夢路
夕方、王都上空に辿り着いた。
帰り道、レッドが気になった町に寄って昼食を食べてきた。
レッドは旅をする事が好きな様子だった。
それに、わたしの精神状態はお世辞にも良いとは言えず、突然泣き出してしまう事もあり、休憩多めで帰って来た為、行きよりも時間がかかってしまった。
グラスバルト邸の庭に降り立った。
息の荒い風馬を労うように撫でた。
「ミツキ」
屋敷の方から安心する声が耳に届いた。
「お帰り」
仕事から帰って来たばかりだったのか、ロアはまだ騎士服を着ていた。
笑顔で迎え入れてくれたロアを見て涙が零れた。
「えっ、ミツキ……?」
ロアは走り寄り、わたしの顔を覗き込んだ。
今の気持ちをどう言って良いのか分からず涙は溢れ続けた。
「何かあったのか?」
ロアの指がわたしの涙を拭った。
「ミツキ……?」
「ロア!」
レッドに呼ばれ、ロアは顔を上げた。
「ちょっと来なさい」
「でもミツキが……」
「ミツキ」
レッドに呼ばれて振り返る。
難しい顔をしたレッドがわたしを安心させるために無理に笑顔を作った。
「疲れたでしょ? 今日はもうゆっくり休みなさい」
「………はい」
ロアは困惑している様子だったが、自分の口から理由を言う気にはなれなかった。
のろのろと屋敷に入ろうとすると、セレナが心配を顔に張り付けて現れた。
「お帰りなさいませ、ミツキ様」
「……うん」
屋敷に入ってそのまま部屋に向かった。
その間、セレナは理由を聞いては来なかった。
部屋の前まで来た時、違いに気が付いた。
部屋のドアにレリーフが無くなっていた。
そう言えば、変えてってお願いしてたんだった。
ドアを開けて部屋の中に入った。
「もうすぐ夕食となりますが、いかがいたしましょう?」
「……食べたくない」
今日の昼食は無理に食べた。
そのせいか胃の調子が悪い気がする。
多分、気のせいだと思うけど……
「横になりたい、かも……」
「どうぞ楽にしてください」
ふらふらとベッドに突っ伏した。
綺麗に整えられていたベッドは一瞬で乱れた。
横になった途端、傾けたコップから少しだけ水が零れるように涙が頬を伝った。
「お風呂は入られますか?」
「……うん」
「準備して参ります。ご用の際はベルを鳴らしてください」
セレナを見送った後、枕に顔をうずめた。
目を閉じたときの暗闇は、向こうの世界と同じで安心した。
もう家族に会えないんだ。
そう思うだけで勝手に涙が枕を濡らす。
しばらく泣いて、泣き疲れて。頭がぼおっとした。
もう一度きつく目を閉じた。
精神的に疲れていたわたしは、あっという間に眠りに落ちた。
*****
わたしはアスファルトの道を歩いていた。
「……?」
目の前には見慣れた光景が広がっている。
此処は……
「美月! おっはよー!」
「ひゃっ!?」
後ろからいきなり抱き着いて来たのは……
「陽菜? もう、やめてよぉ」
「ふふふ、驚いた?」
「すごくびっくりした!」
ああ、そうだ。
此処は通学路、わたし達は今高校に向かっている。
見慣れた通学路に着なれた制服。持ちなれた学生鞄を持って、見知った友人と笑いあった。
「今日は数学小テストだって!」
「うん、わたしは予習を……」
「まじで!? いつから真面目ちゃんになったのよー」
数学の小テスト。告知されたのは昨日の事なのに、随分昔のように感じる。
校舎に入り、同じクラスの陽菜と一緒に教室へ。
「おはよう、結愛」
教室で一人本を読んでいる友人に声をかける。
「おはよ」
「結愛おはよー!」
「おはよう」
わたしの席は結愛の後ろだ。
席に座って、さっそく一限目の数学の小テストに備える事に。
「美月ったらまっじめー」
「陽菜も教科書に目を通すぐらいしたら?」
結愛に指摘され、陽菜は苦い顔をした。
やらないとまずい事は分かっているようだった。
そのうち、ホームルームが始まり一時限目が始まった。
小テストはあったものの、いつもと変わらない一日の始まり。
「……」
小テストの内容は見覚えのある内容だった。
見覚えがあったら駄目だと思うんだけど……まあ、いっか。
時間は飛ぶように過ぎて、お昼の時間になった。
陽菜と結愛、三人で囲んでお昼を食べる。
結愛とわたしはお弁当、陽菜はコンビニのパン。いつのも光景だ。
「ねー、結愛って今何を読んでるの?」
「この本?」
「お堅い結愛もそんな本読むんだと思ってさー」
二人の会話に気になって、結愛の手元の本を覗き込む。
カッコイイ男性と綺麗な女性が煌びやかに表紙に描かれていた。
表紙を見ただけで恋愛小説だと分かるデザイン……確かに結愛が普段読んでいるお堅い本とは全く違う。
「これ母親の本なんだけど、ちょっと気になって持ってきちゃった」
「結愛のお母さんってこんなの読むんだー!」
じっと表紙を見つめた。
男性の方、何だか見覚えがあるような……
「結愛、この本ってどう言う内容なの?」
「ん? えっと……簡単に言うと身分差恋愛、王道ね」
男性は貴族だけど、女性は平民……よくある設定のようだ。
「題名は、三つの月。月が三つある世界が舞台なの」
「……ぇ?」
「美月が本に興味持つなんて珍し。読み終わったら貸してあげようか?」
「ううん……大丈夫、だけど……」
三つの月……?
もう一度表紙を盗み見た。
黒髪に赤目、整った顔立ちに大剣を持って……あ、あれ?
さっき見た時と変わってる気が……
女性の方も見た目が変わってる。
わたしに似てる……? でも目が青い……
「あっ」
慌てて手鏡をポケットから取り出して自分の目を確認した。
そこにはいつも通り、ダークブラウンの瞳があった。
「……よかった」
と呟いて、何に安心しているのかと首を捻った。
食事を食べ終え、二人と談笑していると、
「河野!」
苗字を呼ばれ、振り向いた。
「中村君? どうしたの?」
椅子に座ったまま声の主を見上げた。
彼は同じクラスでサッカー部所属の中村 樹。
切っ掛けは忘れたが、最近良く話しかけてくる。
「あの……」
「?」
「もうすぐ中間テストだろ?」
「うん。赤点取らないようにしないとね」
言っておくがわたしはそんなに勉強が出来る方では無い。
結愛は勉強出来るけど、陽菜はわたしよりも出来ない。
わたしは何に置いても中間だ。
「それでー……その……」
「?」
首を傾げると、結愛がボソッと言った。
「美月、中村君きっと一緒に勉強がしたいんじゃない?」
「え? なんでわたしと? わたし頭悪い……」
「中村君は勉強出来る方でしょ? 美月に教えたいんじゃない?」
「結愛で間に合ってる……」
「まあそう言わずに」
また彼と向き合った。
なんとなく彼は照れている気がした。
「わたし勉強出来ないけど」
「そうか! 何が苦手だ?」
「数学が一番……」
「俺は数学が得意だから、教えてもいいけど」
ちらりと結愛と陽菜を見た。
陽菜がニヤニヤしているのが癇に障る。
「じゃあ、教えてくれる?」
「! ああ、勿論! 明日、空いてるか?」
明日は……土曜日だ。
「ごめん、土日って外せない用事があるの」
「そうか……じゃあ月曜日、学校終わってからはどうだ?」
「いいけど、どこで勉強するの?」
「図書館に行かないか? 俺、良くそこで勉強するんだ」
「分かった、良いよ」
彼は笑顔だった。
その笑顔をぼんやりと眺める。
彼がわたしの事を好きなのは分かっている。
けどわたしは、彼の事を何とも思っていない。
陽菜も結愛も、中村君の事応援しているのは分かるけど……正直、面倒だ。
「デートね」
「お勉強デート」
「もう、二人して……そんなんじゃないよ」
頬を膨らませて苛立ちをあらわにする。
「土日の用事って何かあるの?」
「あー、それは」
結愛の質問に答えながら明日へ思いを巡らせた。
「家族で旅行なの。一泊二日! すごく楽しみ!」
「そう言えば言ってたね」
「お土産期待してるねー!」
途端、ぶわっと鳥肌が立った。
「え?」
心臓もドキドキと激しく動き出した。
体が硬直した。
固まってしまった体を何とか動かして腕に触れた。
何? 今の?
まるで体が、行く事を拒んでいるような……
「美月? どうしたの?」
「……え?」
「真っ青だよ? 保健室行く?」
「だ、い、じょうぶ……」
結局、鳥肌と嫌な予感は学校が終わるまで続いた。
心臓がずっとうるさかった。




