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第八話 生きてくためには女神とラブコメしろだと!?

心地よい浮遊感に包まれている。

空を飛んでいるような、水の中を漂っているような、そんな心地よさだ。

ふわふわ。ゆらゆら。

身を任せるままにしていたら、やがてきれいな風景が見えてくる。

いい香りが鼻孔をくすぐり、鮮やかな花々に心が躍り出しそうになる。

ああ、ここはきっといい場所だ。ずっといたい。

微睡のような気持ちよさを感じつつ、俺の意識はゆっくりと途切れていき──。


「はっ!?」


そうして目を覚ました。

今のは夢か? だったらもう一度眠りに落ちたら見られるだろうか。ずっと見ていたい、いい夢だった。


「起きましたか?」

「え?」


しかし、どこからか聞こえる声が俺を夢の世界に旅立たせてはくれなかった。


「起きてますか?」


ぺちぺちと頬を叩かれる感触。

思い出すのは転生直後にリアナから声をかけられたときのこと。


「また指を折るつもりか!?」

「きゃっ」


ガバッと起き上がった俺の視界に飛び込んできたのは、チャランポランな赤髪女神ではなく、


「マリエリ?」

「急に起き上がらないでください」

「ごめん。ていうか、ここは……?」


見渡せばそこは、さっきまでいた大部屋ではなく、かといって最初に目覚めたリアナの部屋でもなかった。


「私の部屋ですよ」

「え、なんでマリエリの部屋に……?」

「死にかけてたので、とりあえず連れ込みました」


………………はい?


「え、死にかけたって。俺が?」

「そうですよ」

「……本当に?」

「嘘だと思うなら、もう一回死にかけてみますか?」

「いえ、結構です」


え、でも。マジで? 死にかけてたって、ていうかさっき見た夢ってそういうこと!?


「いやいや、天国見えかけてんじゃん。ヤバいってそれは」

「もうちょっとで、さよならバイバイでしたね」

「そんな呑気に言うことじゃなくない!? 死にかけたんだよ!?」

「でも助かったじゃないですか。だから大丈夫ですよ」


いや、そうなんだけど、そうじゃないよな? 結果良ければ全てよしって話じゃないだろ?


「でも、なんでそんなことに」

「リアちゃんが捕まえてきた魔物を食べたからですね」

「あの、めちゃくちゃ美味い緑色のウネウネが?」

「正確には、あの魔物をベティちゃんやリアちゃんに食べさせてもらわなかったからですね」

「? どういうこと?」


確かに最後は自分で掴んで食ってたけど、それが死にかけた原因ってこと?


「魔物なので、あのウネウネにもたくさん瘴気が詰まってるんですよ。ベティちゃんやリアちゃんは女神なので浄化できるんですけど、遊君は人間なのでそれが出来ないんですよね。だから死にかけたんです」

「あー、なるほど」


めちゃくちゃ分かりやすい理由だった。


「もしかして、あのウネウネがあんなに美味しかったのも、ベルベティが浄化してくれてたからってこと?」

「? よく分かりませんが、たぶんそうだと思います」

「て、ことはだよ。これから先、魔物を食べるときは、誰かに浄化してもらってからじゃないと、また死にかけるってこと?」

「そうなりますね」


見た目が悪いウニだと思ったら、毒抜き必須なフグだったパターンか。


「そうなると、さっきのベルベティみたいに、誰かに飯を食べさせてもらわなきゃいけないってことになるのか?」

「そんなことしてたんですか? あのベティちゃんが?」

「本人は『お仕置き』って言ってたけどな」

「それなら納得です。ベティちゃんに献身は似合いませんもんね」


何気に酷いこと言ってるな。確かにその通りだけど。


「ちなみに、マリエリがそういうことをしてくれたりは……?」

「あ、私には期待しないでください。趣味じゃないので」

「ちょっと死にたくなってきた……」


趣味じゃないって! 趣味じゃないって言われた!

マリエリみたいな可愛い子から言われると、これほど堪える一言があるか!?


「どうして落ち込んでるんですか?」

「趣味じゃない男のことなんて気にしないでくれ」

「あー、そういうことですか。大丈夫ですよ、遊君が私の趣味じゃないって意味ではありませんし」

「マジで!?」


まさかの脈あり!?


「でも、私としてはベティちゃんかレアちゃんと付き合ってくれる方が嬉しいんですよね」

「……ちょっと、よくわかんないんですけど」


ていうか、ベルベティかリアナと付き合うって、……ないな。

顔はいいけど、性格がさ。ほら、ちょっと俺とは合わないっていうか、趣味じゃないって言うか。うん、もっとお淑やかな子だったらいいんだけどね。


「私って、他人の恋愛模様を観察してるのが大好きなんですよね」


また急に俗っぽいこと言い出したな。ていうか、それって聞きようによっては趣味悪くないか?


「遊君は恋愛って好きですか?」

「ラブコメなら大好きだ」


何しろ高校の友達からは『ラブコメマスター』とまで言われたぐらいだからな。


「って、なんでそんなに引いた表情をしてるんだよ」

「いえ、恋愛をわざわざラブコメって言いなおすところに業の深さを感じてしまいましたので」

「言ってることは変わらないだろ!?」

「はん」

「鼻で笑われた!?」


なんだこの女神。性格悪くね!?


「言っとくけど、他人の恋愛観察が趣味って言いきるマリエリだって、十分に趣味が悪いからな?」

「果たして本当にそうでしょうか」

「なんだと?」

「遊君は一人でしっぽりと作り物を楽しむだけ。対して私は時には良き相談相手となり、時に共感する友となり、そして時には背を押す立役者として、誰かの恋愛に寄り添い応援しているのです。その所業はまさしく女神ですよね」

「いや、下世話な野次馬だろ」


絶対に傷つかないところから自分の欲求を満たしてるだけじゃないか。

「ですが、それで救われる人もいるのです」

「仮にそうだとしても、一番最初に『他人の恋愛観察が趣味』なんて告白されたら、どう取り繕っても自分ためにやってるとしか思えないって」


伝え方って大事だよな、とつくづく思う。話す順番で違うだけで、こうも印象が変わってくるのだから。


「さて、遊君。ここで問題です」

「ここにいる女神はどうしてそう、謎かけが好きなんだ?」

「ここはツッコむ場面じゃありませんよ? いいですか、ちゃんと人の話は聞いてくださいね?」

「はい」


野暮な真似をしたようだ。しかし、わざわざ付き合う俺も俺だよなー。


「他人の恋愛観察が趣味。そんな私にとってこの世界は、とっても退屈でつまらないものなんです。それはどうしてでしょうか?」

「ここには女神しかいないから」

「正解でーす! ご褒美に頭を撫でてあげましょう」

「いらんわ」


と言った後に後悔。マリエリが俺の頭を撫でようとすれば、自然とあの豊かに実ったおっぱいが目の前に来たんじゃないか?

ぐわっ、ぬかったぁ!!


「天界にいたころは、色んな神様たちの恋愛模様を楽しんでたんですよ。でも、ここには知っての通り『あんな』女神しかいないので、つまんなかったんですよね」


『あんな』を強調するなよ! 言っとくけど、あんたも大概同類だからな?


「そんなときに、リアちゃんが遊君を転生させちゃったんですよ。久しぶりの男の子な上に、あのベティちゃんやリアちゃんとも仲良くできそうな雰囲気じゃないですか。もう私、期待しかないですよ!」

「行き過ぎた期待を持たれてる!?」

「そんなことありませんよ! 遊君ならきっと、あの二人とも素敵な恋愛が出来るはずです。お願いですから、私を楽しませてください!」

「欲望に忠実過ぎるだろ! 女神ってもっとこう、公明正大に人々を導くものじゃないのか!?」

「そんな古臭い女神は今どき流行りませんよ。それに、私なら遊君をちゃんと導きますよ。恋愛のその先に!」


どこだよ、それは。ていうか、結局は自分のためじゃないか!


「ね! ね! 頑張ってベティちゃんかリアちゃんと付き合いましょう! そのためでしたら私、一生懸命協力しますよ?」

「それでマリエリは俺たちがアレコレしてるのを見て悦に入るってか?」

「はい! その通りです!」

「めちゃくちゃいい返事だな!?」


リアナには転生させられ、ベルベティには名前すら呼ばれず、さらにこの上マリエリのオモチャになるとか、そんなのごめんに決まってるだろ!


「遊君が生きてくためには、女神に何とかしてもらわなきゃいけないことが、きっとたくさんあるはずです。ベティちゃんもリアちゃんも、好きになった男の子になら色々お世話してくれると思いますよ?」

「あいつらが?」


ドSとチャランポランだぞ。全然そんなイメージないな、正直。


「遊君は嫌なんですか? 可愛くてキレイな女神が、遊君のために何でもしてくれるんですよ?」

「それはまあ、有りだけど」


俺も人のことは言えない! でも、しょうがないだろ? あんなに可愛くてキレイな女神が俺のことを好きになってくれたら、それだけで幸せじゃないか!


「それじゃあ、決まりですね! 生きてくために女神と恋愛をしましょう!」

「低俗過ぎる生存戦略だな」

「では、愛に生きると言い換えましょう」

「それは全然うまいこと言えてないからな?」


『えー』とむくれるマリエリ。

ただまあ、彼女の言うことに一理あるのも確かだ。俺がこの世界で生きていく、そして元居た世界に戻るためには、女神たちの協力が不可欠なのは間違いない。


「ちなみに、マリエリ的にはベルベティとリアナだったら、どっちの方が攻略しやすいと思う?」

「お! いいですねぇ。なんだかんだ言ってやる気になりましたか?」

「恋愛云々は置いておいて、あんたら女神に助けてもらわないと生きていけないのは確かだしな」


まさか飯すら満足に食えないとは思わなかったからな。まずはこの世界で生きていくこと。それを最優先にしなければいけない。

そのためには恋愛でも何でもやってやろうじゃないか!


「この際、どっちかなんてチンケなことは言わずに、両方とも攻略してしまいましょう! 恋愛マスターたる私にかかれば、女神の一柱や二柱、ちょちょいのちょいですよ」


どうでもいいけど、言葉のセンスがいちいち古臭いな。それとも天界ってところは、そういうとこなのか?


「作戦は明日からスタートです。今夜は英気を養うために、しっかり休んでください」

「だったらまずは飯を食わせてくれ。腹が減って死にそうだ」


こうして異世界に無理矢理転生させられた俺の、三柱の女神との日常が本格的にスタートした。

ただまあ、それがまさかあんなにバタバタした日々になるなんて、この時の俺は思いもしなかったけどな。


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