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ココハ魔導学士のかえりみち  作者: 倉名まさ
第四話 修道生活
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④只今料理中! がんばろう

 五人で話し合った結果、イハナはスープの下ごしらえとお米の指導、ココハは薬草作りの方を担当することになった。 

 修道院の三人も二つの班に分かれる。

 マカレナ修道院長がイハナと共にスープ、レナタとリタが薬草作りという分かれ方だった。 


 修道院の厨房というと暗くすすけた狭い部屋を想像しがちだけど、ここはそれとは正反対だった。

 明るく清潔で、それでいてどことなく温かみがあるのは、修道院の他の場所と同じだった。

 調理器具はちょっとしたレストランなみに充実している。

 古い、伝統的な鍋や釜は修道院に元々備わっているものだけど、かまどや流し台等は最新式のもので、町の者たちが寄進してくれたらしい。


「おー、野営続きだったから、こいつはちょっと気合い入るわねー」


 と、イハナは声を弾ませた。

 ココハもマントを脱ぎ、 手を洗って腕まくり。

 レナタとリタの顔を順に見回して、


「よしっ、じゃあ薬草の下準備からしようか」

「はいっ、ココハ先生!」

「よろしくです~、ココハせんせー」

「うくっ」


 張り切ってみせたものの、あえなく撃沈。

 レナタとリタのきらきら光るまっすぐな瞳に射貫かれ、


「わたし、そんな、料理が得意なわけじゃないから、あまり期待されると……」


 自信なさげにもごもご言う。

 助けを求めるように、少し離れたところにいるイハナに向けて視線をさまよわせた。

 イハナはちらりとココハを向いて苦笑する。


「ココちゃん、遠くない将来、お医者様(せんせい)って呼ばれる立場なんだから、慣れときなよ~」

「でも、わたし、ついこの間まで学生でしたし……」

「それももう卒業したんでしょ。もっと自分に自信持たなきゃだめよ~。お医者さんがおどおどしてたら、患者さんも不安になっちゃうでしょっ」

「…………! そ、そうですね、その通りです」


 たとえ処方に不安があっても、堂々と振る舞うのが魔法医のつとめだ。

 魔導学院でも、担任のサハラ教諭に教えられたことだった。

 それは自分の実力をごまかして、不誠実でいるのとはまったく違う。

 自分にできること、できないこと、術が失敗する可能性についてまで、患者には正直に話すべきだ。

 けど、その際に自信なさげにふるまったり、逆に気負ったりしてはだめだ。

 魔法医はただ、自分にできることを全力でこなすだけ。


 いまも同じことだ。

 二人を指導すべき立場の人間が、気恥ずかしいなどといっておどおどしていたら、レナタとリタも困ってしまう。

 ここは年長者として、もっと堂々とすべきだ。


「そうだね。先生って呼んでくれてありがとう。未熟者ではありますが、おいしいリゾットができるように、せいいっぱいアドバイスさせていただきます」

「はいっ、よろしくお願いします、ココハ先生っ!」

「お~、ちゃんということきくのでよろしくです、ココハせんせ~」


 ぺこりとお辞儀するココハに、レナタとリタも頭を下げて答える。

 本当に、礼儀正しくていい子たちだ。


「じゃあ、レナタ副院長。そのラバンダ草の茎を十本くらいそろえてみじん切りにしてもらえる?」

「はいっ、わかりました!」

「せんせ~、レナタに刃物をもたせるのはキケン。せいかくがかわる」

「変わらないから! 変な設定盛り込まないで!」

「あはははは。リタちゃんはその間にグラナダの実を洗ってもらえる? そうだなー、ザルの底が埋まるくらいかな」

「がってん、おまかせ~」


 手を動かすのはおもに修道女二人に任せ、ココハはその監督に徹することにした。

 偉そうにするのは性に合わないけど、自分まで料理を始めてしまったら、完成図が頭からすっぽ抜けてしまいそうだった。

 実を言うと、実際に調理している二人以上にココハは必死だった。


 レナタもリタも指導してみると、手際は思ったより悪くなかった。

 それどころか、ココハよりもよっぽど器用なくらいだ。

 さきほどの大騒ぎは慣れない料理に手探りで挑もうとした結果なんだろう。


 こうしてみなで料理をしていると、魔導学士時代、グループになって魔法薬の調合実習をした記憶がよみがえってくる。そのころも、持ち回りで自分が班長をつとめ、調合のまとめ役を担うこともあった。


 ―――あの時の経験を思い出して、思いきって二人に指示出ししよう。


 もっとも、思いきって指揮した結果、調合に大失敗して魔道具をぶっ壊し、反省文を書かされたこともあるのだが、その記憶はいまは都合よく忘れておくとしよう。


 ちらりとイハナとマカレナの方を見やると、こちらもなごやかかつ順調な様子みたいだった。

 どうやらスープを作っているところのようだ。


「そしたらね~、あとは火にかけながらゆっくりゆっくりかき混ぜてくのよ~。あわてないでじっくりね~。大事なのは、おいしくなれ~って念じながら混ぜること」

「おお! お祈りでしたら得意です。修道院長ですので!」

「よーし、いいカンジ。そしたら少しずつお水足してみようかー」

「はい! おいしくなれ~、おいしくなれ~」


 二人のことはなにも心配なさそうなので、ココハは自分たちの薬草づくりに専念することにした。

 頭の中で薬草の完成図を思い描き、二人に調理の指示をだしてゆく。


 ―――うーん、アルケの効きでいったら、トバル草とラタヌスクの葉は二対一くらいの割合がいいんだけど……。それだと苦味が強すぎだよなぁ。お湯であく抜きして…………もやっぱ厳しいかぁ。


 熟考の末、ココハはレナタとリタの指揮からいったん離れ、修道院長であるマカレナに近づいて話しかけた。


「あの、マカレナ修道院長……」

「はい。なんでしょう?」


 真剣な表情でお鍋をかき混ぜていたマカレナは顔を上げ、かわいらしく首をかしげた。


「その、魔術を使ってもいいかな?」


 ココハはじゃっかんの緊張をにじませながら、訊いた。

 どうしても頭の中から、サラマンドラの神父に対する苦手意識が離れなかった。


「……使うと、どうなるのでしょう?」

「えっと、アルケといって、その薬草が本来もっている性質に働きかけます。薬草の効力が増して、あと、たぶん味もよくなります」


 魔術を知らない者にもできるだけ分かりやすいように、ココハはざっくりと説明した。


「おお、それはぜひぜひぜひぜひ、使ってください!」


 微塵もうたがうことなく二つ返事で承諾されて、ココハはほっと胸をなでおろした。

 マカレナの許可をもらって、ココハは調理中の薬草の前に戻った。

 ココハとマカレナのやり取りはレナタ達もちゃっかり聞き耳を立てていたみたいで、好奇に目をきらきらさせている。


「ウチ、魔術って見るのはじめて!」

「おー、ココハせんせー。おねがいします。こっぱみじんにじてやってくだせ~」

「こっぱみじんにしてどうすんのよ、あほリタ」

「あははは、粉みじんにはなんないけど、一応ちょっと離れててね」


 ココハに言われ、二人は素直に、ほんの少しびくっとしながらその背に隠れた。

 対象のアルケに働きかけ組成を変化させる魔術なので、あまり近づきすぎると人体に影響を及ぼす可能性もごくわずかだけどあった。

 マカレナも好奇心が勝ったみたいで、イハナの許可を得て、こっちにやってきた。

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