第30話 聖女()襲来!
マヤがエロイーズに王宮潜入工作を命じてから、2週間が経過した頃である。
1台の馬車がウィンサウンド都市防壁を通過し、市街地へと入ってきた。
車体に描かれているのは、慈愛と安息の女神ミラディースをモチーフとした紋章。
これは、神聖教会の紋章だ。
乗っているのは、教会の重要人物だという証である。
馬車は広場まで来ると、一旦停車した。
「我慢の限界ですぅ! ちょっと休憩させてぇ! まぁ~ったく、もう! 馬車って、乗り心地が最悪ですぅ。お尻が痛い~」
尻をさすりながら馬車から降りてきた、神官服姿の女。
【聖女】、キアラ・ブリスコーである。
続いて精悍な顔立ちの美丈夫が、馬車から降りてきた。
彼はキアラの護衛である、教会所属の【聖騎士】だ。
本人は知らぬことだが、乙女ゲーム「セイント☆貴族学園」における攻略対象キャラの1人だったりする。
尻をさすり終えたキアラは、周囲を見渡して首を傾げた。
「おかしいですねぇ。『辺境伯領』というからには、もっと過疎ったド田舎だと思っていたのですが……。王都に匹敵する賑わいですぅ」
その言葉を聞いた【聖騎士】君は、呆れた顔でキアラの認識を正した。
「キアラ様。辺境伯領は、国境沿いに位置する要地。隣国との交易で栄えていますし、国防の面から強い軍事力も備えております。治める辺境伯閣下も、実際には侯爵相当の影響力を持っておられます」
「そそそそんなこと、知っているわよぉ。バカにしないでよぉ」
青い瞳を泳がせるキアラ。
もちろん、知らなかったのである。
「しかし私が聞いていたよりも、遥かに発展しているような……。もはやザネシアン辺境伯の力は、公爵クラスと言えるかもしれません」
「悪役令嬢のクセにお金や権力のある家に嫁いだかと思うと、面白くないのですぅ。悪役令嬢らしく、没落エンドを迎えるべきなのですぅ」
自分が第1王子に働きかけ、辺境伯に嫁がせたことなどキアラはさっぱり忘れている。
そして「面白くないことは、もうひとつある」と言いたげに、道ゆく通行人達に非難の眼差しを向けた。
「それにしても……この都市の住民達は、どうなっているのですかぁ? 【聖女】であるキアラが来てやったのに、出迎えのパレードとかはないのぉ? さっきの門番達も、胡散臭そうにキアラ達を見ていたしぃ。敬意が感じられないですぅ」
「辺境伯領は、神聖教会の教えがあまり普及していない地域。仕方ありません」
「まあ! 女神様の教えを知らないだなんて、下賤な人達ですねぇ」
「キアラ様、声が大きいですよ? 何人かが、睨んでいます」
「そんな連中、【聖騎士】のあなたが叩きのめしてしまえばいいですぅ。神聖教会の力を、示すのですぅ」
「勘弁してください。常に魔物や他国の脅威に晒されている辺境伯領の住民達は、皆が精強です。傭兵や冒険者は元より、街のチンピラでも油断はできますまい」
「つまらない男ですねぇ」
実はこの【聖騎士】君、乙女ゲーム内では主人公から「つまらない男」と挑発されると好感度が上がる。
「真面目に生きなければ」と、自分自身を縛っていた心の鎖。
それを解くきっかけをくれる主人公に、好意を抱いていくという展開だ。
しかしこの世界は、ゲームに似ているがゲームではない。
普通にキアラは、「ムカつく女」と思われてしまう。
【聖騎士】君は、顔をしかめた。
さすがのキアラでも、彼の好感度が下がったことは感じ取れる。
(あれ? おかしいですぅ? ゲームならこれで、好感度が上がったのにぃ)
キアラは疑念を浮かべた。
しかし彼女は、自分に都合のいいようにしかものごとを考えられない女である。
(まあいっか。キアラの『みりき』なら、まだまだ挽回して逆ハーエンドに辿りつけますぅ)
と、開き直った。
キアラは第1王子の婚約者になるだけでは飽き足らず、全ての攻略対象を侍らせる逆ハーレムエンドを狙っているのだ。
そのためにはまず、マヤ・ニアポリートを排斥しなければならない。
自分に都合のいいようにものごとを考える癖のあるキアラだが、ゲームの強制力というものは恐れていた。
彼女が愛読していたゲーム世界転生系のウェブ小説では、不思議な力が働いてゲームと同じような展開に向かうというのがお約束である。
悪役令嬢であるマヤ・ニアポリートは、放置しておくとキアラにとって都合の悪いことをしてくるはずだ。
ゲームでハッピーエンドを迎える時のように、潰しておかなければ。
キアラはそう考えていた。
彼女にとってこの世界の住民達は、ゲームキャラに過ぎないのだ。
「さぁ、辺境伯邸へと向かうのですぅ。あのムカつく【死霊術士】の正体を辺境伯に密告って、この辺境伯領にすら居られなくしてやるのですぅ」
王都での不死者パレード以来、キアラはマヤの存在を脅威に思っていた。
ゲームと違い、魔力が強大過ぎる。
なので直接は戦わず、居場所をなくしてやることで没落へと追い込むつもりだ。
「先ぶれもなく、貴族の屋敷を訪問するのは非礼に……」
「それは、平凡な貴族の話ですぅ。神聖教会の【聖女】にして、第1王子ギルバート様の婚約者でもあるキアラですよぉ? 訪問した瞬間に、『ははーっ!』ってなるに決まっていますぅ」
再び馬車に乗り込むキアラ達を、ウィンサウンドの住民達は白い目で見ていた。
しかし中には、赤い視線も混じっている。
1匹のカラスが建物の上から、キアラ達を観察していたのだ。
血のように、真っ赤な瞳で。
やがてカラスは飛び立ち、ウィンサウンド城の方角へと向かっていった。
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