第32話 【聖女】と噴水
「マヤ・ニアポリート……。あなたは、いつから応接室の中に……」
「もう、マヤ・ザネシアンです。最初から居ましたよ? キアラ様は、気付きませんでしたか?」
もちろん、キアラをからかうマヤの嘘である。
ゼロサレッキの空間魔法で、部屋の外からワープしてきたのだ。
生きている人間は異空間に籠ったりすることはできないが、ある地点から別の地点へと瞬時に転移することは可能だ。
短距離転移でも、莫大な魔力を消費してしまうが。
「王都の時といい、あなたはどんなズルをしているのですか!? 不死者に神聖魔法が効かないのは、おかしいのですぅ!」
「ズルとは人聞きの悪い。まだ力の差が、理解できないようですね」
マヤが指を打ち鳴らすと、さらに4体の骸骨が応接室内に出現した。
「死霊の魔導士……。しかも4体……だと? もう、終わりだ……」
【聖騎士】君の表情が、絶望に染まる。
それもそのはず。
1体だけでも、勝ち目がない相手だ。
「私はこの地に、死霊の王国を築くつもりです。誰にも邪魔はさせません」
首なし騎士、極東屍人に加え、4体のリッチ。
高位不死者達を周囲に侍らせながら、マヤは魔王じみた笑みを浮かべた。
【聖騎士】君は、完全に戦意を喪失。
応接室の床に手と膝を突き、項垂れてしまう。
「ちょっとぉ! 最後まで、頑張るのですぅ! 頑張って、キアラをここから逃がして……」
【聖女】様は身勝手なことを言いながら、【聖騎士】君の肩を掴んで揺さぶった。
項垂れていた頭が上がり、キアラの方を振り向く。
そこに、いつもの精悍な顔は存在していなかった。
「ひっ! ひぃいいいいいっ!」
キアラは悲鳴を上げる。
【聖騎士】君は、完全に白骨化していた。
王都の時と同じだ。
骸骨兵と化した【聖騎士】君の暗く窪んだ眼窩を見つめたまま、キアラはまたしても失神した。
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「……ハッ! ここは?」
意識を取り戻したキアラは、ガバッと身を起こした。
周囲を見渡してみれば、ウィンサウンド城の応接室ではない。
ウィンサウンド市街地にある、広場だった。
キアラは噴水前のベンチに、寝かされていたのだ。
太陽の位置は、まだ高い。
ウィンサウンド城の応接室で気を失ってから、さほど時間は経っていないようだ。
ベンチから降りたキアラは、護衛である【聖騎士】君の姿を探すが――いない。
その瞬間、彼女は思い出した。
応接室で、白骨と化していた【聖騎士】君の姿を。
「骸骨になったのに、動いていたのですぅ……。きっとあの【死霊術士】から、死霊術で不死者にされて……ん?」
キアラは気付いた。
周囲を行き交う通行人達が、やたらと自分をジロジロ見ている。
最初は自分が、可愛すぎるためかと思っていた。
だがどうも、視線は顔ではなく下半身に集中しているようだ。
視線を下へと向ける前に、子供の声で原因が分かった。
「ママ~。あのお姉ちゃん、お漏らししてるの~?」
スカートや下着が、べちゃりと貼り付く感覚。
【聖女】様はビビり過ぎて、またしても聖水を垂れ流してしまったのだ。
慌てたキアラは、そのまま腰まで噴水にザブン。
お漏らしの証拠隠滅を試みる。
しかし神官服のスカートが透けてしまい、余計に恥ずかしい思いをする羽目になった。
ウィンサウンドの住民達も、同情したようだ。
1人の主婦らしき女性が歩み寄り、キアラの腰にタオルを巻いてくれる。
「どうした? 神官のお嬢ちゃん」
「何があった?」
と、皆が心配している。
その時、キアラは閃いた。
ウィンサウンド住民達の注目が集まっている、今がチャンスだと。
領主の妻マヤ・ニアポリートの正体をぶちまけ、居場所を奪う絶好の機会だ。
「聞いて下さいなのです! 皆さんは、騙されているのですぅ! 辺境伯の妻マヤ・ニアポリートは、【死霊術士】なのですぅ!」
青ざめ、表情を引きつらせる住民達。
巻き起こる、ざわめきと悲鳴。
キアラが期待したのは、そんな反応だ。
しかし――
「知ってるけど……。いまさら何を言ってるんだい?」
住民達の反応に、キアラは顎が外れそうなほどあんぐりした。
「【死霊術士】なのですよ!? 【死霊術士】! 汚らわしい不死者共を操る、忌まわしき存在なのですぅ!」
キアラがマヤと【死霊術士】の【天職】をディスった瞬間、空気が一変した。
「あ!? てめえ、ヨソモンだろ!? マヤ様のことを、悪く言うんじゃねえよ!」
「これだから、神聖教会の連中は……。死してなお戦い続ける戦士達に対する、敬意がない」
「マヤ様は、この地を守った英雄だよ。中央の価値観を、私達に押し付けるんじゃないよ!」
住民達の怒気に押され、キアラはヨロヨロと後退ってしまった。
「え……英雄? マヤ・ニアポリートが……? あの女はウィンサウンドに、死霊の王国を築こうとしているのですぅ! 辺境伯閣下はすでに殺され、不死者へと変えられていたのですぅ! 首なし騎士だったのですぅ! あの【死霊術士】から、操られているのですぅ!」
両拳を握りしめてブンブン振りながら、お漏らし【聖女】は力説した。
住民達の半数は呆れて興味を失い、残りの半数は怒りのあまりキアラを黙らせようとした時だった。
「それは恐ろしい話ですね」
まだ声変わりもしていない、少年の声が響く。
人垣が割れてキアラの前に現れたのは、ピンクブロンドの髪と青い瞳を持つ美ショタ様だった。
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