お祭り
家から出て来たのは間違いなくレッドだった。
しかし、眉を寄せムスッとしている。
理由は着ている服装を見ればすぐに分かった。
「おお、レッド! 似合うぞ!」
「前に来た時に着たと思うけど」
「そうかあ? 忘れたな」
「父さん……」
レッドは浴衣を着ていた。
動きにくい事を知っているようで、少し動くたびに眉間の皺が深くなる。
わたしの存在に気が付いたレッドが近付いて来た。
「ミツキも着たの?」
「はい、わたしはリツナさんに……」
「おれは村長の家の人」
どうやら見た目が若い事を理由に着る事を強制されたそうだ。
広場では若い女の子達は誰もが綺麗な浴衣を着ている。
逆に着ていないと家庭の事情を疑われるそうだ。
ちなみにレッドは前回来た時にも浴衣を着たそうで、ロナントはその時の事を覚えているようだ。
「今回も似合ってる」
「着なれないから動きにくい。襲われたら対処できないかも知れない」
「俺が居るから問題ないだろう」
眉を寄せたままのレッドがロナントを見上げた。
「そうだな。お前が居れば何にも心配しなくていいのに」
言って溜息を吐いたレッド。
「よし、若い子のふりして祭りを引っ掻き回してやる! 待ってろよ!」
そのまま広場に走り出したレッドの後をロナントと一緒に追いかけて行く。
オーランドは豪快に笑った後、レッドを送り出した。どうやら村長の家に用事があるみたい。
再び広場に着くと、人が明らかに増えていた。
風の民ってこんなに人数が居たのかと驚いた。
レッドは早速いろんな人に話しかけていた。コミュ力が高くて羨ましい。
ロナントはその後ろに付いていた。
「ミツキ」
振り向くとシェルアがお肉を頬張っていた。
「シェルア」
「リリアに着せてもらったのか?」
「うん、浴衣貸してもらったよ」
「貸した本人より似合ってるんじゃないか?」
「……リリアの前では言わないでね」
なんで、と言いたげなシェルアを見て鈍感だなあとリリアと同じ事を思った。
ロアは察しが良すぎるぐらいだと言うのに。
オーランドから貰った肉の串とおにぎりを食べた。
おにぎりは懐かしい味がした。中の具材はよく分からなかったけど、美味しかった。
広場の端では大量に肉が焼かれていた。
あれだけの獲物を使い切るには焼いて食べるのが一番だと言わんばかりだ。
「シェルアは好きな人とか居ないの?」
「は?」
滅茶苦茶顔を歪め、再び肉を頬張った。
ごくんと飲み込んでから、
「いたらどうすんだよ」
「えっ、いるの? だれ!?」
「やめろ! 食い付くな! いねーよ!」
好奇心でぐいぐい迫るとすぐに否定された。
「ほんとにい?」
わざとらしく疑う声色でそう言うと、シェルアはますます不機嫌そうになる。
「ミツキは大人しい方だと思ってたが……」
「わたしは大人しい方だけど」
自分が恋をしているせいか、他の人の恋模様が気になるだけだ。
……ちょっと迷惑かも知れない。
「シェルアの事が好きな人が居るかもしれないでしょ?」
「そいつは……相当物好きだな」
「そうかな?」
「だって俺は……顔も性格も捻くれてるし」
あれもこれもそれも、と自分の駄目な所を並べ始めた。
わたしはそれを黙って聞いていた。
「村で屈指の貧乏な家だし、嫁さんなんか来ないよ」
「それは、関係ないよ」
シェルアの腕に少しだけ触った。
自分の言葉に落ち込んでいるようだった。
「駄目な所じゃ無くて、良い所を見てくれる人だって居るよ」
「良い所?」
「シェルアの事をカッコイイって言ってくれる人だって……」
リリアはシェルアの駄目な所を分かっている。
それでもカッコイイって、好きだって言っている。
「そんな女神みたいな女、居るかあ?」
「居るよ。気が付いてないだけ」
「へえ」
有り得ないとシェルアは笑った。
リリアの想いが届くのはまだ先になりそうだ。
「そういや、ミツキには好きな人が居るんだったか?」
「うん、いるけど」
「どんな奴? 乙女のハートを射抜いた男ってどんな奴か参考までに聞かせてくれよ」
「えー?」
「人の話根掘り葉掘り聞いたんだから良いだろ?」
口角を上げ、意地悪な顔のシェルアに、滅多に会うような人でも無いし話す事を決めた。
「その人の良い所は……全部がカッコイイ」
「はあ?」
「言葉にするなんて陳腐」
「具体的にどうカッコイイんだよ」
呆れた表情のシェルアに少しだけ考える。
「わたしをずっと守ってくれたの。不安から手を引っ張って連れ出して、悪者をやっつけてくれて、風邪を引いたら看病してくれて、危ない所を助けてくれた」
「ふうん。立派な男だな」
「わたしの事を何処に居ても心配してくれる、優しい騎士」
何処かで歓声が上がった。
木の枝の先端に火を付け振り回して踊っている人が居た。
火踊りだろうか?
火の赤を見るだけでロアの事を思い出した。
「悪い所は?」
「えっ?」
「悪い所は無いのか? 完璧超人か?」
ロアの駄目な所?
思わず笑ってしまった。
「嫉妬深い所」
シェルアが吹き出した。
「どう嫉妬深いんだよ」
「シェルアと話してるの見たら、絶対間に割って入ってくる」
「マジか。男と仲良く出来ないな」
カラカラと笑うシェルアの姿に思わず微笑む。
じっと姿を見て、ある事に気が付いた。
「ねえシェルア。ネックレスしてるの?」
首から頑丈そうな紐があり、服の下に続いていた。
思い返すと……風の民は同じような紐を首から下げていた気がする。
「ああ、コレ?」
服の中に入っていた、紐の先を引っ張り出して見せてもらった。
紐の先にあったのは、平べったく丸く木を削り黄色く色を付けた物だった。
「なに? これ?」
「木の中でもすげえ硬い木があって、それを丸く削った物」
風の民は大きさと色の違いはあるが、同じような物を首から下げている。
おまじないの一種で幸せを願って両親から名前と一緒にプレゼントされる。
けどプレゼントは一時的なもので、硬い木が自分で削れるようになると自分でペンダントを作らなければならない。
親から貰ったペンダントは両親に、主に母親に返す。
母親は最終的には産んだ子供の数、ペンダントを首に下げるそうだ。
シェルアが今付けているペンダントは自分で作った物で、黄色が好きだからこの色にしたと語った。
「……黄色」
そう言えば、リリアの浴衣は黄色だった。
シェルアの好きな色は調査済みだったか。
「ミーツーキー」
遠くから恨めし気な声が聞こえてきた。
「あ、リリア」
番が終わったのか、わなわなしつつ近付いてくる。
がしっと両肩を掴まれ、シェルアと一緒に居た事に対して文句が言いたいが、本人がすぐそこに居るので言えないと口をパクパクさせている。
「シェルアにわたしの好きな人の話をしてたの」
「ミツキの想い人は嫉妬深い完璧超人」
「嫉妬深い時点で完璧じゃない気が……」
話している内容を知ったリリアは、安心したように肩を落とし、その後も楽しそうに話すわたしとシェルアの間に無理やり入った。
その様子を見たシェルアが、
「お前……無理に間に入るとか、ミツキの好きな人と同じ行動を……」
「え? なによ、仲間はずれが嫌だっただけ」
つんとした態度のリリアに呆れるシェルア。
シェルア……そこまで気が付いていて気が付かないのか。
その後、二人はわたしに気を使ってか三人で広場を見て回った。
火踊りはちらっと見たけど、風踊りと水踊りもあった。
水踊りは空中に水の塊があって、それがグネグネ人の踊りに合わせて動いていた。
風踊りは、風は目に見えないものなので、枯れ葉を周囲に置いて巻き上げていた。
どの踊りも個性的で見ていて飽きない。
射的のようなものもあった。
この世界には銃が無いので弓矢でしかも大分遠くからだった。
わたしじゃ絶対に当たらない。
丸い的の中心に赤のしるしが付いていて、真ん中に当てると商品がもらえるらしい。
ちなみにタダなので、シェルアが挑戦。
「頑張れー!」
声をかけると、気が散ると笑いながら言われた。ごめん。
見事にど真ん中に当たって、商品ゲット。
鳥の羽が付いたキーホルダーだった。
シェルアは要らなそうな顔をした後、わたしとリリアを見た。
わたしが少し距離を取ったので、キーホルダーはリリアの元へ。
「やるよ」
「なっ、なによ……こんな鳥の羽……」
「いらないか、そうだよな……じゃあ、ミツキに」
「いらないなんて言ってないじゃない!」
ぶんどる形でキーホルダーがリリアの手に渡った。
素直にありがとうって言えないのがリリアらしい。
シェルアはやっぱり呆れている。
「次行くぞ」
先に行ってしまったシェルアを追いかける。
「良かったね、リリア」
すれ違う際に小声で言うと、リリアは赤くなった。
「ちゃんとお礼言った方が良いよ」
「分かってる……」
三人で祭りを楽しんだ。
リリアはちゃんとお礼を言っていた。
シェルアは呆れた顔をしていた。
わたしは、日本でのお祭りを思い出した。
楽しかった、とっても。
お祭りは夜中まで続いた。




