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老メイド


入浴後、食事を取るために食堂に入った。

部屋にはすでに誰も居なかった。

ロアも騎士隊に行って、ナタリアも食べ終えたのだろう。

一人寂しく食事を取りながら、これからの事をぼんやりと考えた。

わたしみたいな若い女が一人で自活するのは……難しいかな……

一人暮らしした事無いし、アルバイトの経験もないし……

考えれば考えるほど気が重くなっていく。

いっぱい迷惑かけたから、これ以上はと思ってしまう。

ロアが帰って来たら、色々話さなきゃいけないなあ。

食事を終えて、部屋に戻る為に廊下を歩く。

セレナは何か用があるとかで、食堂前で別れた。

今日も美味しいご飯でした。

あ、そう言えばシェルアにお味噌を貰ってたんだ。今度味噌汁作ろうかな。

厨房を借りる事は出来るだろうか。

納豆も食べたい。臭いがきついから一人の時にでも。

風の村で貰った食材に思いをはせていると、正面にお婆さんが現れた。

メイド服を着て、杖をついてやっと歩いている感じだ。

一歩踏み出すだけでハラハラしてしまう。


「おはようございます」


取り敢えず挨拶すると、しわくちゃの顔をさらにしわしわにしてお婆さんは笑った。


「ああ……おはよう」


目、見えてるのかな? 深く刻まれた皺に不躾にもそう思ってしまった。

これだけ年を取っているメイドは見た事が無い。

屋敷で見るのは元気なおばちゃんや、セレナのように若いメイドが多い。

気にしながらすれ違おうとした時、


「ひゃっ! お婆さん!?」


何かにつまずいたのかお婆さんが転びそうになった。

慌てて支えると、お婆さんは膝をついてしがみ付いてくる。

仕方なくわたしも膝をついてお婆さんと向き合った。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫さ」

「誰か人を呼びましょうか?」

「平気だよ」


こんなお婆さんでも此処のメイド……なんだよね。

普段の仕事は何を担当しているのだろう?


「何処へ行くつもりでしたか? 送っていきます」


提案すると、お婆さんは黙ってわたしを見つめた。


「お婆さん……? っ!」


両腕を掴まれて、ぐいっと引き寄せられた。

しわしわの顔が真正面に来る。

わたしにも祖父母が居た。けど此処まで年を取っている訳では無いし、こんなに皺がある訳でもない。

思ったよりも強いお婆さんの力に驚いていると、お婆さんの瞼が震えた。

しばらくしてゆっくりと瞼が上に持ち上がった。

綺麗な、緑色の瞳。


「ご無礼をお許しください」

「……お婆さん?」

「ミツキ様を試していました。申し訳ありません」


お婆さんは先程までよぼよぼしていたのが嘘のように、すっと立ち上がった。


「グラスバルト邸でメイド長をしています。ババとお呼び下さい」

「ババさん?」

「呼び捨てで結構ですよ。……少しお部屋で話をいたしませんか?」


メイド長って事は……セレナやサラ、リファの上司って事だよね。

話があるならしておいた方が良いかと、立ち上がりながら頷いた。

ババはセレナやサラと同じ速度で歩き始めた。

先導され、後ろを付いて行くと案内されたのは、わたしの部屋だった。


「さあ、どうぞ」


セレナが何時もしてくれるように、ババは扉を開けた。

部屋に入ると、ババが椅子を引いてくれた。セレナと行動が被る。

それから手際よく紅茶を淹れはじめた。


「ミツキ様は紅茶を良く飲まれますか?」

「こちらでお世話になり始めて、良く飲むようになりました」

「向こうの世界ではどのような物をお飲みになりましたか?」

「緑茶を良く飲んでました」


お茶の葉に急須で。母が好きで飲んでいたから、自然と良く飲んだ。

懐かしいな、もう飲めないのかな。


「緑茶……」

「? ババさん?」


呼びかけるとハッとした表情を浮かべ、紅茶を淹れる作業に戻った。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


紅茶からはふんわりと湯気が立っている。

飲むにはまだ熱すぎる気がする。

ババの方を見ると、わたしの後ろに立っていた。いや、控えていると言った方が良いのかも知れない。

持っていた杖は壁に立てかけてある。本来は必要の無い物のようだ。


「あの……どうぞ、座って下さい」


老人を立たせて自分だけ座っているなんて……罪悪感やばい。

目の前に老人が立っているのに優先席に座っている気分だ。

しかし、ババは首を振って断った。


「我々はお仕えしている身ですので、同じ席には座れません」


う~ん……ババが仕えているのはグラスバルトであって、わたしでは無いのだから良いと思うんだけど。

わたし何にも偉くないし。


「それで……お話って、何でしょう?」


言うとババはわたしの目の前に立った。

あまり腰が曲がっていない、綺麗な姿勢だった。


「……セレナに、今しばらく時間をおいてくれと言われました」


セレナに? 何の話だろう。


「しかし、旦那様からあのような話を聞かされては! 言わずにはいられませぬ!」

「えっ!?」


勢いよく両手を掴まれた。

ババの体が机に当たって、紅茶が零れそうになった。


「どうか坊ちゃまをよろしくお願いいたします!」

「えっ? ………えっ!?」


ぽかんと口を開けてババを見上げる。

ババは頭を下げたままわたしの手を掴んでいる。

何の話なのか、全く状況が読み込めない。


「ごめんなさい、何の話でしょうか……」

「なんと!」


顔を上げたババが叫んだ。

しわくちゃの顔の迫力がすごい。


「プロポーズがお済では無かったでしょうか!?」

「ぷっ、ぷろ!?」

「坊ちゃま、何と言う……グラスバルトの名が泣きますぞ」


嘆き悲しむババの目の前で、赤くなる。

プロポーズ、ってあれだよね。

あれだよね!?

ちょっと待って、落ち着こう……

まずロアとは恋人でもないし、けっ……結婚とか……

結婚と言えばロアに付き纏う問題だったから、全く考えてなかったとは言えないけど……

でも、まさか、わたしがとは思わなかった。

今までずっと家に帰れると思っていたし、わたしはまだ17歳だし、そもそもロアの家は高位貴族だし。

全く違う世界だなって豪邸にメイドを見て今でも思ってるし。

……でも、この世界に残って欲しいって、色んな人に言われてきた。

たぶん、ロアと一緒に、とか、ロアの隣で、って意味だったと思う。


「プロポーズされてなくてごめんなさい」

「いいえ、坊ちゃまが悪いのです! 好きな女性に」


ババの言葉を遮るように勢いよく扉が開いた。

息を切らしたセレナがババを見て溜息を吐いた。


「なんですかセレナ! 何時もノックをしてからと……」

「ババ様! まだ早いと言ったではないですか!?」

「旦那様がああ言われたのです! 早いどころか遅いぐらいです!」


あちゃー、とセレナが顔をしかめる。

えっと……旦那様って、ロゼの事だよね。

何か言ったのかな。

プロポーズと何か関係があるのかな。


「ババ様、お願いです。ミツキ様が身構えてしまいます……昨晩のミツキ様のご様子は報告の通りです……どうか、今しばらく猶予を……」

「どのぐらい待てばよいのです、もう私は待てません」

「機を見て必ず……自由を奪って不幸な思いをさせたくないのです、どうか……」


頭を下げたセレナをババが見下ろしていた。

張り詰める空気に、おどおどする。

わたしの事、だよね。自分の事なのに話が全く分からなくて不安になる。


「分かりました」


セレナが顔を上げた。


「この件はあなたに一任します」

「ありがとうございます」

「全てはグラスバルトの為に、判断を誤らぬよう……分かりましたね」


返事をした後、セレナはまた頭を下げた。

おいてきぼりのわたしに、ババが声をかけて来た。


「ミツキ様」

「は、はい」

「セレナは当家のメイドの中でも特に出来の良い子です。屋敷での不満等あれば何なりとお申し付けください」

「わかり、ました。ありがとうございます」

「今日は仕事の為、このあたりで失礼させていただきます。先程のご無礼をお許しください」


杖を持ってババが部屋から出て行った。

終始ぽかーんとしていたが、セレナから説明は……


「ミツキ様、申し訳ありません」

「セレナさん……何がどうなってるの?」

「ババ様の暴走です。ババ様は普段北館で指示を出すだけで滅多に出て来ないのですが……」


少しだけ考え込んでしまったセレナに不安になる。

表情に不安が出てしまっていたようで、セレナが慌てて笑顔を作った。


「安心して下さい、今からご説明いたします……ババ様が何故暴走したのか、理由も分かっていますから……」


セレナは少しだけ慌てながら、今屋敷で何が起こっているのか説明し始めた。


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