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悪夢


全ての授業が終わり、結愛は文芸部に顔を出しに行くと言うので陽菜と二人で校舎を出た。


「あ、ほら美月」


校庭でサッカー部が練習しているのが見えた。

その中には勿論、中村君の姿がある。

視線に気が付いた中村君が手を振ったので、軽く振り返した。

その様子を傍から見ている陽菜がニヤニヤ笑う。


「なに?」

「いやあ、美月にも春が来たと思ってねー」

「もう、そんなんじゃないよ」


本当にそんな気持ち、一ミリも無いんだから。

わたしにだって好きな人がい……


「?」

「美月? どうしたの置いてくよー」

「あ、待って」


おかしいな、わたしに好きな人は居ないはずなのに。

どうしているって言いそうになったのだろう?

今日は変な日だなあ。


「ねー美月、今度さあパンケーキ食べに行かない?」

「パンケーキ?」

「駅前に新しいお店が出来たの! 興味あるでしょ?」

「行ってみたい」

「よーし! いつ行く? 今日行く?」


旅行の準備があるからと、今日は断わった。

月曜は中村君と勉強なので、火曜日に行く事にした。

予定が目白押しだ。

ふわふわのパンケーキ、楽しみだなあ。


「じゃあねー! お土産期待してる!」

「期待しといて、また月曜にね!」


駅で陽菜と別れた。

いつも通り電車に乗って数駅、最寄の駅で降りる。

すっかり日が落ちるのが早くなった。夕陽がわずかに地平線から漏れ出る。

数分歩くと見慣れた二階建ての家が見えてきた。


「ただいまー」


靴を脱いで家の中に入った。

キッチンに電気が灯ってる。


「お母さんただいま」

「お帰り、美月」


母は料理の真っ最中。

今日の夕飯は何だろう? お味噌汁の良い匂いがする。


「今日はお父さん、定時で帰って来るって」

「そうなんだ。じゃあもう帰って来るね」


久しぶりに家族四人で夕食が食べられそうだ。

此処の所、父は残業ばかりだったからなあ。


「美月、明日の準備は済ませてある?」

「途中まで」

「なるべく早く済ませちゃいなさい」

「はあい」

りょうにも言っておいてくれない? 言ったけどあの子、まだ何も準備してなさそうで……」


亮はわたしの弟だ。

確かに亮の性格からいって準備をしているとは思えない。


「分かった言っとく。着替えて来るね」

「よろしくね」


キッチンを出て、階段を上る。

上った先にある部屋のうち、手前が弟、奥がわたしの部屋だ。

取り敢えず荷物を降ろそうと亮の部屋の前を通り過ぎる。


「ぎゃあああぁあ!!!」

「ひっ……へ?」

「くっくるなあ! やめろおおお!」


亮の声だ。誰かに襲われてる?

荷物を廊下に乱暴に置いて、慌ててドアを開けた。


「亮!? どうし……」

「あ、あわわ。えっ誰?」


ドアを開けて全てを察した。

亮はゲームをしていた。アイマスクみたいに目に付けるタイプの、VRだ。


「何してるの?」

「ぎぃやあああああ!!!」

「ちょっ、外して!!!」


無理矢理ゲームを外した。

ひぃひぃと涙を浮かべる弟に呆れた。


「ホラーゲーム?」

「うん」

「はあ……」


ホラー苦手なのによくやるよ。


「めっちゃ怖い。死んだと思った」

「明日の準備はもうした?」

「ううん、まだ」


眉を寄せる。

ゲームをしている場合か?


「準備終わるまでゲーム禁止」

「えー!?」

「準備しなかったら置いてくからね!」


そう言って部屋を出た。わたしも準備しなくちゃ。

自室に入って、取り敢えず家着に着替える。

えーと、明日着ていく服は……


「美月! 亮! ご飯よ!」


下の階から母が大きな声で言った。

父が帰って来たようだ。


「はーい!」


準備途中だが先に夕食を食べてしまおう。

勢いよくドアを開けて、廊下に出た。


「えっ?」


廊下に出たはずだった。

目の前には、無限に続く暗闇。どんな光も見通せない。

慌てて後ろを振り返った。

出てきたはずのドアは、何処にも無かった。

何も無い暗闇に、ぽつんと一人残された。


「亮……?」


隣の部屋に居たはずの弟の姿もない。


「お母さん、お父さん」


誰の返事もない。

ただ自分の声が暗闇に吸い込まれていくだけ。

どうする事も出来ず、ただ一人立ちつくした。


「ぐすっ……」


鼻をすする音が聞こえて、振り向いた。

そこで、陽菜と結愛がぼろぼろ泣いていた。

二人の目の前には、棺桶らしきものがある。


「どうしたの、二人とも?」


手を伸ばし、陽菜の肩に触れようとした。

しかし、手はすり抜けてしまった。何度も触ろうとするが、触れない。

それに二人にはわたしの声が聞こえていない様子だった。

そこに……


「中村君……?」


何処からか中村君が現れて、棺桶の中に花を一輪手向けた。

棺桶の中を覗き込んだ後、中村君は涙を浮かべその場を去って行った。

中村君と同じように棺桶を覗き込もうとすると、


「美月」


振り向くと、母が俯いて佇んでいた。


「お母さん」


母は暗い顔をしていた。今までそんな顔、見た事が無かった。


「どうして、死んでしまったの」

「……ぇ?」

「親より早く死ぬなんて、親不孝」

「お母さん……?」


母はわたしの真横を通り過ぎて棺桶にすがりついた。


「みつき、どうして!」

「………」

「お母さんが旅行に行こうなんて言ったから……!」

「おかあ、さ」

「あんまりだわ! 神様、ああ神様! 私はどうなってもいい! 美月を! 美月を返してえ!!!」


泣き叫び始めた母を茫然と見ているしか出来なかった。

なに、これ。

冗談だよね? わたしが死んだなんて……


「やめないか」


そこに父が現れ、母を諭し始めた。


「美月はもう、死んだんだ」

「あなた……」

「もう二度と、動かない……」

「……美月………ごめんね、お母さんのせいで……ごめんね……」


死んだ者は生き返らないと、父は何度も母をなだめた。


「おとうさん……」


手を伸ばした。でも、触る事は出来なかった。

自分に肉体が無いような状態だった。


「姉ちゃん……」


消え入りそうな声が聞こえ、見遣ると弟が居た。

遠くから棺桶を涙をいっぱい溜めた目で見つめていた。


「亮」

「俺の身代わりになったんだよね……俺の代わりに死んだんだよね?」

「………」

「だったら、俺……姉ちゃんの分まで生きる。精一杯真面目に生きるよ、だから」


亮は溢れた涙を袖で乱暴に拭った。


「どうか安らかに……姉ちゃんの死を無駄にはしないから」


亮は走り去っていった。

目眩がした。

なんだ、これは? 夢だ、きっと。

目覚めたら自分のベッドで目が覚めるはずだ。

そしたら家族で旅行に……旅行に……?


「いっ」


強すぎる頭痛に呻いた。

目眩で目の前が何重にも見えた。

気が付くと母も父も姿が無かった。

唯一残っているのは、棺桶一つ。

心臓が激しく動き出し、息が切れ始める。


「はあ、はあ……はっ、はあ」


わたしは何かを忘れている。

思い出さなくちゃいけない記憶。大切な記憶。

よろよろと棺桶に近付く。

……旅行に行った、そうだ旅行に行って楽しんで帰路についたはず。

……帰りは遅くなってしまって、深夜高速道路を走っていて、それで……

わたしは棺桶の中を覗き込んだ。


「ひっ!」


棺桶の中にはわたしが入っていた。


「な、なんで! どうして!?」


何があったのか、思い出した。

わたしは事故にあった。後ろからトラックに突っ込まれて……死んだ。


「あ、ぁあぁあ!」


棺桶から少しでも離れようと尻餅をつきながらずるずると後退る。


「嘘だ、嘘だ」


耳を塞ぎ、目を閉じた。

嘘だ、信じたくない。

ふと人の気配に気が付いて、恐る恐る目を開ける。


「みんな……?」


母と父、弟に陽菜と結愛、それから中村君。

うずくまっているわたしを囲み、冷たい視線で見下ろした。

そして皆、一斉に喋り始めた。


「お前は死んだ」

「死んだ」

「死人」

「此処に居られない人間」

「事故で死んだ」


ぶつぶつと永遠に続く声が頭の中に反響し始める。


「やめて……」


耳を塞いでも聞こえてくる。


「お願い……」


これ以上は頭がおかしくなる。


「お前はもう、この世界の人間じゃない」


目の前が、真っ黒になった。


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