心の傷
「此処でお世話になるのは、わたしの問題が解決するまででした」
問題は解決した。
結局、わたしは家に帰る事が出来なかった。
「これ以上ご迷惑をかけるのも嫌なので、自立して一人で暮らしていきたいのですが」
性格的に人様の迷惑になる事が嫌いだ。
分かってくれるだろうかと二人の様子を窺う。
ナタリアは戸惑い、ロゼは腕を組んで考え込んでしまっていた。
「当家に居る事が苦痛でしたか?」
「いえ! そんな事は無いです。皆さん優しくして頂いて……」
有り得ない程の高待遇だと言える。
わたし付きのメイドが二人も居るなんて、元の世界では考えられない。
高待遇だからこそ、居心地が悪くなっている。わたしの思い過ごしだろうけど。
「なら出て行かないで下さい……ずっと此処に居ても誰も文句を言いません」
「わたしが嫌なんです……負い目を感じてしまって……」
「ミツキさんが出て行くのは大変危険です。私はミツキさんの為に言っているのですよ」
働きもしないで家にずっといるって言うのもなんか嫌だ。
専業主婦みたいなものか? いや、主婦は家事が仕事だし此処では全部メイドがやるから違う。
わたしの為にってナタリアさんは言うけど……理由も分かるのだけど……
「わたしは一般人です。良い待遇を受けるのは違うと思うのです」
「ミツキさんは一般人ではありません。現に異世界からやって来たとご自分でおっしゃられたではありませんか」
「そうかも知れないですけど……それだけで後は他の人と変わらないです」
ナタリアとの話の途中、ロゼが割って入った。
「ミツキは外に出たいのか」
「外に出たいと言うよりかは、誰かの世話になりたくないんです」
「なるほど、それで具体的にはどうしたいんだ」
ナタリアもセレナも、この話をするとまず否定から入ったが、ロゼは話を聞いてくれるようだ。
一人で暮らしたい事や、働きたい事、ロアと会う事は拒まないから外に出る事を懇願した。
ロゼは少しだけ考えていたが、最終的には頷いた。
「分かった、ミツキの好きにすると良い」
「本当ですか!?」
「旦那様! 何を仰るのです!?」
ロゼが承諾するとは思わなかったのかナタリアが叫んだ。
そんなナタリアをなだめ、ロゼは続ける。
「まあ待てナタリア……ミツキ、代わりに俺の提案を全て飲んでもらうぞ」
「はい、なんでしょう?」
「まず一つ目、隊から騎士を派遣する、ミツキの護衛だ。一日中、寝ている時でも近くに騎士を置く事」
「……え?」
「それから」
二つ目、外出の際は前もってロゼに許可を取る事。行先によって騎士の人数が増える事もある。
三つ目、働き口が決まったらすぐに報告する事。職場にも騎士を派遣して警備を整える必要がある。
「騎士を派遣なんて……必要ないです」
「この三つは譲れない。王都とは言え魔力を持った女性には必要な処置だ」
「そんな……」
わたしは結局、誰かの世話になるしかないのだろうか。
どう頑張っても一人じゃ……
「ロゼさんの負担になりますよね」
「……此処から出たいのだろう? 俺はそれを応援する。ロアに恨まれるかも知れないがな」
「負担を減らす方法はありますか?」
ただでさえ忙しい元帥がわたしの事にいちいち時間をかけて欲しくない。
ロゼの返答に迷いは無かった。
最初からそう言うつもりだったのだろう。
「此処に残る事が、一番負担が少ない」
「でも、それじゃあわたし……」
「此処は管理が行き届いている。不満はないのだろう? なら此処に居なさい」
言葉が出ない。
わたしが出て行く事で周りに迷惑がかかるなんて……考えてなかった。
迷惑をかけたくない一心で色々と考えてきたが、それが裏目に出るとは。
「わたしまだロアとどうなるかも分からないのに……」
「ロアは関係ないだろう。ミツキがどうしたいかだ」
迷惑になるからと考えているのなら、誰もそんな事を気にしていないから忘れなさい、と言われた。
「わたし、此処に居ても良いんでしょうか……?」
「むしろ居てもらわないと、ロアは騒ぐだろうし、ナタリアも心配で具合が悪くなるかもしれないな」
ロゼがナタリアを見た。
わたしの事をとても心配そうに見つめている。
この状態がずっと続いたら、確かに具合が悪くなってしまうかもしれない。
「ナタリアの話し相手になってやってくれ。俺は忙しい時は何日も家を空ける事があるから」
無言で下を向いていた。
ナタリアの相手をする事がわたしの仕事になるのかな。
……もやもやする。
そうじゃないって言いたいけど……迷惑を掛けずに外に出て行く方法が見つからない。
進んで外に行きたい訳じゃない、此処に居ても良い理由が欲しいだけなのに。
「……そうだ」
隣に居たセレナを見て、思い出した。
「此処で働かせてください!」
「……は?」
「お掃除とお洗濯は出来ます! 下級メイドとして此処に置いてください!」
「………」
「一生懸命、頑張り、ます……から……」
最後の方は声が震えた。
今まで見た事が無い怒りの表情をロゼが浮かべていたからだ。
隣に居るナタリアが青い顔をしている。
「ロゼ、さん……?」
「メイドとして働くだと? そんな事、許されるはずがないだろう!」
「旦那様!」
ナタリアが声をかけると、ロゼは手で顔を覆った。
それから深い溜息を吐いた。
「胸が……苦しい……ナタリア」
「私は此処に居ます……もう何処にも行きません」
顔を覆ったまま動かなくなってしまったロゼにナタリアが寄り添った。
唖然とその光景を見続けた。
しばらくして、少し落ち着いたのかロゼは覆っていた手を膝の上に置いた。
さっきまでの怒りは無くなり、気力を感じられない空虚な表情になっていた。
「許可できない」
「……どうして、ですか」
「ロアに同じ思いをしてほしくない」
ロアに……? どういう意味だろうか。
気になったが、とても聞ける雰囲気では無かった。
ロゼが部屋から出て行った。気分が悪そうだった。
ナタリアはロゼを追いかけようとして、わたしの存在に気が付いてまた椅子に座った。
「ごめんね、ミツキさん」
「わたし、言っちゃいけない事を言いましたか?」
「……そうね、旦那様で唯一、話題にしてはいけない内容だったわ」
温厚だと思っていたロゼにも駄目な話題があるのか。
何が駄目だったのだろう。後で謝ろう……
「わたしはどうしてメイドになれないんですか?」
「それは……」
ナタリアは少しだけ悩んだそぶりを見せた。
しかし、話すと決めたようだ。
「私は此処のメイドでした」
「えっ!?」
「それから誰にも告げずこの家を出ました。旦那様はそれがトラウマなのです」
ナタリアは当時色々な事情が重なって、わたしと同じようにグラスバルトで暮らしていたが、居た堪れなくなってメイドとして働きたいと当時の当主、ロナントに告げメイドとして働き始めた。
大きな屋敷とは言え、一つ屋根の下。
あっという間に子供ができ、自分はメイドで向こうは主と一線を引いていて誰にも言わずに屋敷を出た。
それからロゼは抜け殻になってしまった。
「似た境遇のミツキさんがメイドになると言い出したものだから、思い出してしまったのね……」
「ロアに同じ思いをさせたくないって言うのは……」
「自分と同じようになって欲しくないだけ」
「わたし、勝手に出て行くなんて……」
「私もそう思っていたわ。でもね、お腹に子供が出来てしまったの……身を引く事で頭がいっぱいだった」
もしわたしが、メイドとして働いていて……子供が出来たらと考えたら。
わたしだったらロアに言うかな。
外に出たら魔力持ってるから攫われちゃうし。
ナタリアは魔力を持っていないから、問題なく外に出れちゃうけど。
「ごめんねミツキさん。旦那様が心配で……」
言いながら立ち上がったナタリア。
「お話、ありがとうございました」
頭を下げた後、ナタリアを見送った。
主が居なくなってしまった部屋を出た。
部屋を出るとサラが待って居た。
「お食事の準備が出来ました」
「分かりました」
ロゼとナタリアの事は気になるけど……わたしはどうしようもない。
会ったら取り敢えず謝ろう。
二人のメイドに先導されながらロゼとナタリアについて考えた。




