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居場所


真っ暗な空間の中、棺桶の中を覗き込んだ。


「ひっ」


中に入っている自分を見て、既視感を覚えた。

わたし何か……何か、忘れてる。

真っ暗な空間に棺桶とわたしだけ。

中に入っているわたしは、ピクリとも動かない。

異常な光景にしゃがみ込んだ。

嫌だ、この後怖い事が起こる。それだけは知っている。


「わたし……なにか……」


自分の手の平を眺めた後、思い出せなくて顔を掩って泣いた。

こんな場所に一人は嫌だ。誰か、助けて。


「ろあ……」


……ロア。

ロア?

ロア。

……そうだ! ロア!

顔を上げると同時に、手首を掴まれた。

驚いてその人の顔を見つめた。


「ミツキ、行こう」


何処へ、と聞く暇は無かった。

何かから逃げる為に立ち上がった。

腕を引っ張られて走った。一歩踏み出すごとに目の前が明るくなっていく。

暗い場所から光差す場所へ。


「ロア、待って」


声をかけてもロアは立ち止まらなかった。


「何処に行くの!?」

「決まってるだろ!」


振り向いたロアと目が合った。

明るい真っ赤な瞳。


「帰るべき場所、自分の居場所、もう分かっているだろう?」


周りが真っ白になって、目の前も真っ白になった。

ロアの事も自分の事も見えなくなった。




*****




目を開けた。

窓から朝日が入り、部屋を温かく照らしている。

重たい頭を無理に起こして、腫れぼったい泣きはらした目で周りを確認した。

不思議と心が凪いでいた。


「ロア」


隣で寝ているロアに声をかけた。

ロアが少しだけもぞもぞ動いた後、目が合った。


「ミツキ……!」


ロアは起き上がった後、両手を伸ばした。

わたしは両の手を取って、じっとロアを見つめた。


「……おはよう」


自然に笑えているだろうか。こわばったり、引きつったり、してないだろうか。

ロアが眉を寄せたから、無理して笑って居るように見えたのかもしれない。


「おはよう」


繋いでいた手を引っ張られ、ロアの腕の中にすっぽり収まった。

とっても安心する、わたしの居場所。

抱きしめられて、また背中を撫でられた。

安心して、息を吐いた。


「……夢の中にロアが出てきてね」


すり寄ってロアの服を掴む。

今出来る精一杯の笑顔を向ける。


「助けてくれたよ」


ロアは驚いた顔をしていたけど、すぐに微笑み返してくれた。


「ありがとう」


きつく抱きしめられてから、わたしも背中に腕を回す。


「よかっ……た!」


そう言った後、ロアはわたしの目を覗き込んだ。

安心したのか目尻が緩んだロアの頬にキスをした。


「っ、ひゃっ」


何故か押し倒されて、ベッドに体が沈み込む。


「もう笑ってくれないかと思って……良かった、ミツキ本当に……」

「……心配してくれたの?」

「あたりまえだろ」


まだ頭はジンジンしてるし、気を抜くと涙が出る。

不安な気持ちはまだ残ってはいるけど、もう大丈夫、そう思える。

ロアはわたしの心が壊れちゃったかも知れないと、とても心配していたそうだ。


「そんなに簡単に壊れたりしないよ?」

「ミツキは俺の知らない場所に行くのが得意だから」

「ロアの知らない場所に行くのは、もう遠慮したい……」


その話題は連れ去られた事を思い出す……

ロアがすごく安心したような顔でわたしを抱きしめるから、出て行く事が出来ない。

と言うか、出て行く気が無くなる。

だって此処が、わたしの居場所だから。

ロアの胸に頬を寄せて、見上げるとキスしてくれた。

べたべたに甘えていると、ノックの音が聞こえた。


「あ、ロアお仕事……」


眉を寄せ、行きたくないと訴えているロアに少しだけ笑ってしまった。

ロアがベッドから降りるのに続く。


「母上!? どうなさったんですか!?」


扉の向こうにはナタリアが一人居るだけだった。


「ロア……ミツキさんの事が心配で……」


真っ青な顔でか細く話すナタリアを一端部屋に入れる。

慌てて椅子を引いて座るように促した。


「ナタリアさん……」


声をかけると、座ったナタリアに両腕を掴まれた。


「よ……かっ……」


それだけ言って泣き始めたナタリアに驚いた。

どうやら昨晩、わたしが泣きわめいて暴れた光景を見て色々と思う所があったようだ。

普通に会話出来る事がどれだけ恵まれた事なのか、よく分かったらしい。


「もう少し休めば、元気になりますから」


まだ完全に元気になったとは言えないけど……すぐに良くなる。胸を張ってそう言える。


「家族と別れるのは、つらかったでしょう……」

「お別れを言う事は出来ませんでした。それだけは心残りです」

「可哀想に……」


もう帰れない。会う事は出来ない。わたしだけ遠くに行ってしまった。

お父さん、お母さん、亮。

事故の後、どうしているだろうか。大きな怪我をしていないだろうか。それだけが気がかりだ。

ナタリアが両手をいっぱいに広げて、わたしを抱きしめてくれた。

ロアとは違って力強さや邪心は無く、真綿で包み込む優しい抱擁だった。

優しさだけは同じだった。


「ナタリアさん……あの、わたし……行く場が無くて……」


故郷へ帰るわたしの旅は終わった。

次、どうしなければいけないのか、分かっているつもりだ。

自立だ。自分でお金を稼いで一人で生活しなければ。

ロアに何時までも頼りたくないし、自活しなきゃ。

ロアの気持ちは分かっているつもりだけど、何もかも人任せな女性はロアにもこの家にも相応しくないと思う。


「少しずつ外に出ようかと思ってはいるんですが……」

「外!? 何を言うんだミツキ!」


ロアに怒鳴られた。

魔力を持ったわたしが外に行く事を許す事は出来ないと言われた。

言ってる事は分かるんだけど……分かりすぎるぐらいなんだけど……


「この世界で生きていくにはお金が必要でしょ?」

「なんでそこで金が出て来るんだ」

「働こうかと思って」


ロアが重い重い溜息を吐き出した。

ナタリアがぎゅううと腕の力を強める。

え? なに?


「お前の切り替えの早さは素晴らしいと思うよ」

「そんな事無いと思うけど……」


家に帰れない→この世界で生きていく→自活しよう→お金が必要→働かなきゃ!

わたしの思考回路は至って単純だ。


「俺の稼ぎじゃ足りないって言うのか!」

「いや、ロアがどれだけ稼いでるのかなんて知らないし、関係ないし」

「俺がお前を外に出すと思っているのか!?」


言われて、眉を寄せた。

そうだね外に出すとは思えないね。


「ミツキさん」


わたしを抱きしめて離さないナタリアがずれた事を言い始める。


「ロアはまだ若いですが1番隊所属で、豪邸でも暮らしていけるだけの稼ぎがあります」

「いや、その……」

「そのうち元帥にもなりますから、失業する事もありません……ご不満があるなら教えてください……」


不満は全くない、と言うか関係ないのだけど……

自活して自立したいのだけど、反対されそう……

どう言えば分かってくれるかな……う~ん……


ぐうぅう……


腹の虫が鳴った。

ロアにもナタリアにも聞こえただろう。

と言うか、今思い出した。

わたし昨日お風呂に入ってない……!


「朝食にしましょうか」


ナタリアがそう言ったのでほっとする。

ロアは険しい表情でわたしを見て……いや、睨んでいた。

タイミング良くセレナが部屋をノックした。

絶対会話を聞いていたと思う。


「お食事の準備が出来ております。ミツキ様は御入浴の準備が出来ております」

「あっ、ありがとうございます」


セレナは気がきく。昨日入れなかったからなあ。

まず扉から一番近くに居るロアが部屋から出て行こうとする。


「ミツキ」

「うっ……なに?」

「さっきの話、後で詳しく聞かせろよ……」


ニコニコ笑顔でドスのきいた声でそんな事言われたら、無言で何度も頷くしかない。

自立しよう、なんて小さな決意があっという間に消え失せそうだ。

ロアが部屋から出て行って、ナタリアはようやくわたしの事を離してくれた。


「ナタリアさん、先に食べてて下さい」

「ええ……」


離れようとした時、また腕を掴まれた。


「? ナタリアさん?」

「……ごめんなさい、何でも、ないわ」


不安げに見上げられて、首を傾げた。

セレナに先導されて部屋から出ると、リファが慌てた様子で駆け寄って来た。


「奥様はこちらですか!?」

「そうですけど……」

「ああ、良かった………奥様!」


部屋に入って行ったリファの様子から、ナタリアは誰にも告げずにわたしの部屋まで来たようだ。

体調が良くなさそうだから、余計に心配していたのかもしれない。


「ミツキ様?」

「あ、ごめん……今行きます」


セレナの後について行って、風呂に入る事にした。


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