第29話 貴女は本当に、どうしようもない変態ね
マヤ・ザネシアンが不死者達を使った領地強化に乗り出してから、1ケ月が経過しようとしていた。
ドワーフゾンビ達の指導により、辺境伯領の鍛冶技術は短期間で劇的に向上しつつある。
ウィンサウンドで売られる武器・防具は、王都の最高級品を遥かに超える品質になってきていた。
それらは行商人の手により王都や他領へも送られ、売られ始めている。
今後ザネシアン辺境伯領は、経済的にも潤っていくことだろう。
不死者達の力を借りた領地強化は、鍛冶技術の向上だけに留まらない。
マヤ・ザネシアンは死霊の魔導士四天王も、各所に派遣した。
冒険者ギルドや魔法学校、辺境伯軍魔法部隊で、魔法の講師役をやらせたのである。
生前の彼らは大魔導士と呼ばれ、死後も長年魔法の研究を続けた者達。
その技量・知識量は凄まじい。
講師としては、これ以上ない人材だ。
もう、人ではないが。
辺境伯領の傭兵や冒険者達は、高品質な武器・防具と優れた魔法技術を手に入れ力をつけていった。
彼らを中心に組織される、辺境伯軍も確実に強くなってゆく。
同じくして首なし騎士のゲオルグや極東屍人の麗花といった高位不死者達は、次々とアイテムをマヤの元へと持ち帰った。
迷宮を探索して得た財宝や、希少な鉱石。
大森林の強大な魔物を討伐して入手した、素材などである。
『ぐははは! ほれ、お嬢! 南の迷宮地下200階で、オリハルコンとアダマンタイトを取ってきたぞ!』
「アタシはヒヒイロノカネと、極大魔力結晶を手に入れたアルよ」
不死者達は食事の必要もなく、おまけに疲れ知らず。
なのでマヤが供給した魔力さえ切れなければ、何日でもぶっ続けで迷宮に潜ることができるのだ。
そのため人類が踏破したこともないような、とんでもない深さまで探索してしまう。
迷宮というものは不思議なもので、深い階層に行くほど強力なアイテムが手に入るのである。
そのぶん出現する魔物も、凶悪な強さになっていくが。
「ふーむ。レア素材が、大量に集まってきたわね。ドワーフゾンビ達に、旦那様の新しい全身鎧でも作らせようかしら? もっと頑丈で、動きやすいやつを。それからレイチェルの短剣や、クレイグのカタナも新調して……」
MMORPGの廃人プレイヤーだったマヤは、レベル上げだけでなく装備を強化するのも大好きである。
しかし【死霊術士】は武器を持って戦うタイプの【天職】ではないため、自分の装備を強化していく楽しみは味わえない。
代わりに味方の装備を強化して、遊びたいのである。
ドワーフゾンビ達が自らの手で作り出す武器・防具は、過剰性能過ぎて流通させられない。
しかしレイチェルやクレイグといった規格外の達人なら、手に余らせることもないだろう。
カインは尊い美ショタなので、強力な鎧で守らなければ。
あれこれとマヤが企んでいるうちに、2ケ月が経過した。
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ある日マヤは、ウィンサウンド城のテラスにいた。
庭園を眺めながら、優雅にティータイム中である。
お付きのメイドである、レイチェル・オライムスの姿は見当たらない。
近くには、誰もいないはずだった。
だがマヤは、誰かに向かって語りかける。
「こんな庭の奥まで勝手に入り込んでくるなんて、いけない人ですね」
「非礼をお許しください。どうしても今いちど、あなたにお会いしたかったのです。死霊の姫君よ」
漂う薔薇の香り。
茂みを搔き分けて出てきたのは、眼鏡をかけた細身の美男子。
オズ商会の若き当主、オズウェル・オズボーンである。
オズウェルはまんまと忍び込んだつもりだろうが、真相は違う。
マヤがわざと通したのだ。
そうでなければ、彼はレイチェルからサイコロステーキにされている。
美人屍肉ゴーレムメイドは、今この瞬間も隠れてマヤを護衛しているのだ。
そんな状況を知ってか知らずか、オズウェルは得意気に眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「オズウェル様は、【死霊術士】への忌避感がないのですね。ひょっとして、この辺りの生まれなのかしら?」
「いいえ。私の故郷は、ここでも王都でもありません。もっと遠くですよ」
オズウェルは意味ありげに、西の空を見やった。
「今日はザネシアン辺境伯……私の夫と、商談に来たのでしょう? もう、済んだのですか」
「驚きましたよ。あの時の少年が、辺境伯閣下だったとは。……商談は、おかげ様で順調に。我が商会で扱っている最新肥料を、しばらく試してくださるそうです」
「肥料?」
「ご存じなかったのですか? 辺境伯閣下は郊外の丘で、花を大量に育てているそうですよ? 鎮魂花という品種です」
そういえばレイチェルからの報告にあったような気がすると、マヤはおぼろげに思い出していた。
花に興味がない彼女は、さして重要な情報ではないと判断し、忘れていたのだ。
「情報収集は、我々商人の基本ですからね。……そうそう。この間王都に立ち寄った時、耳にしたのですが……」
オズウェルは眼鏡をキラリと光らせてから、もったいぶったように話し始めた。
「【聖女】キアラ・ブリスコー様が、近々この辺境を訪問するという噂があります」
「ふうん。こんな辺境まで、わざわざ……ですか……。ヒマなのかしら? 第1王子ギルバート殿下の婚約者になったのだから、色々と忙しいでしょうに」
「まだ、王妃教育は始まっていないそうですよ。なんでも【聖女】として、『辺境に巣食う邪悪なる存在を討ちに行く』と息巻いておられるのだとか」
マヤは不敵に笑った。
「王都で大人しくしていれば、こちらからは手を出さないつもりだったのに。……今度はお漏らしぐらいでは、済まないかもね」
「死霊の姫君よ。貴女は怖い人だ」
「その怖い私に近づくなんて、オズウェル様は命知らずですね」
「怖い以上に、貴女の美しさは私を惹きつける」
またもオズウェルは、懐から紫色の薔薇を取り出した。
マヤは、面倒臭そうに受け取る。
「奥様を口説いていたことが辺境伯閣下にバレてしまう前に、退散させていただきます」
オズウェルが指を打ち鳴らすと、花吹雪が巻き起こる。
それが収まると、彼の姿は忽然と消えていた。
強い薔薇の香りを、庭園に残して。
「あの花吹雪……。オズウェル様の【天職】は、【植物魔法使い】かしら? ……それにしても、また『カーミラクィーン』?」
マヤは手元の薔薇に、胡乱な視線を向ける。
その時、念話の魔法が彼女の脳内に響き渡った。
『こんな平凡な花に、「カーミラクィーン」などと名付けるとは……。本物の吸血鬼の女王はもっと美しく、もっと危険な存在ですのに♡』
テーブルを挟んだ、向かい側。
マヤの眼前に、ボンデージ風ファッションの女が現れた。
露出度が高い衣装のため、豊満な肢体がこれでもかというほど強調されている。
長い銀糸の髪に、煌々と輝く真っ赤な瞳。
魅惑的な唇からは、少しだけ牙が覗いている。
彼女こそ、本物の吸血鬼の女王。
マヤの配下、エロイーズだ。
「エロイーズ。お馬鹿な【聖女】はともかく、第1王子や王家がちょっかいを出してきたら面倒だわ。王城に潜入して、工作なさい」
「けっこう、手間がかかりそうなお仕事ですのね。上手く行ったら、何かご褒美をいただけませんかしら? カイン様の血と精を、ちょーっとだけ味見させていただけたりとか♡」
「意地汚い吸血鬼の女王には、躾けが必要なようね」
マヤはゼロサレッキの空間魔法で、木製の細い棒を取り出した。
長さは80cmほど。
ケインと呼ばれる、一本鞭だ。
自らの手を軽くペシペシと叩き、エロイーズを脅すマヤ。
しかし吸血鬼の女王の反応は、誠に残念なものだった。
「はぁ♡ はぁ♡ ご主人様に躾けていただけるのは、それはそれでご褒美ですわね♡」
エロイーズは恍惚とした表情で、身をくねらせる。
「貴女は本当に、どうしようもない変態ね。王宮内の人間は、何人眷属にしてしまっても構わないわ。男も女も、好きなだけ侍らせなさい」
「わお♡ 血を吸い放題のヤリたい放題だなんて、ご主人様太っ腹ですわね♡」
「さあ、行きなさい」
マヤは『カーミラクィーン』の薔薇を、エロイーズに弾いて寄越す。
本物の吸血鬼の女王が、自分の種族名を冠した薔薇をキャッチした瞬間――
紫色の薔薇は一瞬で朽ち果て、干からびてしまった。
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