第九話 女神と言う言葉の意味を考えて欲しいんですが!?
「あら、人間。生きてたのね」
「朝の挨拶にしては随分な言い草だな、ベルベティ。そう簡単に死んでたまるかっての」
「マリエリの部屋で寝てたみたいだから、搾り取られて死んだのかと思ったわ」
「心外です。私だって相手ぐらい選びますよ」
「一番心外なのは、あんただよ!」
なんだよ、『相手ぐらい選びます』って。マリエリは人を何だと思ってるんだ。
「というか、人間が女神とヤったら死ぬってマジなのか?」
朝イチに大部屋で顔を合わせた直後の話題としては、我ながらどうかと思うが、健全な高校生男子としてそこは確認しておかなければならない。
そう、これは使命なのだッ!
「マジですね」
「マジか」
「はい。私たち女神は浄化の力で常に身体ステータスが最良の状態に保たれます。ですので、早い話が、体の中に異物や汚物が入ってくれば、自然と浄化されます。なので、人間のナニが体の中に入ってくれば、それは当然異物として認識されるので浄化されて消滅します。その元になった人間の体ごと」
「……朝イチでする話じゃなかったな」
玉ヒュンどころの騒ぎじゃなかった。ヤったら死ぬって、それなんて地獄? 夢も希望もないじゃないか! せっかくこんなに可愛い女神と一緒にいるってのに!
「ん? でも待てよ。そしたら男の神様ともヤれなくないか?」
「この話題を続けようとする人間の姿勢を、まずは軽蔑してもいいかしら?」
「軽蔑しなきゃいけなくなるほど、俺のことを良く見てくれてたのか?」
「失言だったわ。あまりに下劣な話題だったものだから、あんたを何とも思ってないってことを忘れていたわ」
「ぜひその気持ちを貫いていてくれ」
でないとマリエリに無理矢理恋愛をさせられる。悪いが俺はベルベティみたいな強めな女性はタイプじゃないんだ。
「で、男の神様とヤった場合ってどうなるんだ?」
「あそこまで言われて、それでも聞こうとするその心は何なんですか?」
「好感度が下がるかなって思って」
「遊君は、そういう姑息なことをする男の子だったんですね」
「俺にだって守りたいものぐらいある」
プライドとか尊厳とか。
女神様のオモチャになって好き勝手されるなんて、断じて許せるものじゃない。
「ヤるのは無理でも、チューしたりおっぱい触ったりぐらいは、人間でも出来るはずですよ」
「え、マジで!?」
「ちょっとマリエリ。そのゴミ、早いところ捨ててきてくれない? 臭くって叶わないわ」
「おい待て。俺のどこが臭うって言うんだ!」
「童貞臭いのよ」
「そりゃそうだ。何しろ童貞だからな! 高校時代を二次元と勉強に捧げた俺が卒業してると思うなよ!?」
「そんなに自慢げに言うことなのでしょうか……?」
うるせぇ。ただの自棄だ。生きるだけで死に直面するような世界にいきなり転生させられたら、誰だってこうなるわ!
「で、さっきからリアナは何してるんだ?」
てっきり俺たちの会話がアホ過ぎて入ってこないのかと思ったら、どうやらそういうわけでもないらしい。
ていうか、リアナにアホって思われるのってこの上なく嫌だな。
「ん? ふぁに?」
「うわ……」
「ちょっと、こっち見ないでくれないかしら」
「気持ち悪いですね」
ドSなベルベティが一番オブラートに包んだ反応をしたことに驚きだよ!
ていうか、マリエリ。あんたは辛辣過ぎだ。ストレートに言ってやるなよ。確かに気持ち悪いけどさ。
「ごめんね、夢中になっちゃって聞いてなかったの。何? 私に用事?」
「特別用事はないんだが……。リアナ、あんたは一体何をしてるんだ?」
「食事よ! 見てわかるでしょ?」
確かに食事としか見えない行為だとは思ったけど、それを食事だとは認めたくなかったんだよ! わかってくれ!
「リアナは一体何を食べているのですか?」
「何って、魔物に決まってるじゃない。昨日のが美味しかったから、今朝新しいのを捕まえてきたの。よかったらみんなも食べない? プチプチした食感が最高よ!」
「私は遠慮するわ」
ベルベティ、いち抜け。見るのも嫌なのか、何も言わずに立ち上がるとそのまま大部屋を後にする。
「私もいらないです。女神は食べなくても生きていけるので」
当然ながらマリエリも辞退する。
で、リアナが俺に視線を向けたその瞬間、図ったように腹が鳴った。
「何よ、遊。お腹が減ってたならそう言って頂戴。はい、上げるわ。召し上がれ!」
「いや、違うんだリアナ。今のは間違いで、決して腹が減ってるわけでは──!?」
「そんなにお腹を鳴らしてるのに、嘘はダメ。食べなきゃ死んじゃうわよ?」
食べても死ぬんだよ! とは言えなかった。
なぜかって? リアナに無理矢理口の中に押し込まれたからだよ!
「むぐっ」
「美味しいでしょ?」
得意げな笑みを浮かべるリアナを素直に可愛いと思ってしまった。ちくしょう。
ていうか、なんだよこれは! めちゃくちゃ美味いじゃないか!!
「確かにこの食感は新感覚だ」
「でしょ~? 病みつきよねぇ」
そう言いつつもう一口頬張るリアナ。
その姿を見て思う。もうちょっとビジュアルを何とかしてくれ! と。
いや、美味いんだよ。めちゃくちゃ美味いんだよ。それは間違いない! 噛みしめて味が口いっぱいに広がる感じとか、いい肉を食ってるのに近い感覚になるんだ。
ただ、たださぁ、言っちゃ悪いけど、見た目が食材じゃない。
「どうしたの遊。手が止まってるわよ」
「そりゃあ、手も止まるさ。このビジュアルだぞ!?」
「? 可愛いじゃない」
「うっそだろ、お前」
近似値が太った芋虫なこれが、可愛いだと!?
「捕まえるときとか思ってたのよね。モゾモゾ動いてて、すっごく可愛いって」
「オーケー、わかった。俺とリアナは趣味が合わないんだな。理解した」
「ちょっと、何よそれ! まるで私の趣味が悪いみたいじゃない!」
「どう考えてもそうだろ。ベルベティはそれ見てどっか行くし、マリエリだってずっと窓の外を見てるぞ!」
「でも、遊は食べてくれたじゃない」
だから何だと?
「可愛くて美味しいから喜んで食べたんでしょ?」
「生きるためにはしょうがないから嫌々食べたんだよ!」
味がよかったのは認めるが、間違ってもそのビジュアルで食べたわけじゃない! 現代日本で生きてきた俺に、そこまでのサバイバル精神は備わってないからな!?
「可愛いのに」
「人間と女神。どうあっても埋められない、種族間の違いが出たな」
「訂正してください。リアちゃんの感覚を女神全てのものだと断じられるのは、甚だ不本意です」
「マリエリ!? それどういう意味!?」
「言葉通りの意味です。前々から思ってましたけど、リアちゃんってちょっと変わってますよね」
「え、嘘!? 私って変わってる!?」
なんでそんなに驚くんだよ。俺たちの反応を見て察しろよ。
「そんなリアちゃんを理解出来るのなんて、この世界には遊君しかいませんね。リアちゃんの転生に応じたのが何よりの証拠です」
「おいこら、人を勝手に土俵に上げてんじゃねぇ」
「私。手段は選ばないタイプなんです」
清々しいなこの女神!?
じゃなくて、とりあえず俺のセンスが疑われるような言動はやめてくれ。
「そうですね。この機会にお互いをよく知るっていうのはどうですか? しばらくは一緒に生活をするわけですし」
「だから勝手に話を進めるなって言ってんだろうが」
「何のことですか? 私はただ共同生活をする身として、提案してるだけですよ」
「よくそんな白々しいことが言えるな……」
女神より詐欺師とかの方が向いてるんじゃないか?
「なんか、遊とマリエリが仲良くなってる」
「なってないから」
「それは心外です」
「ほら、息ぴったり! 昨夜は一緒の部屋で寝たって言ってたよね!? ねえねえ、何があったの!?」
しっかり話を聞いてたんじゃないか!
「そんなに嬉しそうに聞かれても何もないですよ。ただ、寝床すらない人間を哀れに思っただけです」
「あ、そっか。遊って自分の部屋もないんだっけ。困ったね」
「どっか部屋が余ってるなら貸してもらいたいもんだよ」
「あるよ。多分。あ、そうだ! せっかくだし遊に神殿の中を案内してあげようよ!」
「いいですね。ぜひそうしましょう」
と言ったマリエリがほくそ笑んだのを見逃す俺じゃない。
何を企んでやがるって、──!?
「もがもがっ!?」
「まずは食事からだよね! ほらほら、遊。ちゃんと食べて!」
そう言うなら口の中に押し込むなよ!!




