様が、いつも通りになった――と。




「お出かけは、どちらまで?」


「ウィンサウンドの郊外までさ。ちょっとした、ピクニックみたいなものだよ。……(きみ)に、見せたいものがあるんだ。日が暮れないと、見られなくてな」






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□






 その日の午後。


 マヤはウィンサウンド城の厨房で、夕食兼お出かけ用のお弁当を作っていた。


 ここで悪さをしていた悪霊達を(はら)って以来、料理長はマヤに優しい。


 今回も厨房を、(こころよ)く貸してくれた。




 死霊の魔導士(リッチ)達の魔法や、死霊達の力は借りない。


 【死霊術士(ネクロマンサー)】は自分の手足と技術のみで、テキパキとお弁当を作り上げていく。




「ワタクシにも、手伝わせてくれないのですね」


 手出しを禁じられて、厨房の隅で(あるじ)を見守るだけのレイチェル・オライムス。


 無表情に見えるが少しイジケているのを、マヤは見逃さなかった。




「何となく、自分の力で作りたいのよ」


 マヤ自身にも、理由は上手く説明できない。 




「それにしてもお嬢様、素晴らしい手際ですね。いつの間に、料理の腕を磨かれたのですか?」


「ずっとずっと昔……。遠い異国の地で……といったところかしら」


「ワタクシはお嬢様が赤ん坊の頃からお仕えしておりますが、異国へ行かれたことなど記憶にございません」


「そのうちレイチェルには、話すかもね。私の本当の故郷について。……さあ、完成よ」




 マヤは味見のため、サンドイッチをパクリと口にくわえた。




「うん、おいしい。これなら旦那様を、陥落させられるかもね」


「カイン様を支配したいのなら、【ゾンビパウダー】を使用して不死者(アンデッド)にしてしまった(ほう)が早いのではないですか?」


「それでは、ちっとも面白くないわ。女としての魅力で、あの美ショタを屈服させる。私がやっているのは、そういう遊戯(ゲーム)よ」


「お嬢様……。楽しそうですね」


「そうね……。なかなか楽しいゲームだわ」




 (かん)(ざき)()()は、恋愛に興味のない女だった。


 兄が乙女ゲーム「セイント☆貴族学園」を勧めてきたのも、そんな妹を心配してのことだ。 


 結局真夜は、乙女ゲームの攻略対象キャラ達にも全くときめかなかったのだが。




 しかし今のマヤはハッキリと、カインに好意を向けさせたいと思っている。


 自分が異性として彼を愛しているのかと問われれば、少し違う感情のような気もするが。


 可愛い愛玩動物を、(なつ)かせてみたいという感覚が1番近い。






 ――今の自分なら、乙女ゲームもそれなりに楽しめるかもしれない。




 マヤはそんなことを考えながら、鼻歌混じりでピクニックの準備を進めていった。






お読みくださり、ありがとうございます。

もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。

広告下のフォームを、ポチっとするだけです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓他にはこのような作品を書いています↓

異世界に召喚され損なったオッサンが、チート能力だけ地球に持ち帰って現金無双
【女神のログインボーナスで毎日大金が振り込まれるんだがどうすればいい?】~無実の罪で職場を追放されたオッサンによる財力無双。非合法女子高生メイドと合法ロリ弁護士に挟まれながら送る夢のゴージャスライフ~

異世界で魔神討伐をして得た超人的な力で、高校野球界を蹂躙せよ!
【異世界帰りの勇者パーティによる高校野球蹂躙劇】~野球辞めろと言ってきた先輩も無能監督も見下してきた野球エリートもまとめてチートな投球でねじ伏せます。球速115km/h? 今はMAXマッハ7ですよ?~

格闘と怪力で、巨大ドラゴンをフルボッコにする聖女の恋愛と冒険譚
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

近未来異世界で繰り広げられる、異世界転生したレーサーの成り上がり物語
ユグドラシルが呼んでいる~転生レーサーのリスタート~

ファンタジー異世界の戦場で、ロボヲタが無双する
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

幽閉されし王女が護衛の女騎士(♂)から攫われて、隣国で幸せになる話
【緑の魔女】と蔑まれし幽閉王女が、美貌の女騎士から溺愛されて幸せになるまで ※なお女騎士の正体は女装した隣国の皇子であるとする

― 新着の感想 ―
[良い点] 夜のお出かけ……∑(゜Д゜) 次話はあのシーンですか!? [一言] マヤの(というかゼロサレッキの)使える能力の下位互換な商品をわくわくしながら持ってきてあっけなく袖にされるオズウェル………
[一言] 人間味が出てきましたかね。
[一言] オズウェルって……誰だっけ?と一瞬思い、ああ、紫目の薔薇眼鏡かと思いました。大商人というわりに、マヤちゃんにふられてばっかりな眼鏡ですね。 美ショタ旦那様とピクニックだ♪手づくお弁当いいで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ