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崩壊


「いやあぁああぁあ!!!」


聞いていたくなくて叫んだ。

叫ぶと声は聞こえなくなった。

だから余計に叫び続けた。


「あぁああぁあああ!!!」


喉が壊れても良いと思った。

いっそ、耳を壊して欲しい。


「ミツキ!?」


誰かがわたしを呼んだ。


「落ち着け! どうしたんだ!」

「あぁあ、あー!」

「ミツキ!」


声が続く限り叫んでいると、体が締め付けられた。

抱きしめられていると気が付いたのは、恐る恐る目を開けた時だった。


「あぁ……」


全部、思い出した。

わたしは死んで、この世界に来たんだ。

……ロア。

優しい匂いがするこの人の事を、どうして忘れていたのだろう?

流れ続ける涙のせいで、目の前がぼやける。

心が限界だった。


「少しは落ち着いたか?」


聞かれて緩慢に頷いた。

部屋は真っ暗だった。眠った時はまだ日があったのに。


「ろ、あ……」


思い出した名前をたどたどしく呟く。

ロアは寝る時に着ている服装だった。もしかしたら深夜なのかもしれない。


「こわ、かった……」

「……うん」

「こわい、ゆめ、みて……」

「うん」

「わたし、わたし……しんじゃった……」


溢れる涙を拭って、またきつく抱きしめてくれた。

存在を確かめるように、何度も何度も。


「お前は死んでない、此処に居る」

「……ぅう」

「お前は死なない、俺が守るから」


ロア、と名前を言いかけた口を塞がれた。

それが強引なキスだったと気が付くのに少しだけ時間がかかった。

触れただけでロアの魔力が少しだけ入って来て、すごく安心した。

一人じゃないって、そう思えた。

あと少し、ほんのちょっとでもいいから……魔力が欲しい。


「ろ、あ……あの……」


ロアは部屋のドアを見ていた。


「ごめん、ちょっと待ってて」


ギシ、とベッドを軋ませて離れようとするロアの服を掴んでしまった。

驚いた顔のロアと目が合った。


「いや、ろあ……」

「ミツキ?」

「ひとりに、しないで」


ポロポロと涙が溢れる。

一人は嫌だ、怖い。また悪夢を見ると思うと、安心して眠れない。

縋るように手を伸ばす。

ロアはその手を取って、また抱きしめてくれた。

背中に手を伸ばしてしがみ付いた。


「ミツキ……」

「ひとりは、こわいの」

「うん」

「おねがい、そばにいて」

「そばに居る。約束する」


指先が痛くなるぐらいロアの服を握った。

ロアはずっとわたしの背中を撫でてくれた。

引きつった呼吸が段々と楽になって来た。


「ミツキごめん、ちょっとだけ」


ロアは扉の向こうを気にしている。

嫌だと首を振ると困った表情を浮かべる。


「部屋から出ないから、見える場所に居る」

「……やくそく?」

「約束」


泣きながら小指を差し出す。

ロアは首を傾げたが気が付いて小指同士を絡めた。


「指切りだっけか」

「……ん」

「針千本だな」


約束した後、ロアがベッドから出て行く。

また不安な気持ちに襲われる。

動悸が激しくなって、呼吸も荒くなる。

涙を流しながらロアを追った。


「大丈夫だ、怖い夢を見たらしい」


ドアを開けて、ロアは廊下に居る人と話をしていた。

細かい会話までは遠くて良く聞こえなかったが、相手はセレナとサラだろう。

二人の心配する声が聞こえて来て、叫んだから駆けつけてくれたのかなと有難く思った。


「そんなに心配しないで下さい。母上の方が具合が悪そうです」


ナタリアさんも居るの?

わたし、色んな人に迷惑かけてる。


「今晩は此処で寝ます……はい、気を付けます………父上」


ドアがゆっくり閉まった。

戻ってくるロアに両手を伸ばす。


「落ちるぞ」


ベッドから身を乗り出してロアを迎え入れると、そう笑いながら言われた。

ロアの腕の中に戻ると、安心して楽になった。

わたしは死んでない、生きてる。

体温があって、呼吸をして、今を生きてる。


「ん、ろあ、ろあ」


子供みたいにロアに甘えた。

鼻先を寄せて、自分からキスした。

ロアはとっても驚いてたけど、受け入れてくれた。

……魔力欲しい。ちゅう、と唇を吸う。


「どうしたんだ?」

「まりょく、ほしい……」

「え?」

「ろあの、ほしい……」


ロアがわたしにやってくるように、首筋を甘噛みする。

そのうち口が寂しくてちゅうちゅう吸った。

ロアは優しく背を撫でてくれた。


「どうして魔力が欲しいんだ?」

「あんしんする、から」

「なんで安心するんだ?」


なんで……?


「ひとりじゃない、って……ろあと、いっしょだって、おもえるから……」


だから欲しい、と見上げる。

ロアは少しだけ眉を寄せている。


「ちゅうして?」


おねだりすると、視線が上を向いていた。

押し倒されて、ロアを見上げた。その目はぎらついているように見えた。


「ろあっ、んっ」


キスされて、舌が口をこじ開けて中に入って来た。

同時に大量の魔力が舌を通じて入ってくる。

ビクン、と体が勝手に跳ねる。

跳ねる体を動くなと言いたげにきつく抱きしめられ、口付けが深くなっていく。

翻弄される中、必死に腕を回しロアにしがみ付いた。


「っ、ふぅ……は、」


絡め取られた舌を甘噛みされて、頭がクラクラする。

必死に魔力を求めた。

ロアの存在を感じたい以上に、何も考えたくなかったから。


「はー……はー……」


ようやく解放してくれたけど、もう体に力は入らない。

頭もドロドロに溶けてしまった。

荒く息をしてベッドに沈む。

ロアを見上げた。自制心は何処かに行ってしまっていた。


「ろあ……はぁ、もういっかい……」

「………」

「もっと、ちょうだい……」


涙が流れた。

それは現状が悲しいからなのか、自分がこんな事をしているからなのか……あるいは両方なのか、分からなかった。

ロアが顔をしかめた。その表情をぼんやりと眺める。


「ミツキ、魔力ならあげるから」


ロアの手がわたしの頬に触れた。そこから魔力が流れ込んできた。

それに満足できなかった。

だって、キスの方が何倍も気持ち良いから。


「ちゅうがいい……ろあ」

「駄目だ」

「なんで? あきた?」

「飽きるはずないだろ」

「……なんで?」


ロアの目が泳いだ。

離れたくなくて必死に力の入らない指でロアの服を掴む。


「これ以上すると、俺が止まらなくなるから……」


止まらなくて良い、と喉まで出かけたが飲み込んだ。

ロアはわたしの事を慰めに来ている。

精神がおかしくなってしまっているわたしに手を出す事は出来ないのかもしれない。

ロアは優しい。本当はしたくてしょうがない癖に。


「もう遅い。寝る事も大切な療養だ」

「ねるの、こわい」

「そばにいる。何かあったら起こしていい」


安心させるためか、頭を撫でた後に額にキスしてくれた。

本当は寝たくない。

でも……頭がとけてる今の状況、睡魔に襲われつつあった。


「こわい! ろあ、こわいよ!」

「怖かったな……ほら」


もう一度、唇を重ねた。触れるだけだったがキスが一番、安心した。


「悪夢を見たら俺の事を思い出せ」

「ろあぁ……」

「絶対、助けてやるから」


繋いだ手から魔力が流れてきた。

目を開けていられなくて閉じてしまった。

暗闇が怖かった。でもロアがずっと抱きしめてくれていた。

一人じゃない、そばに居てくれる。

ロアが一緒に居てくれる。そう強く思ってようやく眠りについた。

流れてくる魔力が心地よかった。




*****




ミツキの寝顔を眺めた。

突然叫びだしたから何事かと思った。すごく心配だったけど、今は安らかに寝息を立てている。

良かった。ひとまずは安心した。

顔にかかってしまっていたミツキの前髪を指先でどけた時、控えめにノックが鳴った。

誰だ? 確認しようとその場を離れようとするがミツキの手が服を掴んでいる事に気が付いた。


「誰だ」


仕方なくその場で聞く。


「俺だ」


その返答に眉を寄せた。


「父上……何かご用ですか」

「入るぞ」


音を立てずに扉が開いた。

開けた本人も足音一つ立てずに部屋の中に入って来た。

父上は一瞬だけミツキを見た。


「……よく眠っているな」

「寝かしつけましたから。少し手間取りました」

「そうか」


それから会話が無くなった。

何をしに来たのだろうか?

父は少しだけ悩んだそぶりを見せる。


「なんです?」

「いや……お前に聞いて置きたい事があってな」

「それは今でないといけないんですか?」


つんけんする俺に父は眉を寄せる。


「ロア、お前は……ミツキをどうするつもりだ」


意味の分からない質問に、父同様眉を寄せる。


「ミツキを当家に入れるのか」


質問の意味が分かって目を見開いた。

父が俺にと相応しい相手を探していたのは知っている。

リストを見た事があった。結局誰とも会わなかったが。


「そのつもりです」


父は少しだけ眉を寄せた。


「いいのか? もうミツキは……壊れてしまったかもしれないのに、か」


その言葉に眉を寄せる。

ミツキが壊れてしまった、この世界に来て以来望んでいた故郷へ帰る事が成し遂げられずに。

その想いが、悪夢となっているのだろう。

精神的に負担が重い事は考えずとも分かる。


「それでも構いません」


ミツキがもう笑ってくれなくても、例え心が壊れてしまっていたとしても、


「傍に居ると約束しました。約束を破る事はもうしたくありません」

「……分かった」


それだけ聞きたかったのか、父は振り返った。

その背中に声をかける。


「父上が母上と一緒になった理由が、分かった気がします」


あの頃はどうしても理由が分からなかった。

分からなかったから、家出なんて馬鹿げた事もした。


「他に替えられない大切な人を、手放せない事も良く分かりました」


父が振り返った。

暗くて良く見えないが、驚いた顔をしているに違いない。


「今まですみませんでした」


頭を下げた。父は無言でその様子を見ていたが、ふっと笑った。


「は、はは……」

「何がおかしいんですか」

「いや、理解してくれる日が来るなんて思っていなかったからな」


父は最近見た中では一番の笑顔を見せた。

おじい様と同じで、父上もあまり笑う人ではなかったな。


「ミツキに感謝しないとな」


笑ったままそう言う父に、俺も感謝しないとと頷いた。

隣ですやすや寝ているミツキ本人は、まさか俺と父上のわだかまりを解消したとは思っていないだろう。


「明日も早い、もう寝なさい」

「分かっています」

「おやすみ、ロア」


部屋から出て行く父を見送った後、ミツキの隣に横になった。

可愛い寝顔だが、涙の跡が痛々しかった。

結局、俺ではミツキの涙を止める事が出来なかった。

明日は泣きやんでほしい。

できれば笑顔が見たいと、瞼を閉じた。


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