第33話 ざまぁ代行完了
現れたピンクブロンド髪の美少年を見て、キアラ・ブリスコーは目の色を変えた。
彼女のストライクゾーンは広い。
イケオジ執事から美ショタまで、美しい男なら誰でも侍らせたいウーマンなのである。
当然この美ショタ様も、逆ハーレム要員に加えたい。
候補の1人だった【聖騎士】君が、骸骨兵にされてしまったことでもあるし。
それにこの美ショタ様は、身なりも良い。
おそらくは富豪の息子か、貴族令息だ。
親はこの街で、影響力もあろう。
マヤ・ニアポリートを排斥するためには、この美ショタ様を味方につけたいとキアラは考えていた。
気になるのは、周囲の反応。
美ショタ様を見て、ウィンサウンドの住民達はやたらザワザワしているのだ。
「か……カイ……」
「バッカ! 超オモシロそうな展開じゃねえか! 余計なことを言うな!」
住民の1人が何かを口走ろうとしたが、隣の者から肘で脇腹を突かれ黙ってしまう。
そんな彼らの様子を見て、美ショタ様は有名人――すなわち、権力者の息子であるという予想を確信に変えるキアラ。
彼女は必死で訴えた。
辺境伯の正体が、首なし騎士だったと 。
美ショタ様は「ほうほう」と頷きながら、真面目に話を聞いてくれている。
一方周囲で見守っているウィンサウンドの住民達はというと――何だか苦しそうだ。
「腹が痛てえ!」とか言いながら、悶えている。
涙を流している者もいた。
持病の癪かもしれない。
しかし、キアラは無視した。
先ほど自分をバカにしたり、怒ってきた連中なのだ。
「せいぜい苦しむがいいのですぅ」と、【聖女】様は聖女らしからぬことを思っていた。
キアラの話をひと通り聞き終わった後、美ショタ様はこう提案する。
「神聖教会ウィンサウンド支部の神父様と協力して、不死者と化した辺境伯を討つべきですね」
「良かったですぅ。この街にも、神聖教会の支部があるのですねぇ」
「俺が御案内しますよ、【聖女】様」
キアラはスキップしながら、美ショタ様の後をついていった。
聖女扱いしてもらえて、気分が良いのだ。
キアラ達を見ていたウィンサウンドの住民達は、激しく咳き込んだりのたうち回ったり。
あいつらは、マヤ・ニアポリートから呪いか何かをかけられているのかもしれない。
いい気味だ――と、キアラは心の中でニヤニヤが止まらなかった。
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美ショタ様に案内され、キアラがやってきた建物。
それはどこからどう見ても、ズタボロな廃墟だった。
「ここが神聖教会、ウィンサウンド支部です」
美ショタ様からにこやかに紹介されて、キアラの目は点になった。
しばらく固まっていると、廃墟の奥から中年の男性がバタバタと走り出てくる。
この支部を1人で切り盛りする、神聖教会の神父だ。
「これはこれはキアラ様。ようこそお越しくださいました。……って、あなた様は!」
神父は【聖女】であるキアラよりも、美ショタ様の来訪に驚いているようだ。
何か言いたげに口をパクパクさせていたが、美ショタ様が「シーッ」という仕草をしたので黙ってしまった。
そのタイミングで、唖然としていたキアラが我に返る。
彼女は神聖教会ウィンサウンド支部の有様を見て、怒りの声を上げた。
「支部が、こんなにボロボロの教会だなんてぇ……。ザネシアン辺境伯は、神聖教会を弾圧していたのですねぇ!」
「決してそのようなことは! 辺境伯閣下は、当教会に資金援助をして下さっているのです。この地ではマイナーである神聖教会が、経営破綻しないようにと……」
なぜか神父は、美ショタ様を見ながらアワアワとしている。
美ショタ様の方はというと、クスクスと笑いながら神父とキアラを見守っていた。
「そう! その辺境伯閣下は、不死者だったのですぅ! 全身鎧の下にある正体は、首なし騎士だったのですぅ! 本物はきっと、マヤ・ニアポリートに殺されているのですぅ!」
「は……はいぃ?」
――何言ってるんだ? コイツ?
という目で、神父はキアラと美ショタ様を交互に見ながら戸惑っていた。
「キアラはしばらく、このウィンサウンド支部に留まるのですぅ! 【聖女】であるキアラが何度も街頭演説して、マヤ・ニアポリートの悪事をぶちまけるのですぅ! 住民達の目を、覚まさせるのですぅ! そして皆で、死霊の巣窟たるウィンサウンド城に攻め入るのですぅ!」
「ええ……」
キアラの滞在&城攻め宣言に、神父は心底嫌そうな顔をする。
そんな彼に、美ショタ様がこっそり耳打ちした。
「とにかく、【聖女】様のことを頼むよ。援……の額を……3倍に……から……」
「えっ!? 本当ですか!? 閣……坊ちゃん」
「坊ちゃんは、やめてくれよ」
美ショタ様と神父の何やら怪しげなやり取りは、キアラの耳には入らない。
【聖女】様はただただ、マヤ・ニアポリートへの雪辱を晴らすことに燃えていた。
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そんなキアラ達の様子を、建物の陰から見守っている者達がいた。
マヤ・ザネシアンと、レイチェル・オライムスだ。
「お嬢様は、あの愚かで無力な【聖女】を殺さないのですか?」
「愚かで無力だから、生かしておいた方がいいのよ」
【聖女】の【天職】には、変わった特性がある。
それは常に、世界で1人だけしか発現しないということ。
キアラが【天職】を発現させることができたのは、先代【聖女】がすでに亡くなっていたからだ。
逆にいえば、キアラが死んだ場合は次代の【聖女】が生まれてきてしまう。
その者が強く賢かったら、自分の脅威になるかもしれないとマヤは考えていた。
自分は魔力量の差でキアラを圧倒できているが、本来【聖女】は【死霊術士】の天敵である。
「せめてこのウィンサウンドから、叩き出した方がよかったのでは?」
「そこは、ちょっとした仕返しね」
鉄板の上で焼かれ、苦しみ抜いて死んだ破滅ルートのマヤ・ニアポリート。
彼女に同情した神崎真夜は、「セイント☆貴族学園」の主人公たるキアラ・ブリスコーが苦労する道を選ぶよう仕向けたのだ。
「このウィンサウンドの住民達は、私が掌握したわ。そんな中で私を糾弾するなんて、確実に嘘つき呼ばわりされるわね」
あの処刑エンドで見た【聖女】が、すでに転生者のキアラ・ブリスコーだったのかは分からない。
表情から判断するに、今のキアラと同じ魂が入り込んでいた可能性は高いが。
この世界線では、マヤ・ニアポリートの処刑は起こっていない。
それもあり、真夜はキアラの命までは取るまいと思っている。
【死霊術士】は紫色の瞳で青空を見上げ、自分と同じ容姿の人物を幻視した。
嘘つき呼ばわりされたまま死んでいった、悪役令嬢の姿を。
「これで、仇は取ったということにしておきなさい。マヤ・ニアポリート」
「……? 旧姓ですが、マヤ・ニアポリートはお嬢様ご自身では?」
「ふふっ、そうね。もうマヤ・ニアポリートは――マヤ・ザネシアンは私自身」
マヤとレイチェルは教会に背を向け、歩き出す。
今の居場所――ウィンサウンド城へと帰るために。
そんな彼女達に、笑顔で付き従う男がひとり。
先程までキアラを護衛していた、【聖騎士】君である。
彼は不死者になど、されてはいなかった。
キアラが見た骸骨姿は、幻。
死霊の魔導士四天王のひとり、ナーガノートが使った幻影魔法だ。
彼は神聖教会を辞め、辺境伯軍所属の戦士に転職する。
ワガママ【聖女】を護衛するのにも、彼女にヘコヘコする教会上層部や実家にもウンザリしていたのだ。
それに教会から貸与されていた聖剣も折られてしまったので、王都に帰ったら始末書では済まないらしい。
【聖騎士】君の腰には、新しい剣があった。
ドワーフゾンビが打った非常に強力な魔剣で、マヤが聖剣の代わりにプレゼントしたものだ。
強力な魔剣をゲットし、気に入らない【聖女】や実家からも解放された【聖騎士】君。
おまけに辺境伯軍は、神聖教会よりお給料がいい。
【聖騎士】君はウッキウキの足取りで、マヤ達についていった。
彼は知らない。
辺境伯邸で会った偽辺境伯こと首なし騎士のゲオルグから、後に戦闘訓練で死ぬほどシゴかれることを。
今の辺境伯軍は傭兵や冒険者の寄せ集めではなく、マヤの不死者相手に地獄の戦闘訓練を行う猛者たちなのだ。
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