第24話 ✕:一途で健気 ○:ヤンデレ
ザネシアン領の中心である、城塞都市ウィンサウンド。
都市部をぐるりと取り囲む防壁内には、辺境伯軍の詰所が複数設置されている。
そんな詰所の地下室に、マヤとレイチェルは居た。
「やっぱり、間違いないわね。屍肉を繋ぎ合わせた痕がある。……野生のものじゃなく、人の手で生み出された人工不死者よ」
「ワタクシの体と、同じ……いえ。さらに禍々しく、改造されているようですね」
2人は昨日討伐した、狼型不死者の死骸を検分していた。
スカルタイタンから挽肉にされたり、レイチェルからサイコロステーキにされてしまった個体も多い。
だが比較的原形を留めている死骸は、詰所地下に運び込まれていたのだ。
不死者は再生不可能な程に破壊されると、塵や霧となって消えてしまうものも少なくない。
情報源となる死骸が残ったのは、幸運だったといえる。
「ウィンサウンド上空に集まったスカラベの大群も、不死者だったわ」
「【死霊術士】であるお嬢様が仰るなら、間違いありませんね。……何者かが、暗躍している」
2人は視線を交わし、頷き合った。
――敵はマヤと同じ、【死霊術士】。
「……ふん。この【死霊術士】は、分かってないわね。無闇やたらと、死体を改造すりゃいいってもんじゃないわ」
狼型不死者は、体中の至るところに牙の生えた口がある。
眼球すらなく、口に置き換えられていた。
こういった改造を、マヤは好まない。
生前の肉体と不死者としての肉体がかけ離れると、死霊が動かそうとしても上手くコントロールできないことが多いのだ。
なので彼女は、極力生前の姿のまま不死者化する。
スレイプニルの場合は、本人(本馬?)が「足がもっと欲しい!」とゴネたので仕方なくだ。
「虫を不死者化するのも、減点よ。虫では、本当に強い不死者にはなれない」
強い不死者になるために、必要なもの。
それは「情念」だと、マヤは考えている。
この世への未練や執着。
不死者化してでも、何かをやり遂げたいという決意や渇望。
そういった強い情念が、戦闘力の高い不死者を生み出すのだ。
情念を持たない虫では、不死者化しても強さの限界値が低い。
マヤが莫大な魔力を注いだとしても、レイチェルや死霊の魔導士達ほどの存在にはなれないだろう。
「ワタクシがクレイグ様を通して、カイン様に報告いたします。狼型不死者やスカラベゾンビ達が、人の手によって作られたこと。そして敵が、【死霊術士】の【天職】持ちである可能性が高いということを」
レイチェルはメイド服のスカートをひるがえし、地上へと昇る階段に向かおうとした。
しかし――
「そんなことをしなくても、私が直接旦那様に伝えるわよ」
背後からマヤに止められたレイチェルは、階段を行き過ぎた。
そのままゴチン! と、壁に頭をぶつけてしまう。
クールビューティ、レイチェル・オライムスらしくない間抜けさだ。
「左様ですか……。ワタクシはお嬢様に、忠誠を誓っている身。従います」
レイチェルは、相変わらずの無表情。
しかし酷くガッカリしているように、マヤには感じられた。
「レイチェル……。ひょっとして貴女、クレイグに会いたかったの?」
コクリと頷くレイチェル。
マヤはようやく、重大な勘違いに気付いた。
レイチェルがクレイグ・ソリィマッチに抱く感情は、憎しみなどではない。
「はい……。実は生前工作員をやっていた頃、【剣鬼】クレイグ様には助けていただいたことがございまして……」
レイチェルは帝国への危険な潜入任務で、重傷を負ってしまったという。
なんとか王国領までは、帰って来れた。
だが国境を越え追ってきた帝国兵に囲まれ、絶体絶命の危機。
そこを若き日の傭兵クレイグが、乱入して助けたのだ。
「当時の彼は今のようなスマート紳士ではなく、ワイルドな剣士でした。しかし美しい剣技は、今と全く変わらない……。カッコ良かったです……。しかも血まみれのワタクシに、肩を貸してくださって……。その日からずっと、クレイグ様をお慕いしておりました」
「そう……。貴女が肉体を欲しがったのは……」
クレイグに、見てもらいたかったのだ。
実体を持つ姿で、彼と再会したかった。
何と一途で健気なのだろうと、マヤは思ったのだが――
「はい。あわよくば、彼に抱かれたいと思いまして」
いきなり生々しい話になって、マヤの眼鏡がずり落ちた。
「ご……ごめんなさい。あなたの肉体に、『そういう機能』はないわ」
「残念です。せっかくこのような美しい体をいただいたのに、クレイグ様を落としてもその先ができないとは」
「そのうち、『そういうこと』もできるように改造してあげるから」
「ありがたき幸せ。……あ……しかし、クレイグ様には……」
喜びかけたレイチェルだったが、すぐにまた肩を落としてしまった。
「クレイグ様には、想い続けている女性がいらっしゃるようです」
「へえ。誰かしら? ウチのレイチェルより可愛いコなんて、そうそういるもんじゃないと思うけど?」
「フィリア・ザネシアン様です」
「それって……」
フィリア・ザネシアンは、先代辺境伯ザインの妻。
つまりはカインの母である。
マヤもウィンサウンド城にある肖像画で、顔は知っていた。
カインに似て、とても美しい人だ。
彼女はもう、この世にはいない。
2年前、夫と共に亡くなっている。
辺境伯領を脅かした悪名高き毒竜、ラスティネルと相討ちになったのだ。
(わたくしは……強くなどありません。本当に強ければ……。あの時、もっと力があれば……)
朝稽古の時、ロケットペンダントを握り締めながら呟いたクレイグ。
彼の無念そうな表情が、マヤの脳裏に浮かんだ。
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