恋人
あれから数日が経った。
ロアの治療は大詰めを迎えているようで、魔力が少ない状態でも普通に生活できるようになった。
食べる量が劇的に減ったのでとっても驚いている。
やればできる子だとレッドが言っていた。
そう言えば最近、ロナントを見かけない。レッドとセットのような感覚だったのだけど……
聞くとレッドもよく分からないが、社交界に久しぶりに参加したり、色んな貴族連中と会って話をしているようだと教えてくれた。
多分わたしの事だろうと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「社交界にはレッドさんは参加しないんですか?」
夫婦で参加するのは普通の事だと思って聞くと、レッドが苦々しい表情に。
「二度と参加するもんか」
低い唸り声に何かあったのだと一瞬で理解する。
また地雷を踏みそうになった……気を付けてもまだ足りない……
社交界……ロアを巡る愛憎劇は此処で行われたのだろうか。
ロナントが行っていると言うけど、ロアは行かなくてもいいのかな。
行きたいとは絶対に言わなそうだけど。
気になって聞いてみた。
「ねえ、ロアは社交界には行かなくて良いの?」
わたしの部屋に寝に来たロアに聞くと、案の定ものすごく嫌な顔をした。
「帰って来たばかりで休みがないから行かない。招待状は来てるみたいだけどな」
「ロゼさんは?」
「父上も忙しいんだ。覚えてるか、カナトラの裏の掃除がもうすぐなんだ」
優秀な騎士を派遣して数日がかりで悪い人達を捕まえる。
確かに大変そうだ。
ロアがベッドに横になったので、隣に寝転がった。
「ロアと結婚した人は社交界に行く必要があったりする?」
「必須じゃないな。現におばあ様は一度だけ行ったっきりだって言ってたし」
「グラスバルトだから行かなくても良いって事じゃないよね?」
「それは……あるだろうけど」
やっぱり家格が上だからすっぽかされても文句を言えないだけなのかな。
考えていると、ロアの手がわたしの頬を撫でた。
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
ピク、と体が動く。
どうしてって……その……ロアとの事を考えるようになったから、かな。
周りにあれだけ言われれば意識するでしょ、普通。
だけど……
「ただ気になっただけだよ」
ロアを眼の前にして、結婚を意識してますとは言えない。
まだ付き合ってすらないし。
「………」
鋭い赤の眼に射抜かれる。
「な、なに?」
「そういや忘れてたけど……家を出て行く話はどうなったんだ?」
最近ロアは一緒にいる時、治療で具合が悪そうだったから話すのを忘れていた。
忘れていたままでも良かったのに……
「わたしが一人で生きていくのは無理だって思って、良い方法が見つかるまで保留にしてる」
「誰かに諭されたのか?」
「うん。ロゼさんに」
ロアは少しだけ顔を歪めた。
まだ仲直り出来てないのかな。
「ロゼさんが、わたしが外に出たいなら応援するって言ってくれた」
「はあ?」
「護衛が付くみたいだから断ったよ、でもねそう言ってくれてとっても嬉しかった」
ロアに睨まれて視線を逸らす。
わたしが外に出て行く事にロアは悲観的だ。
「どうして外に出たいんだよ」
「わたしは外に出たいんじゃなくて……」
此処に居ても良い理由が見つからなかったから、出て行った方が良いかなって思っただけ。
いや……本当は分かっている。
此処に居た方が良い。
わたしがこの世界に不慣れである事と魔力を持っている事。
元の世界に帰れなかった事で、ロアがわたしの事をどうするのかも分かっているつもりだ。
どうしても決心がつかなくて、時間が欲しかった。
それに……困らせるような事を言って、ロアがどう反応するか見たかった。
王都に来てからロアは忙しくて一緒に居る時間が減ったから、無意識に困らせる事をして愛情を確かめているだけな事を認識している。
自分でも相手を試すような女だったとは思わなかった。
いけない事だと分かっているのに……寂しかった。
毎日一緒に寝てるのに……まだ欲しい。与えられるともっと欲しくなる。
嫌われたくないから遠まわしに試す事しか出来ない。
「ロアは外に行く事にどうして反対するの?」
「危険だから。ミツキは少しぽやっとしてるから心配で心臓が止まる」
「……それだけ?」
欲しい言葉じゃない。
ロアが眉を寄せて首を傾げた。
わたしは枕に顔をうずめうつ伏せに寝る体勢に入った。
ふっと部屋が暗くなった。ロアが明かりを消したみたいだ。
「ミツキ」
腕を掴まれ、引っ張られると仰向けになった。特に抵抗しなかった。
見上げるとロアが真剣な顔してわたしを見下ろしてたので、見つめた。
最近寝るだけだったからこう言うの久しぶりだった。
「俺は……」
心臓がドキドキし始めた。
やっぱり、わたしはロアの事が好きなんだなあと再認識する。
「お前を他の男に見せたくない、俺の知らない所で知らない男と話して欲しくない」
「……独占欲すごすぎない?」
「自覚してるから言わなかったんだよ!」
言うんじゃなかったと顔を歪め、恥ずかしいのか、わたしの肩口に顔をうずめた。
ロアの独占欲が強いのは知ってるから今更驚かないけど。
久しぶりに言われて鼓動が早くなる。
「わたしはロアにとってどう言う存在?」
首筋に何かが当たって、一瞬軽い痛みが走った。
……なんだ? ロア何をしたんだ?
顔を上げたロアが何かに気が付いたような表情を浮かべている。
「そういや俺達、恋人関係じゃないんだよな」
「うん」
「今までミツキは家に帰るはずだったから……」
「そうだね」
恋人でもないのに夜を共に……ただ一緒に寝てるだけだけど。
ロアは起き上がって、わたしの事も引っ張り起こした。
ベッドの中心に二人で座り込む。
じっと見つめあっていると、ロアがわたしの両手を包んだ。
「ミツキ」
「はい」
「俺もうミツキが居ない世界なんか考えられない」
「……わたしもロアが居ない世界なんて考えられないよ」
「結婚を前提にお付き合いさせてくれませんか」
「わたし、この世界の人間じゃないよ? それでもいいの?」
「そんなものは障害にならない。ミツキがミツキである限り、俺の気持ちは変わらない」
「この世界の常識も知らない」
「一から教えるよ」
「文字だって書けない」
「ミツキの世界の文字を教えて? 覚えるから。一緒に教え合おう」
「でも……その、結婚、とか……」
「ミツキ」
名を呼ばれて赤の眼を見つめる。
恥ずかしくてさっきから心臓が破裂しそうだ。
「返事は?」
有無を言わせない声色に軽く震える。
「あ……」
心臓の音が耳に届いてうるさい。
今決めなくちゃ……言わなくちゃ……
悩んでるふりをする。
答えは決まってる。
「お願い、します」
言った途端、勢いよく抱き着かれてベッドに倒れ込んだ。
ふかふかのベッドのお陰で痛くは無かったけれど、びっくりして声を上げた。
「っ、ロアっ」
ぎゅう、と抱きしめられて、ロアも緊張してたのかなって思って抱き返した。
ほっとして息を吐いた。
わたし、ロアと恋人になったんだ。
恋人と言う響きに何故か安心した。
「ミツキ、愛してる」
「わたしも……」
「ずっと一緒に居たい」
「わたしもだよ」
「断られたらどうしようかと思った」
「断らないよ」
最初は額に、次に唇にキスしてくれた。
キスも今まで散々してきたけど、恋人になってからは初めてだと思うと恥ずかしくなってくる。
「もし断わってたらどうするつもりだったの?」
「それは……」
「……それは?」
「多分、頷くまで離さなかったと思う……」
鍛えられた腕の中で、この腕はわたしを守ってくれるけど、同時に閉じ込める檻でもあるなと乾いた笑いが出そうになる。
「おやすみ、ミツキ」
「おやすみなさい」
この腕が檻だとしても構わない。
わたしの居場所はロアのそばだから。
一緒に居られるならば、もう何だっていい。
嫉妬深い所も、独占欲が強い所も、全部まとめて受け入れるよ。
だってロアの事が全部、大好きだから。




