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ロゼとナタリア


食事を取った後、入浴を済ませた。

結局、ロゼもナタリアも食堂に姿を現さなかった。

よほど思い出したくなかった事だったのか。

ロアもまだ帰ってこない。

ロナントとレッドの所にお泊りかな。

と思っていたが、部屋に入って来たセレナが言った。


「坊ちゃまがお帰りになりました」

「……帰ってこられたんですね」


立ちあがって部屋を出て玄関へ向かおうとすると、セレナが何かを言いかけた。

立ち止まってセレナに話しかける。


「どうかしましたか?」

「いえ……謝らなければいけないと思いまして」

「わたしがですか?」


ロゼに謝りたいんだけど……まだ会えてないしなあ。

セレナは違うと言いたげに首を振る。


「私がです」

「? 誰にですか?」

「それは勿論……ミツキ様に」


眉を寄せ、顔をしかめる。

何で? 何も悪い事していないのに?

疑問が顔に出ていたと思うが、セレナは構わず頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」

「……あの、理由が」

「旦那様のお怒りの件です。知らなかったとは言え避けられる事でした」


ロゼが怒ったのはセレナが原因じゃないんだけど……

ナタリアが元々は此処のメイドだったなんて、知らない方が良いと思うから教えられなかったのも分かる。


「わたしが変な事をお願いしたのが悪かったんです、セレナさんのせいではありません」

「メイドの事をお教えした私が悪いのです……申し訳ありません」


確かにセレナから色々聞いた上でメイドに、と考えた訳だが……

最終的に行動して怒らせたのはわたしなのだけど。


「気にしていません、謝らなくても大丈夫です」

「ミツキ様がストレスなく快適に過ごす環境を作るのが私の仕事です。旦那様や奥様との御関係を円滑にする事も同様なのです」

「今回の事で誰かに怒られましたか?」

「……いいえ、誰も。今回の事を知っていたメイドには逆に謝られましたから」

「どうしてそこまで謝るのですか?」


今回の事は変な事を言い出したわたしが一番悪い。

でもセレナは自分が情報を知っていれば回避できたのにと頭を下げている。


「ミツキ様、どうか私に罰を」

「……はい?」

「此度の一件は私の失態です。どうか罰を」

「え、ええ!? 罰って、え?」


罰って、あれだよね……

学生で言うと廊下に立っていなさい、とか言うあれでしょ?

セレナは真剣な表情で見つめてくる。

廊下に……とかふざけて言ってしまったら最後、明日の朝まで立っていそうな雰囲気だ。


「今回の件、誰も私に罰を与えませんでした。ですが私の気持ちはそれでは収まりがつきません」

「そんな急に言われても」

「何でも良いのです。一晩窓掃除をしろとか、寝ずに廊下に待機していろ、とか」


廊下ネタが案外良い所を付いていて乾いた笑いが漏れそうになる。

そんな事を言い付けるつもりは全くないが。


「そもそもわたしはグラスバルトの人間じゃないです」


セレナを含め、メイドや執事はグラスバルトに仕えている。

わたしが罰を与えたり、命令するって言うのは違う気が……


「私はミツキ様付きの侍女です。私の主はミツキ様です」


わたしには人を従える能力なんて全くないが……

困った、断る理由が思いつかない……

セレナの青い眼が爛々と光り輝く。何かを決意している瞳にたじろぐ。


「……分かりました」


と、言うとセレナは決意を秘めた瞳でわたしを見つめる。


「では……罰を言いますね」


セレナの体に力が入った。

何を言われても受け入れるつもりなのだろう。


「わたしと毎日楽しくお喋りしましょう」

「……えっ?」

「こっちの世界には友人が少なくて、お話をする人が少ないんです。友人でもない女性と楽しくお喋りをするのはさぞ苦痛でしょう!」

「あ……」

「これが罰です! どうです? 恐ろしい罰でしょう?」


ニコニコニヤニヤ、したり顔で罰を告げた。

いつもセレナとは楽しく話す事が多いのだが、今日はわたしが此処を出て行く出て行かないの話題で距離を置いてしまっていた。

セレナはそれを思い出したようだ。


「申し訳ありません……」

「罰を与えたんだから、もう謝らなくて良いです」

「違うのです……本当に、申し訳ありません……」


セレナは何度も繰り返し謝った。

わたしはそんなに酷い罰を言うような人間に見えるのかな?

だとしたら、心外だ。


「私をお側に置いてください」

「この屋敷に居る間はお世話になります」

「ずっと此処に居て下さい」

「う~ん……ずっとどうか分からないです」


言いながら、何時までも曖昧な返事をし続ける事は良くないよなあと思った。

ロアとの未来があるなら、ロアがそれを望むならば、何時までも考えられないと避けないで真剣に考えよう。


「ロアはもう帰って来た頃でしょうか」


セレナに聞きつつ部屋を出ようと扉に向かう。

質問の答えは無かった。

代わりに扉が大きな音をたてて勢いよく開いた。


「ミツキ……」


よろよろと歩くロアに、相当絞られたのだろうと少しだけ心配になる。


「お帰りロア、大丈夫……?」

「腹が減って死にそう……」

「何か食べてきたら?」

「食ったらおばあ様に殺される……」

「ええっ、どうして?」


死にそうな声で教えてくれた。

ロアはレッドの連行されて、魔力漏れを治療しに行った。

その方法は治療とは名ばかりの強引なもので、矯正しに行ったと言った方が良い。

普通の人間、高位以下、魔力上位程の人が魔力が垂れ流しになる事はあり得ない。

魔力が枯渇してしまうとまともに動けなくなる事を、人間の本能として分かっているからだ。

しかし高位以上となると、魔力を常に放出していても賄えてしまうぐらい莫大な魔力を有してしまっている。

ロアの特徴でもあるが、魔力漏れをおこしてしまっている人達は良く食べ良く寝る。

食事と睡眠で人より多く失ってしまった魔力を回復しているのだ。

そこでレッドが取った治療法が、魔力を極限まで追い込む事だった。


「魔力を出せ、もっとだ、って……これ以上は無理だって言ってるのに、もっとだって……」

「どうしてご飯食べちゃ駄目なの?」

「食べたら魔力が回復するから……この状態を長く維持しないと……いけないらしい……」


この極限状態を維持する事で、無意識に魔力を放出しないように体に覚え込ませている状態らしい。

ロアは本来、ロナントとレッドの所にお泊りの予定だったが、置き手紙を残して一人で帰って来た。


「そんな状態で帰って来たの!?」

「あの二人と宿泊して見ろ、唐突に夜間訓練が始まるぞ……」

「そんな事無かったけど……」


風の村で一緒に泊まって来たけど、夜間訓練なんて……


「そりゃあミツキ相手にはしないだろ」

「そ、そうだよね」

「眠い。寝るぞ」


ロアは眠たそうな瞼を擦りながら、わたしをベットに引きずって行く。


「ロアっ、まっ……ぅわあっ!」


少し乱暴にベットに投げられた。

そのまま覆いかぶさるロア。眠たそうな顔が一瞬で至近距離に来て動揺する。

視線を合わせていられなくて所在なさげに眼を動かす。

それが気に入らなかったのかロアの両手がわたしの頬を包んだ。


「風呂入った?」

「……はい、った」

「歯は磨いた?」

「みがいた」

「寝るぞ」

「……うん」


頷いた後、触れるだけのキス。魔力は全く篭っていなかった。

糸が切れたようにロアから力が抜け、重さが体にかかる。

重くは無かったが、動けなくなってしまった。

セレナと眼が合った。


「愛されておいでですね」

「……そうですか?」

「ミツキ様が不安にならないようにと無理をして帰って来たのだと思われますわ」


確かにロアと一緒に寝ると安心するけど。

わたしの為に帰って来てくれたのかな。


「お休みなさいませ」

「おやすみ、セレナさん」


部屋を照らしていた明かりをセレナが消してくれた。

真っ暗になった二人きりの部屋で、そっとロアの顔を覗き込んだ。

安心したように寝息を立てていた。

わたしは一度だけ深く息を吐いて眼を閉じた。

怖い夢を見ても平気。ロアが近くに居るから。




*****




ナタリアは一人廊下に立っていた。

一つの扉の前でノックをするか否か迷っていた。

この部屋は当主の部屋。つまりロゼの部屋だ。

美月がメイドになりたいと言い、ロゼが言葉を荒げ執務室を出た後、ナタリアはロゼの部屋を訪れていた。

一言も会話が無く、ナタリアが話しかけても反応が薄い。

食事に誘ってもいらないと言われてしまった。

何も食べないなんて体に良くないと言いに来たのは良いが、ナタリアは決心がつかなかった。

あんな風に取り乱したロゼを見るのは随分と久しぶりだった。


「奥様!」

「……リファ」


リファが息を切らしてナタリアに走り寄る。


「勝手にお部屋から出られないで下さい」

「……ごめんなさい……旦那様が心配で」


リファが必死になってナタリアを探すのには理由が二つある。

ナタリアの体調は変わりやすく突然倒れる事もある。万が一が無いように付きっきりで世話をするため。

もう一つは、ナタリアが此処を出て行かないか監視する役割がある。

何も言わずに出て行った事がロゼの心を深く傷つけてしまった。

戻って来た時、過剰なほどナタリアにメイドが付いた。

その頃はまだ健康だった為、過保護だなあと思ったが、メイドは世話の為に付けたのではなく監視の為だと知ったのは少ししてからだった。


「私はもう……どこにも行けないのに……」


意を決して扉をノックした。


「旦那様? 起きていらっしゃいますか?」


少しして扉が開いた。

扉の向こうにロゼが立っていた。

感情を感じない無機質な赤い瞳に見下ろされ、ナタリアはたじろいだ。

ロゼは昔から感情を押し殺す事が多かった。

そう教育されてきたからなのか、そう言う性格だからなのかは分からない。

ナタリアが部屋に入ると、ロゼは扉を閉めた。

部屋は真っ暗だった。ロゼは寝ていたのかもしれない。


「今でも思うんだ」


消えそうな声で声を発したロゼにナタリアは近付いて腕に寄り添った。


「本当は俺と結婚などしたくなかっただろう?」


言われている意味が分からず、ナタリアはロゼを見上げた。


「だから出て行ったんだろう」

「ち……がう」

「俺の子を産まなければ病に侵される事も無く、長く生きられただろう」

「旦那様、違います……その事は何度も話し合ったではないですか」


出て行った時ナタリアは混乱していた。

産まれてくる子供の事を一番に考えていれば出て行く事など愚の骨頂だと分かるのに、身を引く事とロゼの幸せだけを考えてしまっていた。

本人の意思など気にしていなかった。

勝手に出て言った事に関してナタリアは反省していた。


「ロアと同じ事を言わないで下さい! 私は旦那様を愛しているから結婚して子供を産んだのです! 本当に嫌だったらまた出て行って……」


出て行く、の途中でナタリアは抱きしめられた。

驚きながらもロゼの背中に手を回した。


「言わないでくれ! 聞きたくない、思い出したくないんだ」

「……旦那様」


ナタリアは必死に自分より大きな体を包んだ。

ロゼは悲しそうに口を開く。


「いつから君は俺の事を旦那様なんて呼ぶようになってしまったんだ」

「それは……」


ナタリア本人も覚えていなかった。

子供と一緒にこの家に帰って来た時だろうか。


「ナタリア、昔と同じように呼んで」

「……出来ません」

「どうして?」


二人が出会ったのはお互いにまだ子供の頃だった。

あの頃はナタリアもロゼの事を気安く呼んでいた。


「私はあなたの妻ですから……もう呼べない」

「また俺に何も言わずに勝手に決めるんだな。俺はそんな事望んでいない! ただナタリアに名を呼ばれたいだけなのに」


ナタリアは何も言えなかった。

しばらく二人で抱き合っていたが、やがて諦めた表情でナタリアを離した。


「悪かった。もう遅いから部屋に戻りなさい」

「……」

「明日、ミツキと話すから。それでいいだろ」


部屋まで送って行くとロゼが言うが、一向にナタリアは部屋を出ようとしない。

ナタリアはロゼの服を指先で引っ張った。

羞恥を張り付けた顔でナタリアは小声で囁く。


「ロゼくん……」

「……」

「一緒に寝よ? こんなおばちゃんで良かったら……」


ロゼは何も言わずにナタリアをベットに引きずって行く。


「お婆さんでもナタリアなら問題ない」

「だ、旦那様……!」

「もう名前を呼んでくれないのか? たったの一度だけ?」


押し倒されて昔を思い出しナタリアの体が熱を持つ。

病の事もあり、本当にただ寝るだけだと分かっているのに。


「……ロゼくん」

「うん」

「ロゼくん好き」

「……俺も好きだよ」

「大好き、ロゼくん」

「愛してる、ナタリア」


ついばむようなキスが降りてきて。ナタリアは安心して眼を閉じた。


「二人きりの時だけでいいから……名前で呼んで」

「……うん、分かったロゼくん」


安心した二人はようやく寝る事が出来た。

それぞれ幸せな夢を見た。


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