第28話 たとえ火の中水の中アルよ
ウィンサウンド城内に戻ってからも、マヤ・ザネシアンの体調は優れない。
カインは心配し、【魔神のエンブレム】を外すよう促した。
しかしマヤは、「寝てれば治りますから」と頑固に拒否してしまう。
実際、その通りになった。
最初は寝込んでしまったマヤだが、日に日に体調は回復。
1週間で、全快してしまう。
無論、【魔神のエンブレム】は装着したままだ。
寝る時も、寝間着の上から着けていた。
風呂にさえ、持って入る。
彼女はウィンサウンド城の庭園に出ると、元気になった姿を配下の死霊の魔導士四天王達に見せた。
『おいおい。お嬢様は、まだそんなスピードで伸びるのか?』
『もう、18歳でしょうに。普通はそれくらいの年頃から、伸びにくくなるものですよ?』
『あははっ。お嬢様は、とんだバケモノだね~』
宙に浮くおどろおどろしい骸骨4体から、「バケモノ、バケモノ」と畏怖されるマヤ。
なんともシュールな光景を、カインは首を傾げながら見守っていた。
マヤの何が伸びているのか。
そして【魔神のエンブレム】はどういう効果を持っているのか、彼にはさっぱり分からない。
「ひょっとして……身長か? あまり伸びているようには、見えないが……。見てろ。俺だって、そのうち父上みたいに高く……」
「いったい何の話ですか? ……それより旦那様、ご提案があります。私の死霊術で、領地を強化しましょう」
マヤには懸念があった。
狼型不死者の群れ。
スカラベゾンビの大群。
そして噴水の中から現れた、巨大不死者スライム。
謎の不死者達による襲撃が、また起こる可能性は高い。
そんな時、今回みたいな体調不良でマヤが死霊術を行使できないと領地の危機だ。
辺境伯軍は元々精強だが、さらなる強化が必要だった。
「領地を強化? 死霊術で? それは構わないが……。具体的には、どうするんだ?」
「まずは、経済と産業の強化です」
マヤがパチンと、指を打ち鳴らす。
するとゼロサレッキの空間魔法で、ゾンビ達がワラワラと異空間から出てきた。
ずんぐりむっくりな体型に、頭の両端から生えた角。
髭をモジャモジャに生やした彼らは、ドワーフ族のゾンビである。
「ドワーフ族だと!? 彼らは近年数を減らし、絶滅寸前だと聞いていたが……」
「ええ。王国が彼らを奴隷扱いし、無茶な生産活動をさせ続けたせいですね。ドワーフのものづくりにかける情熱につけ込んだ、やりがい搾取です」
「ひどいことをする……」
「今は不死者になったので、私の魔力がある限り永久に生産活動ができるのですが」
「それもなんだか、王国のやり口と変わらないような……」
言いかけたカインに、ドワーフゾンビ達の怒号が飛んだ。
「うるせえ! 俺達はお嬢様の力になりたくて、好きでものづくりやってんだ!」
「そうだ! 王国のクソ共と、お嬢様を一緒にするんじゃねえ!」
「お嬢様は、俺達に疲れ知らずの体を与えてくださったんだぞ!? 好きなだけものづくりに没頭したいという願いを叶えてくれた、女神様なんだよ!」
興奮するドワーフゾンビ達をなだめ、マヤは話を続けた。
「彼らは素晴らしい鍛冶技術を持っています。技術を辺境伯領の鍛冶屋に伝えれば、優れた武器・防具を生み出してくれることでしょう。領地の技術・経済が発展するとともに、辺境伯軍の装備強化につながります」
「ん? ドワーフ達が、直接武具を作ってくれるわけじゃないのか?」
「最近のドワーフゾンビ達は、異空間内で技術を極め過ぎました。彼らが自身の手で生み出す武具は過剰性能過ぎて、市販品としてはもう流通させられません。……それに彼らは、伝えたいのです。失われゆくドワーフ族の技術を、誰かに。後世に」
ドワーフゾンビ達は雄叫びを上げると、市街地の方へと走り出した。
気に入った鍛冶屋を見つけ、押し掛け師匠をやるつもりなのだろう。
幸い彼らは、顔色が悪いこと以外あんまりゾンビっぽくない。
腐臭もしないよう、マヤが死霊術でケアしているのだ。
街の人々もマヤの死霊術には慣れてきているので、怖がられはしないだろう。
「錬金術や薬の調合に優れた、エルフのゾンビ達もいます。ですが彼らに、技術継承は無理でしょう。生前も長寿だったゆえか、後世に技術を伝えたいという欲求が皆無です。引き続き、異空間内で薬を作り続けてもらいます」
「異空間内では、いつも不死者達にそんなことをさせていたのか……。ドワーフ達が鍛冶に使う鉱物や、エルフ達が薬に使う薬草はどうやって調達していたんだ?」
「それはレイチェルをはじめとする戦闘力の高い不死者達に、採りに行ってもらっていました。彼らは危険な魔物が巣食う領域や、迷宮の奥深くまで踏破できるので。……ゲオルグ、麗花」
『お嬢! 我輩の出番か!?』
『最近出番がないから、退屈していたアルよ』
マヤの呼び掛けに応じ、2体の不死者が出現した。
「旦那様、紹介いたしますね。まずは首なし騎士のゲオルグ」
ゲオルグと呼ばれた不死者は、以前までのカインと同じような全身鎧姿。
ちょっと違うのは、首が胴体から離れている点だ。
兜で覆われた自らの頭部を、片手で脇に抱えている。
もう片方の手では、大剣をクルクルと回していた。
普通の戦士なら、両手でも扱いきれないような重い大剣。
それを軽々と。
「女の子の方は、極東屍人の麗花」
麗花と呼ばれた美少女は、エキゾチックな東方の衣装に身を包んでいた。
せっかくの美少女なのだが、額に貼られたお札で顔の一部が隠れてしまっている。
彼女は演武を披露した。
鋭く空を切る突き。
鞭のようにしなる蹴り。
最後にハイキックを放った姿勢で、ピタリと静止してみせる。
息を呑むほどに美しく、鋭い演武だった。
生前は若くして、「武神」と呼ばれていただけはある。
「ゲオルグと麗花には、迷宮探索や大森林の魔物討伐を担当してもらいます。辺境伯領周辺の迷宮は、未探索よね? 大森林の魔物討伐では、冒険者達の仕事を奪わないようにね。彼らでは討伐できない、強力な魔物だけを狩るのよ」
『了解した。迷宮から財宝や貴重な鉱石を、ドッサリ持ち帰ってきてやろう』
「討伐した、魔物の素材もアルよ。マヤ様のためなら、たとえ火の中水の中アル」
『麗花。キョンシーのお主は、火に弱かろうが』
「うるさいアルな。マスターの闇属性魔力に守られてるから、ちょっとやそっとの火じゃ効かないアルよ。……それじゃ、行ってくるアル」
ゲオルグと麗花は言い争いながら、煙のように姿を消した。
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