第16話 スレイプニル、スクランブル!
マヤ・ザネシアンが辺境伯領にきてから、2週間が経過。
最近の彼女は、嫁いできた頃と大きく見た目が変わっていた。
初夜の晩と同じ、妖艶悪役令嬢フォルムを継続しているのだ。
服装こそベビードールではなく、黒のドレス。
眼鏡もかけているものの、オシャレを重視したデザインだが。
「奥様は綺麗なのだから、おめかししないと勿体ない!」と、辺境伯家の若いメイドからいじり倒されてしまったのだ。
自分がやりたかったことを先にやられてしまって、レイチェルが無表情ながらも不満そうだった。
そんなマヤが自室で読書をしている横で、中年のメイド長がお掃除をしている。
ニッコニコの笑顔で、鼻歌交じりに。
「メイド長、ごきげんね」
「そりゃ、もう。奥様から頂いたアレのおかげで、人生バラ色です」
メイド長はここ1週間で、10歳は若返ったように見える。
顔の皺は減り、お肌も瑞々しい。
マヤが渡した、特殊な美容液を使っているのだ。
「エルフの薬師様が、調合して下さっているそうですね。奥様は、いったいどんなルートで美容液を入手していらっしゃるのですか?」
「秘密よ。注文が増えると煩わしいから、伏せてくれと薬師から頼まれているの」
美容液を調合した、エルフの薬師。
彼は普段、ゼロサレッキの空間魔法で異空間に隠れている。
つまりはゾンビだ。
趣味である薬の研究に数百年間打ち込んでいるうちに、いつの間にか死んで不死者化していたというマッドサイエンティストである。
「希少な薬草や薬の材料を、取ってきてあげる。その代わり、私のために色々な薬を作って」
マヤからの勧誘に、エルフ薬師ゾンビは嬉々として首を縦に振った。
【ゾンビパウダー】も、彼とマヤの共同開発品だったりする。
「他のメイド達も、申しておりましたよ。『この美容液なしの人生は、もう考えられない』って。メイド達だけじゃありません。城の使用人達はみんな奥様に助けられて、感謝しております」
「それはよかったわ。お役に立てて、何よりね」
スキップでもしそうな浮かれ具合で、部屋を出ていくメイド長。
彼女の背中を見送りながら、マヤは自嘲気味に笑った。
「……私ったら、何やってるのかしらね。こんな回りくどい手段を取らなくても、もっと効率よく辺境伯領を掌握できるのに」
【死霊術士】だと公表し、不死者軍団による暴力と恐怖でこの地を支配下におけばいい。
かつて魔王が、そうしたように。
しかしマヤは、その手段を取りたくないと思っている自分に気付いた。
「あの時の私、けっこう傷ついていたのかしら?」
思い出すのは11年前。
7歳の誕生日。
ニアポリート夫妻に【死霊術士】の【天職】持ちだと、カミングアウトした時の光景だ。
ガタガタと震え、目を合わせようともしない夫人の姿。
むしろ「いい気味だ」くらいに、思っていたつもりだったのだが――
「そうか……。私、辺境伯領の人達に嫌われたくないんだ……」
テーブルに肘をつき、マヤはポツリと呟いた。
ニアポリート夫妻や、王都の民達とは違う。
彼らについては、マヤの方から嫌っていた。
しかし辺境伯領の人達に、まだそこまでの悪感情はない。
カインやクレイグがマヤを拒絶しているのは、誤解からくるものだ。
いずれ誤解は解けるだろう。
すでにクレイグ以外の使用人達は、マヤの味方なのだから。
「このままずっと、【死霊術士】だってことは黙っておこうかしらね。……あら?」
マヤにあてがわれている来客用の部屋には、花瓶に入れた青い花が飾られている。
その花が、突然ポトリと落ちたのだ。
まるで地球の椿のように。
元からそういう落ち方をする花だったのかもしれないが、マヤは何となく嫌な予感を覚えた。
その数秒後、マヤは感じ取った。
自分の配下ではない、不死者の気配を。
同時にレイチェル・オライムスが、部屋へと駆けこんでくる。
「お嬢様!」
「分かっているわ、大森林の方角ね。今日は確か……」
「ええ。辺境伯軍が、魔物の間引きに入っています」
指揮を執るのは夫――カイン・ザネシアン辺境伯だ。
執事クレイグ・ソリィマッチも、剣士として帯同している。
「この気配……。かなり強力な不死者ね。数も多い。精強と名高い辺境伯軍でも、危ないわ」
「ワタクシに、行かせてください」
「……ダメよ、レイチェル」
「お嬢様?」
「夫の危機を救うのは、妻の役目。貴女はついてきなさい」
「……では!」
「やはり【死霊術士】は、魔王の【天職】。忌み嫌われるのは、仕方ないわよね……」
「お嬢様……」
「行くわよ、レイチェル。私は辺境伯領を、支配下に置くと決めたの。ポッと出の不死者達になんか、手出しさせない。……旦那様がドン引きするくらい、大暴れしてやるわ」
マヤはレイチェルを引き連れ、ウィンサウンド城内を駆け抜ける。
使用人達が「何事ですか?」と驚いているが、詳しい説明をしている時間はない。
「みんな! お風呂と晩御飯の支度をしておいてね。私はお仕事を頑張っている旦那様に、差し入れを持っていくわ!」
何人かの使用人は、「そんな! 奥様、危険です!」と止めようとしてくる。
しかしレイチェルが手で制すと、皆はマヤに近づくのを諦めた。
玄関の扉を開け放ったところで、スレイプニルが駆けつけてくる。
どうやら厩舎の柵を、破壊してきたらしい。
レイチェルはマヤを抱え、ヒラリとスレイプニルの背に飛び乗った。
前側に座り、手綱を握るのはマヤだ。
「スレイプニル。緊急発進よ」
お読みくださり、ありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。
広告下のフォームを、ポチっとするだけです。




