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初代村長の日記


明るい日差しに目が覚めた。

貸し与えられた風の民と同じ住居の中。

昨日は楽しむだけ楽しんだ後、シャワーを浴びて寝たのだった。

祭りの最後に、突発的に男達の力比べが行われていた。

武器と攻撃魔法は使用禁止。己の肉体のみ。

見ていて相撲か柔道みたいだと思った。

優勝したのはオーランドだった。

英雄は沢山の人に囲まれて、中心で笑っているのが似合っている。

着替えを終えて、荷物を持って外に出た。

外ではすでに二人が待ってくれていた。


「すみません、お待たせしましたか?」

「ううん、今出てきた所」


乗って来た二頭の風馬が草を食んでいた。

話を聞いたら王都に帰る為にもう連れて来たのだとか。

二人とも明日は騎士隊での業務に戻るから、早くに帰りたいのかもしれない。

風馬を連れて村長の家に向かう。

朝早い為、村の人とはすれ違わなかった。


「やあ、いらっしゃい。悪いね何度も来る事になっちゃって」


再び村長宅に足を踏み入れた。

初めてきた時と違うのは、ロナントがいる事だろう。

風馬は外に繋いできた。


「見せたかったものはこれだよ」


村長が巻物のような物を見せてくれた。

開いて中を見ると、筆で書かれた古い字の為読む事が出来なかった。

図書館で見た字はギリギリ読めたんだけど。


「う~ん……」


しばらく唸っていると、


「……ん?」


この世界の字が日本語に変換されるように、目の前の字もわたしの知る文字に変換された事に気が付いた。

この世界の字だけではないのか、と女神に感謝した。


「読めるかい?」

「なんとか」

「好きに読んで良いよ。まあ内容は知っているのだけどね」


許可を得て巻物を読み始める。

内容は……やっぱり日記のような物だった。




混乱しているが、現状を記しておく。

数刻前、巨大な地震があった。地面はめくれ山は崩れ落ち、いくつもの家や人が巻き込まれた。私も例外では無く、家の下敷きになっていた。

唯一の救いは、妻と子供達が難を逃れていた事だろうか。

私は意識を失った。

気が付くと知らない草原の上に立っていた。

周りを見渡すと、同じように草原で呆けている人間が沢山存在していた。

慌てて妻と子供達を探したが誰も見つからなかった。

仕方なく周りの人に確認すると、その場にいた人は私と同じように災害で死んだと思った人間ばかりだった。

人を一か所に集め、これからどうするのかを決める話し合いをする事にする。

しかし何故か日本語が話せない。耳に届いた妙な言葉は日本語として聞こえる。

なんだ? これは? 一体何が起きているのだ?




現状を確認した。

此処に居る人は他村の人間も居た。

女子供も全員合せるとかなりの数になる。

これからの暮らしはどうするのか、我々はこの場で生きて行けるのだろうか。

取り敢えず食べ物の問題をどうにかしなければ。

狩りが出来るものに狩りに行かせ、水場を求めて移動する事にする。

それと不可思議な事に、全員の眼の色が変わってしまっていた。

赤緑青、いずれかの禍々しい色になっている。

何かの前兆か? これ以上私達を惑わさないでくれ。




夜になると三つの月が我々を見下ろしていた。

此処は何処だ? 同じ世界では無いのか?

余りの禍々しさに震え泣き出す者もいる。

どうにか安心させねば。そんな時、馬に乗った異国人を見つけた。

話は通じるだろうかと思っていると、異国人が話しかけてきた。

その言葉は我々が現在話せる言語と全く同じものだった。

話した所、此処はアークバルトと言う名の大国だと言う事が分かった。

月が三つある事はこの世界では普通の事である事を知った。

この先に小さな村があるらしい。

異国人はその村に住んでいると聞き、厚かましいが何人か村に送り情報を集めて来るように言った。

何とか水辺を見つけたので、しばらくは此処を拠点とする事を決めた。




村に送った者が帰って来た。

やはり此処は我々が住んでいた世界では無い。

この世界の知識と常識、その中に魔法と言う摩訶不思議な物があった。

村に行った者は使い方を学んだらしい。

私も早速教えを乞いに行って来る。

生きるために。




魔法は便利なものだった。

水と火が簡単に産み出せ、風であらゆるものを切り裂く事が出来た。

水問題はあっさりと解決出来た。

共に行動している人の中に大工が居たので、早速家を建てる事にした。

我々の村を作る事に決めたのだ。

異国人はどうやら我々の黒い髪が怖いらしい。

好意的な人間もいたが、別で生活した方が良さそうだ。

それと魔法が使えるようになった所、小さな人型の羽が付いた生き物が見えるようになった。

彼らは自分達の事を妖精だと名乗った。

我々が生きていく為に手を貸してくれると言った。

本当だろうか? ともあれ彼らの力を借りていこうと思う。




つい先ほど騎士隊を名乗る人物が三人ほど出来かけの村にやって来た。

周りの村から通報があったらしい。

一体誰の許可を得て村を作っているのかと。

私は全てを説明した上で、国の端で良いので置いて欲しいと懇願した。

許可を申し出る様に言われた為、私は騎士達に付いて行く事にした。




国王陛下とお会いする事が出来た。

我々が懇願に来ることは初めから知っていたご様子だった。

村を作る所か、我々を国民として受け入れて下さると約束して下さった。

ありがたい。何時か恩に報いたいと思った。

帰り道はまた騎士に送って来てもらった。

何から何まで世話になりっぱなしだ。




村での平穏な生活が始まった。

農業を始めた者や、他の村と貿易をするようになった者。

安定し始め安心した。

私も農家だったので畑を作り作物を育てている。

村には子供達の声が響いている。

……私の子供達は、家族はどうしているだろう。

妻と子が居るかもしれないと必死に探したが何処にも居なかった。

私だけこの世界に……たった一人だけ。

最近、私と同じように家族が居ない人々が集まり、魔法で元の世界に帰ろうとしている集会がある。

寂しさを紛らわせるために参加してみようかと考えている。




集会に参加してきた。

そこでは故郷への想いをつのらせている人ばかりが集まっていた。

私と同じく一人だけ来てしまった者。

一人だけ置いて来てしまった家族。

皆同じく置いて来てしまった人を心配していた。

こちらの世界に家族を呼びたい者や、逆に戻りたい者……

私は……家族の元に帰りたい。




あれから研究が始まった。

元の世界と今の世界を行き来する方法を模索し始めた。

私は積極的に研究に参加した。しかし、方法は見つかりそうもない。

最近、隣村の騎兵が村にやって来て、驚く事を言った。

国王陛下がこの村にやってくるとの事だった。




悪夢を見た。酷い悪夢だ。

家族が死んでいく夢……飢えて苦しんで死んでいく家族の夢だ。

ああ、許してくれ……私だけが飢えの無い生活をしている。

この国の大地はとても豊かなのだ。暑さも寒さもない温暖な土地だ。

何もできない父を許してくれ、本当はすぐにでも帰りたいのだ。

貧しくても痩せた土地でもかまわない。

ただ同じ時を過ごしたい。




国王陛下が村に視察に来た。

屈強な騎士が陛下の周りを固めていた。

陛下の金の双眸と目が合った。

「やあ、久しぶり」

陛下は私の事を覚えて下さっていた。何とも軽い挨拶だった。

私も挨拶をし、村の案内役を買って出た。

まだ発展途上な我が村を陛下は感心しながら見ていた。

最後にあの建物は何だと聞かれ、言葉に詰まった。

あの建物は研究施設だ。




陛下をこの場に案内したくは無かった。

研究施設と言って良いものか分からないぐらいだからだ。

何の研究をしているのかと聞かれ、余計に言葉に詰まる。

他の世界に行くための研究をしているなどと言えるはずもなかった。

答えない私に、陛下は微笑んだ。

「実は知ってるんだ」

陛下は何でも、簡単に、軽く言う人だった。




陛下はこの世界の神様から言葉を給う事が出来る存在。

私達がこの世界に落ち、村を作りたいと乞い願う事も、全て神から聞いていたと。

この世界で神と言えば、アーク、と言う名の神を指す。

陛下は教えて下さった。何故我々がこの世界に来る事になったのか。

それにはある女神が関係していた。




女神は我々の世界の神。

その女神は災害で亡くなった我々を憐れみ別の世界に送った、との事だった。

そう、我々は一度死んでいるのだ。

死んで肉体を離れた魂に女神は生きていた時と同じ肉体を作り与えた。

この世界に順応する為、魔力を与えて。

この肉体は、女神が作った物だった。元の肉体は、元の世界に残っている。

魂の無い器……死体として。

それを聞いて愕然とした。

あれからもう何年が過ぎた?

私はすでに、家族によって埋葬されているだろう。

そんな所に戻っていったらどうなる?

死者は蘇らない。家族が怖がるだけだ。




他の世界と時空を繋げることは許可できないと、陛下は強く言った。

理由は聞いても答えてはくれなかった。

私は呆然と陛下を見つめた。

今日はその悲しい研究を続けさせないために来たのだと語られた。

それもアーク様とやらの意思だった。

陛下は村に泊まることなく帰って行った。




私は村の皆に真実を伝えた。

向こうの世界で死んだ事、埋葬されている可能性が高い事。

帰っても……どうしようもない事。

泣く者、叫ぶ者、耐えている者、慰めている者、色々だった。

しばらく村は暗かった。仕方のない事だった。


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