狩りの成果
具材を全て切り終えて、わたし達若い女の子達は解放された。
「ああもう腕が疲れたー」
「集中しすぎて頭痛い」
「肩重たいよー」
愚痴りながらテントを出た。彼女達は家に帰って祭りまで休むようだ。
わたしも少し疲れた。慣れない場所で人参を切るとは思わなかったな。
リリアも疲れたと言って家に帰ると言っていた。
その際に、家に誘われたがもう少し村を見ていきたいと思ったので断った。
明日には帰る予定だし。
「じゃあ此処でお別れね! 迷子にならないように気を付けるのよ」
「うん。じゃあね、リリア」
空を見上げると、空が赤色に差し掛かっていた。
もう夕方か……お祭りは日が落ちてからだったかな。
リリアの言葉が頭をよぎったので、迷子対策に取り敢えず村長の家に向かった。
「ぅん……?」
目立つ村長宅に向かう途中、広場に出た。
そこで大人達が何かを準備していた。多分、お祭りだろう。
しかし準備をしている大人達は皆同じ方向を見つめていた。手元がおろそかだ。
何かあるのかと視線を向けるが、視線を向けるまでも無かった。
特徴的な笑い声が耳に届いたからだ。
「がっはっはっはっはっ!!!」
英雄オーランド。
ロナントとの狩りに交ざりに行って来ると言っていたが、帰って来たのだろうか?
ちょっとした人だかりになっていて、オーランドの姿もロナントの姿も見えない。
代わりにちょっと小高に何かが積み上げられた山が見えた。あんな場所に山なんかあっただろうか?
近付いてようやく姿がはっきり見えた。
二人のほかに、ロナントを狩りに誘った男性とレッドの姿があった。
「あ、ミツキ」
「レッドさん。お二人帰って来たんですね」
「うん、そうなんだけどさ」
レッドは困ったように山を見上げた。
改めて近くで山を見上げ、
「きゃあっ!!」
レッドの腕にすがりついた。
その山は……オーランドとロナントが取って来た獲物が積み上げられたものだった。
息絶えた鹿と目が合って驚いてしまった。
「ミツキには刺激が強かったかあ」
「こ、こんなに取って来たんですか?」
「祭りで使っても余るよねえ」
鹿、猪、あとは……何だろう? この小さいのは兎……このやけに大きいのは……?
「レッドさん、この大きいのは何ですか?」
「それは熊だね」
「クマ!?」
「ロナントが取ったって言ってたかなあ」
積まれてしまって背中しか見えていないが、熊だった。
ロナントは熊よりも強いのか……
「残った物は保存食にするしかないかあ」
少しだけ残念そうに呟くレッド。
その近くでオーランドとロナントが睨みあっていた。
二人の足元にはそれぞれ5羽の鳥が並べられていた。
「義父さん。大きさで言えば俺の勝ちです」
腕を組んで少しだけ誇らしげにロナントが宣言した。
そっと遠くから鳥を盗み見た。
全て息絶えていたが、目が開いているものがあった。緑の眼をしていた。
もしかして、全て風鳥だろうか。
鳥の種類からロナントの方が大きな個体が居る。
そう言えばこれって勝負だったか。
近くに居た最初に勝負を仕掛けてきた男性はうなだれて動かない。
予想だが、勝負にならなかったのだろう。
対するオーランドは……
「フッ」
と、一度だけ笑った。
そして足元の鳥のうち一匹を手に取り、勝ち誇ったように言い渡した。
「この鳥はメスだ。珍しいメスの風鳥だ」
「くっ」
ロナントの表情が歪んだ。
動物も人間と同じく魔力を持っているのはオスだが、まれにメスもいるみたいだ。
大きさのロナントか、希少性のオーランドか。
ちらりとレッドを窺う。
「メスの風鳥……美味しいんだよね……」
ぽつりと呟いて、生唾を飲み込んでいた。
勝負はオーランドの勝利に終わりそうだ。
「父さん! ロナント! 取って来たものを調理場に運ぶの手伝って!」
「レッド! 勝敗を決めてくれ!」
「決まるまでオレは此処から動かんぞ! がっはっはっはっはっ!」
「はあ? ……はぁ」
意地を張りあう男二人に呆れるレッド。
と言うか何時から狩った風鳥を競い合う勝負になったのだろう?
レッドは双方の風鳥を眺め、
「う~ん。ちょっと選べないかなあ」
困ったように笑いながら、引き分けを提示した。
「引き分けかあ、それも良いだろう!」
オーランドは納得して狩ってきた獲物を運ぶ手伝いに向かった。
ロナントは少しだけ疲れた表情を浮かべた。
「ロナントさん、お疲れ様でした」
「ああ、さすがに少し疲れた」
王都から風馬で来て、休まずに狩りに連れ出されちゃったから疲れたのかな?
と思ったら、違った。
「また英雄に勝てなかった……ああ、悔いが残る……」
前回の狩り勝負でロナントは負けていたはず。
「ロナントさんは負けず嫌いですか?」
「……そうだな。負けず嫌いだよ」
負けず嫌いで無いと騎士は務まらないと持論を展開した。
良くスポーツ選手は負けず嫌いの人が多いって聞くけど、同じ理由だろうか。
「……ロアも負けず嫌いですか?」
「ああ、でないと家出なんてしないだろう?」
父親に反発して出て行ったんだっけ。根本の理由は母親の病気の事だったけど。
「グラスバルトで一番負けず嫌いなのは……レッドだろうな」
「えっ、そうなんですか?」
「女性の身で三番隊の教官を勤めるのは並大抵の事では無い。いつも努力してきたのを俺は見ている」
魔力を持って女性として生まれたことに違和感を感じていたし、男なら騎士になれるのにと歯噛みしていた過去を持っている。
悔しくて苛立って、でも前を見て立ち続けて努力してきた。
真っ直ぐな姿をロナントは隣でずっと見てきた。
「ロナントさんは、レッドさんを本当に愛しているんですね」
表情は全く変わらないけれど、レッドの事になるとロナントは少しだけ饒舌になった。
わたしも同じ。ロアの事を話すときは楽しい気持ちになるから。
笑顔のわたしに、ロナントは驚いた表情を一瞬だけ浮かべ、うっすら笑顔を作った。
「あいつの亭主になれるのは俺ぐらいなものだろう」
「そうかもしれないですね」
自分より弱い男と結婚なんて出来ない! とレッドなら吐き捨てそうだ。
「ロナント手伝え!」
「悪い、今行く。じゃあミツキ、後で」
「わたしも手伝います」
獲物の山まで行くと、オーランドが猪を肩に背負って歩き始めた所だった。
村の人もぞくぞくと運びだしを手伝いにやってくる。
「レッドさん! わたしも手伝います!」
「えー? そう? 大丈夫?」
「大丈夫です」
レッドが山から小さな獲物を引き抜いた。
野兎だ。とっくに息絶えてだらりとしている。
「うっ……」
生きている兎は何度も見た事があるし、動物園で触った事もある。
死体はテレビでも映さない。これだけ近くで見たのは初めてだ。
「触れる?」
レッドは兎の耳を無造作に掴み、持ち上げる。
動物園でそんな持ち方したら怒られる、と向こうの世界の常識が頭をよぎる。
兎の顔を見た。
耳を持ってもいいのか……もうこの兎は死んでいるのだから。
「あんまりベタベタ触らないようにね」
「どうしてですか?」
「これ野生動物だから。ダニとかがすごいの」
「っ、ダニ!?」
思わず伸ばした手を引っ込めてしまった。
その時、強い獣の匂いと僅かな血の匂いに気が付いた。
強烈な死の匂いにふらつく。
「うっ」
「気持ち悪い? ああ……ごめんね無理させたね」
レッドはポイと簡単に兎を投げた。兎はまた山に戻って行った。
「ミツキはあんまりこういうの経験ないの?」
「……無いです」
「お肉は食べるでしょう?」
「食べます。けど……」
肉料理、何度も作った事がある。
けど、肉になる前の動物の姿を見た事が無かった。
だってスーパーで売られている物には顔も無ければ目も無い。
動物の体の一部が色んな形で売られているだけだ。
その動物が何の動物か、牛か豚かの表記はあるけれど、どんな姿でどんな大きさでどんな風に死んで捌かれて肉になったかなんて分からないのだ。
豚肉、と聞いて何を思い浮かべるだろう?
わたしは捌かれた後、スーパーで売られている姿を想像する。
そこからして間違っているのだと思う。
「わたしの世界は生き物を殺す事を極端に見せないようにしていて……死体になれていないんです」
「ええ? それじゃあ感謝出来ないよね?」
「……感謝?」
「他の生き物への感謝。命を頂く事のありがたい気持ち。いただきますとごちそうさまだよ」
思えば形式的にいただきますを言ってはいたが、何に感謝していたかは分からない。
そうか、生きるために殺めてしまった食材に言う言葉だった。
「ミツキは休んでて。おれは手伝ってくるから」
「はい」
「もう少し離れた方がいいかな。匂いもきついだろうから」
言われたとおり少し離れた場所で山を観察した。
5ヶ所ある調理場にそれぞれ分配しているようで、せわしない。
オーランドが大きなものを中心に運んでいる為、山は小さくなりつつある。
ふと広場の中心を見ると、男達が木を組んで高く積み上げていた。
木の積み上げ方を見て、キャンプファイヤーでもするのだろうかとぼんやり思った。
皆祭りが楽しみなようで笑顔で話している人が多い。
「……」
ロアと来たかったな。
思って膝を抱えて目を閉じた。




