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美月の噂


部屋で一人、物思いに耽っていた。

ナタリアからお茶に誘われたが、それほど時間が経たないうちに帰って来てしまった。

わたしがずっと上の空で、ナタリアがそれを心配して休むように言ったからだ。

家に帰れないのはもう、仕方ない。受け入れてはいるが……


結婚かあ……


わたしは高校二年生だった。

結婚とか、子供とか、まだまだ先の事だと思ってた。

この世界ではわたしぐらいの年齢で結婚する人は、当たり前のようにいるらしいし……

屋敷の人は皆優しくしてくれる。

ナタリアもそうだ。

わたしが嫁いでも良いって、言ってくれる。

貴族の嫁になんかなれるかな? って不安はある。

家で好きな事をしていればいいって、ナタリアもメイドもそう言う。

上手く出来過ぎている気がして、騙されているような気さえし始める。

わたしの為ではなく、ロアの為に引き止められている事は理解しているのだけど。


「はあ……」


気が重い。

わたしの厄介事が一つ最悪な状態で解決したが、また頭を悩ませる事が出来た。

ロアはどう思ってるのだろう?

ぼんやりと空を見上げた。

日はすでに赤みがかっている。

もうそろそろ二人が帰って来るかもしれない。

わたしの今の気持ちをどう言えば理解してもらえるだろうか。

もんもんと考えている時、扉が叩かれた。

部屋に入って来たのはセレナだった。


「旦那様がお帰りになられました」

「あ……じゃあ、話したいんですが……」

「現在、執務室にいらっしゃいます」

「お仕事中ですか?」


ロゼが出てしまってから本日中に元帥のサインが必要な書類が出来た為、騎士の一人が持ってきたそうだ。

丁度ロゼが家に着いたタイミングで騎士も到着した。


「書類は一枚だけですので、それほど時間はかかりません」

「なら執務室の前で待って居ても良いですか?」

「承知しました」


部屋を出て、前を歩くセレナの背中を見る。

先程の会話以降、セレナがどことなく余所余所しい。

無駄な会話をしなくなったし、少し寂しい。


「ロアはまだ帰りませんか」

「坊ちゃまは、本日は遅くなると旦那様が仰っていました」

「えっ、そうなんですか……どうして?」


一言で言うと、ロアはレッドに連行されたらしい。

元々魔力漏れを矯正する約束をしていたので、治すのに連れて行かれたそうだ。

今まで逃げ回っていたが、今日からロナントが教官として復帰し、ロアは壮絶な訓練に身を投じる事になりレッドから逃げられなかった。

なのでロアが何時帰って来るのかは、分からない。


「今日、帰ってこない事も……?」

「十分ありえるかと」


ロアは向こうにお泊りかもしれないのか……本人は嫌がりそうだな……

ひたすらに廊下を進んで行くと、遠くに男の人が立っていた。

近付くとその人は騎士服を着て、ロゼが居る執務室の前に立っていた。

胸の紋様は青色で、少し考えた。

緑が1番隊、赤が3番隊……青は初めて見る。


「こんにちは」


恐る恐る声をかけてみると、軽く挨拶を返してくれた。

その人は、わたしの事を不思議そうに見た。


「君、此処のメイドじゃないよね?」

「はい。ただの居候です」

「居候? どう言う経緯でこんな家に居候してるの?」


こんな家って……上司の家じゃないのか。

どうしてわたしがグラスバルトに居候しているかって聞かれても……


「ロアが、」

「あっ! 分かった理解した。じゃあ君がミツキ様だ」

「美月……様?」

「違った?」

「いえ、わたしは美月ですけど……様って?」


明らかに年上、しかも騎士に様付で呼ばれるとか……違和感しかない。

正直やめてほしい。


「ミツキ様が今度この家に嫁ぐんだろう? だとするとゆくゆくは上司の妻だから様を付けて呼ぶのは当たり前じゃない?」

「まっ、てください……」


わたしがグラスバルトの嫁になるとこの人の中で確定しているのは何故だ。


「どうしてわたしの事を知っているのですか?」

「なんでって……もうすぐ結婚するかもしれないって言ってたから」

「誰が? いつ?」

「元帥の息子が、今日」


ちなみに、この人がわたしの事を知っていたのは。

ルクスがわたしの事を知っていたように、ロアが恋をしたと言いふらしていたから。

それが原因で、わたしの事を知らない騎士の方が少ない。

騎士が知っているわたしの情報は……

グラスバルトに居候していて、水の魔力を持っていて、ロアと毎晩一緒に寝ている……最後の一文は否定したいが出来ない。


「グラスバルトに気に入られるとか、ミツキ様は運が良いんだなあ」

「良いのか悪いのか分かりません……」

「良いと思うよ。気に入られたいと努力してる女は掃いて捨てるほど居るし。俺の妹もその一人だな」

「じゃあ、あなたは貴族なんですか?」

「そうさ、2番隊に所属してる。ロア様の先輩だったんだがあっという間に追い抜かれたよ」


青色は2番隊の色なのか。この人は20代前半に見えるけど……見たままの年齢で良いのかな。

確かにロアは、まだ20歳なのに女性の色恋沙汰に巻き込まれまくってるよね。

ロアは一人しかいないのに、狙う女性は掃いて捨てるほど……


「ロア様に好きな人が出来たって妹に言ったら、そいつの事殺してやる! って」

「……はっ?」

「外に出る時は注意した方が良いよ。過激派の令嬢が刺客を送り込んでくるかもしれないし」

「ま……まさか、冗談ですよね?」

「冗談だったって笑い飛ばせればいいのにな」


騎士の表情と声色から、冗談では無い事が伝わった。

わたしが外に行けないのは、魔力を持っていて攫われるからだと思っていた。

気が付いたら魔力の有無が関係なく危険な立ち位置になっていて、乾いた笑いが漏れる。

隣に居るセレナを見たが、澄ました顔をして微笑んだ。

どうやら本当なのだと理解し始める。

ロアのせいで命が狙われているらしい。

まさかロゼが結婚を急ぐ理由の一つになっているのだろうか。

ロアに問いただしたい事が出来た時、目の前に合った扉から若い執事が出てきた。


「お待たせいたしました」


そう言って騎士に書類であろう紙を渡した。

騎士は執事に軽く会釈してから紙を受け取り踵を返した。


「ではこれで。お話楽しかったです」

「色々教えて下さってありがとうございます」


去って行く騎士に軽く頭を下げた。

姿が見えなくなってから執事に声をかける。


「ロゼさんはお仕事中ですか?」

「いいえ、現在は中で奥様と話していらっしゃいます」

「あ……ナタリアさんが居るんですね」


仕事に一区切りついて、ナタリアと二人で居るのか。

会えるかと聞くと、問題ないと返って来た。

若い執事が一度部屋に入り、会えるか聞いて来てくれた。


「旦那様も奥様もミツキ様とお話がしたいそうです」


そう言って扉を開けてくれた。

入る前から立派で豪奢な机があった。

机の上には数冊の本と、ペン、紙も何枚か置いてある。

その奥に大きな窓が見えた。

赤い日差しを部屋に取り込んでいる。


「失礼します」


部屋の左右が本棚になっていた。

ずらりと多様な本が並んでいる。

恐らく、軍事的な本や、政治的な本なのだろう。


「いらっしゃいミツキさん」


最初に声をかけて来たのはナタリアだ。

ロゼの姿が無く、きょろきょろと辺りを見回す。

部屋で一番立派な椅子が空席だった。


「旦那様はインクで汚れたみたいで手洗いに行かれました。すぐ戻りますよ」


成る程と頷いた時、後ろで物音がして振り返った。

セレナが椅子を出してくれていた。


「ミツキ様、どうぞ」

「ありがとうございます」


少し待つと、奥の扉からロゼが入って来た。

この部屋には出入り口が二つあるのか。


「ロゼさん……えっと、お帰りなさい」


いきなり本題に入るのもどうかと取り敢えず挨拶した。

ロゼは頷いて挨拶を返してくれた。


「それで、ミツキの話したい事って何だ?」


色々と言いたい事はあるのだけど……本人を目の前にすると緊張する。


「あの……」


言いたい事を整理しながら口を開いた。


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